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「なにが……おかしいんだよ……」


 笑い続ける辻 正美(女子11番)に対して、朝見由美(女子1番)は問いかけた。
自身の質問はそんなにおかしかったのだろうか。何度も質問を脳内で反芻してみるものの、そのような要素は全く見
つからない。目の前の人物に対して、わからないことが多すぎた。

 ひぃひぃと腹を抱える辻。だがやがてその笑みも途絶えると、次に向けた視線は、凍てついていた。

「どうして楽しそうなのか……だったわね。いいわ、教えてあげる」

 そう言うと、剣先を体の外へと向けた。緊張感が、一瞬だけだが消え去る。


「私ね、もともと生き残る気なんかないの」


 その瞬間、朝見の体の中でなにかが崩れた。
 信じられない、言葉だった。ありえない、言葉だった。


「生き残る気がない……? じゃあなんで」

「何故私は人を殺すのか。そんなの意味ないじゃないか。……ふふ、確かにそうね」

 読心術。

 朝見が得意とするように、目の前にいる辻もまた、この読み取り能力は持ち合わせているのだ。確かに、剣道や柔
道など、武道をやっている人間は、この能力が鍛えられると聞いたことがある。相手が次に起こす行動を予測し、そ
れに対して最適の選択をする。その動作を一瞬で行うことが要求されるのだから、精神の面についても鍛えられる。
そして……その予測に基づいているのは、心。人の、心だ。
一瞬の気の迷い、恐怖心、あるいは意欲。それらを全て総合的に判断して、予測する。関東大会上位の辻にとって
は、そんなのはたやすいことなのかもしれない。

 そんな朝見を尻目に、辻は続けた。

「そうね、あなたには理解できないかもしれないわね。人は、死ぬのがとても怖いのだから。死にたくないから、あな
 ただってクラスメイトを殺して、今もこの場に生き続けているんでしょ」

「そのどこが悪い?」

「悪いだなんて言ってないわ。むしろ素晴らしいことよ。生きたくないなんて思っているんだったら、さっさと死ねばいい
 じゃない。まぁ、人を道連れにしたり、自殺願望を殺人願望に変えてか弱い子供を殺すのは迷惑だけどね。人に迷
 惑をかけないようにして死ぬのは、今の社会では無理ね」

「……お前は、それなのか」

「それ……とは? つまり生き残りたくないイコール死にたいと解釈して、自殺願望を殺人願望に変えてクラスメイトを
 殺戮しているとでも言いたいのかしら?」

「そうだ」

 再び、辻は腹を抱えて笑い出した。
 先程のような高笑いとは違う。こう、なんだかとても毒々しい、聴くのも嫌な笑い方だった。

「そんな無粋な輩とは違うわ。私はただ単に、 殺 し た い か ら 殺してるの。私は自分でこの命を絶とうとは思
 わないし、かといって生き残るつもりもない。……よくわからないの。それに……生き残って帰ったって、居場所なん
 かないんだから……」

「居場所がない……?」

 素直に、言葉を繰り返した。途中で愁いを帯びた声になった辻に対して、それは気になる箇所だった。
 辻は、顔を背けると、ゆっくりと言葉を発した。

「……いいわ。冥土の土産に教えてあげる。私ね、両親が事故死したの」

 次に顔を朝見に向けたとき、それは悪質な笑みではなく、本当に……無表情の顔をしていた。
 何も感じ取れない、虚無の空間。それが、酷く不気味だった。

「事故死……?」

「そう、事故死。それでね、親戚の家に引き取られたんだけど、はっきりいって邪魔者扱いだった。あの家では、私は
 奴隷だった。少しでも気に食わないことがあると、すぐに私は殴られた。本当に、虫けらみたいな扱いだった」

「だから、帰りたくないんだ」

「まぁ、そうね。生き残ったって、私には何も残っていない。帰る場所もない。楽しいことなんて、まったくないの。だか
 ら……私は、この場所でやりたい放題やるの」

「それが、殺人願望なんだ」

「……剣道をやっていてつくづく思ったわ。どうして私はこんなに苦労しているんだろう。私の方が親戚よりも強くて、
 そして努力しているのに、ただ立場が違うから、それだけの理由でどうして私はこれほどまでに苦しまなくてはなら
 ないのだろう。どうしても、理解できなかった。そのうちね、私は、親戚に対して殺人願望を持ち始めていた」

 それは、驚きだった。
 プログラムが始まる以前から、この女はそういった感情を持ち合わせていたのだ。

「この剣道の知識を生かして、私は親戚を斬り殺したかった。斬りたい斬りたいと願ううちに、やがてそれは誰でも良
 いと思うようになった。誰でもいいから、斬ってみたかったの。そして、それは思いがけない形で実現することとなっ
 た」

「それが、このプログラムなんだ」

「そう。でも、まさか本当に日本刀を手に出来るとは思わなかった。支給武器はなんてことはない十手。でもね、たま
 たま日本刀で斬りかかってきてくれた子がいてね、助かった。お陰で私は、長年来の夢を叶えることができたのだ
 から」

「それで、次々とその欲望を満たしていったわけだ」

「そういうことになるわね。そして……」


 突然、辻は切っ先をこちらに向けて構えなおした。
 本当に唐突過ぎて、咄嗟に対応する暇もなかった。


「あなたもその一人というわけよ!!」


 刹那。レイピアを握る右手に、閃光が走った。
 直後、凄まじい、焼けるような痛みが襲ってくる。見ると、そこにあるはずの、右手が、無い。


「あ……ぁぁあああっっ!!」


 右手が、無い。
 そう認識した瞬間、血が、吹き出る。意識、出来なかった。



 なんだ?! なんなんだこれは?!

 うちの……うちの右手は何処に行った?!



 慌てて辺りを見渡す。だが、草むらの中に転がっている右手など見つけるのは容易ではない。
 それに……見つけてどうする? ロボットじゃあるまいし、くっつく筈がない。


 逃げなきゃ、逃げなきゃ!!

 殺される……!!


 振り向いて、逃げようとする。だが、足がもつれて、走れなかった。
 そういえばもう限界だったんだっけ。くそ、どうしてこんな時に!


「……あなたは」


 と、背後で辻が、明らかにうちではない者に対して声を掛けた。
 朝見は、そっと顔を上げて、その方向へと視線を向ける。


 そこには、切断された右腕を持つ男がいた。
 男は、そこに握られているレイピアをもぎ取ると、慣れた手つきで構える。


「永野……」


 そこにいたのは、紛れも無くフェンシング中学都大会優勝者、永野優治(男子22番)だった。




  【残り10人】





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