149


 粕谷が……ガン?
 あの、粕谷が……ガン、だって……?


 俺は多分、動揺していたのだろう。
 膝の上で握り締めていた拳はかたかたと震え始め、血の気が一気に失われていくのがわかった。

「それは……本当ですか……?」

 若干震えた声で、俺はゆっくりと、中村に問いかけた。
 中村の視線が、ゆっくりと下を向く。だが、再び俺と眼を合わせると、言った。


「本当よ」


 澄んだ、眼をしていた。嘘偽りのない、純粋な眼だった。
 間違いない。これは……紛れもなく、真実。


  粕 谷 は 、 ガ ン な の だ 。


「それで……あいつは、助かるんですか」

「……あのね、唐津君。一つだけ、お願いがあるの」

「……なんですか」

「これから言うことは、他の子には言わないで欲しいの。これから言う事実を知っているのは、粕谷君本人と私、それ
 から唐津君の3人だけよ」


「……わかりました。約束します」


 嘘だろう。きっと、校長にも既に話は行っている筈だ。中村が知っているのも、恐らく粕谷の親から聞いたことであっ
て、もしかしたら粕谷自身はガンであることを知らないかもしれない。
だが、相変わらずの澄んだ目だ。クラスで、という意味に置き換えるのだとしたら、話は全て通じる。




「最初に言うわ。粕谷君は……もってあと3ヶ月らしいの」




 衝撃の、真実。
 だが、それは紛れもない、真実。




「…………」

「発見が、遅かったらしいの。この癌は見つけるのがとても難しいらしくてね。症状が貧血とか、発熱みたいな、普通
 の病気とあまり変わらないそうよ。随分前から癌自体は……あったみたい」

「……ガンが発覚したとき、どれくらい経っていたんですか」

「詳しいことは聞いてないわ。でも、2年以上前。丁度、中学生になったあたりで一度だけ、貧血を起こして倒れてい
 るらしいの。両親の話だと、連日遅くまで取り憑かれたように勉強していたらしいわ。だから、それだろうと思って気
 にしていなかったらしいの。でも……その時にはもうあったんでしょう」

「…………」

「粕谷君が卒業出来るかどうか、凄く微妙なの。だけど、本人の希望で、年明けの始業式に、クラスの皆に自分から
 病気のことは伝えたいって……だけどね、そうもいかないから、私は唐津君にだけは話すの」

「……どうして、俺なんです」


 俺は、力なくうなだれた。
 衝撃の事実を知らされて、どうしろと言うのだ。


「唐津君。貴方なら……わかるでしょう」

「……知っているんですよね」

「ええ、唐津君と粕谷君が毎回色々なことで競争しているのはみんな知ってるわ。職員室でも有名だもの」

「じゃあ、あいつがガンになった理由も……大体見当ついてるんじゃないですか」

「…………」


 俺は、あいつに決して負けまいと、毎日頑張った。
 でも……あいつだって連日頑張っていたのだ。それも、多分、俺なんかよりもずっと。

 確かにあいつには才能もあったに違いない。
 だけど、あの驚異的な伸びは、あいつ自身の不断の努力があったのだ。


「あいつが狂ったように勉強していたのは……」

「唐津君」


 中村が、俺の顔を手であげた。
 目の前に、その澄んだ瞳はあった。


「貴方は、やらなきゃならないことがあるでしょう」

「俺に……ですか」

「頑張れ。そして負けるな。これだけですよ」

「…………」

「貴方に勝つこと……それだけが、粕谷君の唯一の悔いです。貴方が粕谷君に敗北した瞬間……どうなってしまうか
 ……わかりますよね」


 痛いほど、わかる。
 あいつが俺に勝った瞬間。あいつは達成感と共に、全てにおいてやる気を失くすだろう。

 そして……ゆっくりと自分の生涯を、閉じるのだ。


「……俺は、負けませんよ」


 それは、嘘だった。
 作り笑いで、俺はごまかした。


「それを聞けて、安心です」


 それも、嘘だった。
 中村だって、ぎこちなく笑っていた。





 駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ。
 俺は、負けるわけにはいかないんだ。負けちゃ、駄目なんだ。





 たとえそれが、プログラムという状況下であってもだ。


 たとえそれが、キルスコアを競い合うという残酷なものだったとしてもだ。





 あいつが、それを……望むのなら。

 俺は、全力で相手になってやらなくちゃならないんだ。













   なのに。









 俺は……駄目だった。
 俺は……負けたんだ。


 この、よくわからない女に。


 俺は……殺されるんだ。




 理由はわかっている。


 俺が、心の奥底から、人殺しをしたくなかったから。
 俺が、心の奥底から、生き残りたいと思わなかったから。



 駄目だ。駄目だ。

 こんな半端な気持ちだから、俺は駄目だったんだ。

 あいつが望んでいたのに、俺は消極的だったんだ。




 畜生……畜生……。






「か……すや…………」



 俺は、気がついたら泣いていた。
 涙が、頬を伝っていた。


 それは、懺悔。
 それは、後悔。




 首に食い込む、ワイヤー線。

 もう、放そうとしても無駄だということは、わかっていた。



 痛くなんか、なかった。

 苦しくなんか、なかった。



 ただ、悔いだけが、残っていた。
































  そして、目の前が、紅色に染まった。



































 プログラム開始からジャスト35時間。
 2日目、午後1時36分。


 トトカルチョ1位、唐津洋介。

 苦悩の末、没す。









  男子8番  唐津 洋介  死亡



  【残り10人】





 PREV  / TOP  / NEXT