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 本部。


「……男子8番。死亡、確認です……」

 蒔田は、眺めていたモニターから眼を逸らすと、同じくデスクにかじりついていた道澤 静に、そう言った。
 先程まで白色で表示されていた唐津洋介(男子8番)の名前は、今は既に赤色表示となっていた。

「わかったわ、蒔田君……」

 その道澤のすっかり老けてしまった顔を見ていると、眼が合ってしまった。道澤はふふ……と作り笑いをすると、手
招きした。話し相手が欲しいようだった。

あの本部爆破から既に8時間が経過している。しかし、未だに死亡した兵士全員の発見には至っていない。
現在は3時間交代で2人ずつ、瓦礫の捜索にあたっているのだが、何しろほとんどが潰れてしまっている以上、倒れ
た柱などはどうすることも出来ないのが現状だ。重機もなにもないこの状況では、瓦礫の下に埋もれてしまった同僚
を探すのはまず不可能だろう。一応蒔田自身も1度捜索活動に加わったのだが、呼びかけに応じるものはいない。ま
ず間違いなく全員死亡しているのだろう。
当然、責任は残された本部関係者に残される。ましてや担当教官なら尚更だ。このプログラムが終われば、道澤に
はきっと重い処罰が待っているに違いない。もしかしたら、クビなんてこともあるかもしれない。
そうなると勿論、自分たちだって辞めざるを得ないだろう。それは困った。妻が身ごもっている以上、この時期に職を
失ってしまうのは非常にヤバイ。
いや……一つ間違っていたら自分もあの瓦礫の中の兵士と同じことになっていたのだ。


 今ここに、生きているだけでも。
 感謝しなければ、ならなかった。


「まさか、唐津が死ぬとは」

手招きをしたものの、道澤は自分から語りだす様子は全くなかった。
仕方がないので、こちらから話題を振ることにする。

「そうね。でも……マシンガンも故障したようだし、仕方ないかな。唐津君は銃に頼っていたから」

「そんなもんですか。しかし……一応トトカルチョで1位だったのですから」

「長谷さん、2位だったから。そんなに不思議でもないでしょ」

 ふぅ、と道澤は大きく息をつく。頬を机について、その上に顎をのせる。
 そして、モニターを見て、にやりと笑った。



「……でも、彼女。もう駄目ね」



 ボタンを押す。全体のスピーカーから、雑音が流れ出した。
 そして、かすれたような声で聴こえる、長谷の声。


『あは……あーははははは、あはははは!! やった、やった! やったぁぁ!! 倒したぞ、倒した倒した! あの
 唐津を倒したんだ! マシンガンだってあるし、もうあたし死なない!! 絶対ゼッタイ生き残る!! あはははは
 はははっっ!!』


 その声は、既に狂っていた。

「こ……これは」

「堕ちたわね、彼女も。もう、自我を失いかけてる」

「長谷は、生に対する執着心が強い奴だと聞いてますが」

「だからこそね。極度の緊張の連続。幾度もの命の危険、そのストレス。引き金は、唐津君から受けた傷かしら。も
 う、彼女は長くないの。この状態に陥ったら、ほとんど優勝の可能性はないの」

「精神崩壊、ですか。折角唐津を倒したのに……勿体無い」

「ある意味では、唐津君と相打ちってことになるのかな。残念ね」


 再びボタンを押す。プツンと、その狂った笑い声は消え去る。
 首を動かさずに、道澤は続ける。

「粕谷君は、どうするかな」

「粕谷、ですか。確か、唐津とキルスコアで競争してましたよね」

「どうだろ? 放送で唐津君が死んだってわかったら、やる気なくなっちゃうかな」

「唐津のキルスコアは8人です。粕谷がまだ6人である以上、それを越えるまではやる気であると思いますが」

「まぁ……そーかな」

「誰が……優勝しますかね」

 その言葉に、道澤が反応する。
 眼を瞑り、少し経ってから、今度はこちらを向いた。

「今のところ、明確に生き残りたいと考えているのはたったの2人よ」

「2人?」

「長谷美奈子、それから永野優治。2人とも、はっきり生き残りたいと明言してる。まぁ、永野君はまだ目立った動き
 は見せてないけどね。一応、原君や峰村君がセーフティーの役目をしてるみたい。誰もいなかったら、彼はどうなっ
 ていたかしらね」

「永野は、やる気になっていた可能性も在るということですか」

「あくまで可能性。永野君は普段はあまり目立っていなかったようだけど、潜在能力は結構高い方よ。唐津君ほどで
 はないけれど、常に冷静に物事を見極めている。生き残りたいという意思の下、殺戮を始めるといった筋書きだって
 成り立たないわけじゃない」

「他は……生き残りたくない、と?」

「わからないわ。でも、粕谷君は今回優勝してもすぐに死んでしまう。彼が生き残りたいかどうかはまだわからない。
 それから辻さんも。彼女だって生きて帰っても、また苦悩の日々が待っているだけ」

「じゃあ……生きたいと望んでいるのはほんの一握り?」

「……きっと、自分の気持ちがわからない子が多いのね。中学生だもの。死にたくはないけど、でも自分だけ生き残
 ることは怖いからね。まだ、はっきりとはわかっていない」

「……そういうものですか」

「そ。だからまだ誰が優勝するかなんて決められないの。誰が生き残ってもおかしくないし、次に誰が死んだって不思
 議じゃない。そゆこと。わかったら、そろそろ仕事に戻りなさい。さっきの女子がどうなったか、まだ決着ついてない
 んでしょ?」

 道澤は、急き立てるように手をはらう。
 蒔田は言われるままに、早急に席へと戻る。


 本当に心から生き残りたい生徒なんていない。
 帰り際に呟いた道澤のその声が、いやに頭に響いていた。



  【残り10人】





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