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 あれから3年が経った。
 現在、俺は3年A組に所属。出席番号は男子の8番。

 そして、あいつは一つ前の7番だった。


 俺は努力した。
 あいつに見下されない為に、常に向上心を絶やさなかった。

 勉強は毎日遅くまで根を詰めてやった。運動神経は良くない方だったけれど、それでも一生懸命基礎強化に努め
た成果で、球技類は勿論、柔軟性もある体になった。流石に身長や体格で劣るせいか、クラスで一番になる事はな
かったが、俺よりも小柄でチビのあいつに勝つには、充分だった。唯一の心配事は走力だったが、それは毎晩の気
分転換がてらのランニングで何とかカバー出来た。
最近はあいつもランニングを始めたらしい。まぁ、その小柄な体格で俺に勝るのは瞬発力と素早さだろう。いつかは追
い抜かれてしまうだろうが、とりあえず後一年間だけは、持ちこたえようと決心した。

 そのうち、あいつは俺に対して敵対心を抱くようになっていった。
あの、繁華街で仲良くなりたいと言ったのはどうしてしまったのだろうか。俺はただあいつに負けないことだけを考え
て、そして結局俺は様々な分野の頂点に君臨していて。あいつは常に二番だった。俺は常に孤独だった。部活にも
入らず、毎日勉強ばかりしていたから、頻繁に会話をするような相手もいなかった。ただ、俺は凄い奴だと認識され、
そしてあいつは俺をライバルと思い、必死に戦っている。それが俺とあいつの関係だった。
実際、あいつには才能があった。最初は大差をつけて勝っていた分野が、今では本当に、辛うじて勝っている程度に
なってしまった。あいつの成長ぶりは半端じゃない。いまや、凄まじい勢いで成長を遂げている鳥類のような存在だ。
本当にあいつに負けずに済むのだろうか。そう考えた俺がいた。
だが、すぐに首を振る。駄目だ。勝つんだ。勝たなければならないのだ。
もしもあいつが俺に勝った瞬間、俺もあいつも、あっという間に萎んでしまう、そんな気がしてならなかった。


 あいつの目標は最早、クラスを統治することではない。
 俺に、どんなことでもいい。勝つことだ。


あいつには、俺が持っていないものを持っている。
それは友人だ。あいつの周りには沢山の友人がいる。それも、見かけだけではない。心の奥底から信頼しあえる、大
切な仲間達だ。だが、あいつは決してそんなものを争いごとに持ち込もうとはしなかった。
とにかく、一対一。正々堂々と、真正面からぶつかってくるのだ。


 そして……俺に負けた時、あいつは悔しがり、そして言うのだ。


「次こそは、絶対に勝つからな……」

俺は鼻で笑う。それがあいつを奮い立たせ、更なる向上へと自分を追い込ませるのだ。
最早、俺にとって、あいつは全てだった。俺が頑張れば頑張るほど、あいつは奮い立つ。そして、再び俺に襲い掛か
ってくる。俺は再度叩き潰す。それでも、何度も何度も、あいつは這い上がって、より強くなって、俺を倒そうとして向
かってくるのだ。


 あいつは死に物狂いで勉強している。死に物狂いで体力をつけている。

 ……だから、俺も全力で応えなくてはならないのだ。
 俺は、どんなことにも手を抜いてはならないのだ。

 それが……あいつの、望みならば。



「……唐津君。ちょっと来てくれないかな?」

 それは、二学期の終業式。
 最後のホームルームが終わり、いよいよ高校受験に向けて本格的に追い込む時期に突入した、あの肌寒い日。

 突然、身支度をしていた俺に、担任の中村が呼び出しをした。
 俺を呼び出すなんて珍しい。何かあったなと、直感した。
 職員室へ行くと、面談室に行くように言われた。言われるままに行く。中には、誰もいない。
 中村が入ってきた。必然的に、俺は奥の席に座る。そして、向かい合った。

「……なんですか」

「唐津君にだけは、話しておこうと思って」

 中村のその眼は、真剣そのものだった。
 覚悟、そして信念が、手に取るように感じられた。

神経芽細胞腫……て病気、知ってる?」

 いきなり、聴いたことのない単語が出てくる。俺は、黙って首を横に振った。
 中村は鉛筆を取り出し、字を書いた。そして、続けた。

「それはね、交換神経細胞……というのがあるの。そこに発生する……」

「…………」

「……癌よ」

「……ガン?」

「そう。子供なんかによく見られる代表的な癌ね。早期発見が出来れば治療は可能なんだけど、見つけることは非常
 に困難なの」

「……それを俺に教えて、どうするんですか。まさか、俺がガンだとでも?」

「違うわ」


 俺は、中村をにらみつけた。
 額から汗が……冷や汗が、垂れてくる。


「じゃあ……」

「粕谷君よ」

「…………あいつが……」

「彼は……癌なのよ」





 世界は、暗転した。
 くるくる……くるくると……。





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