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  ぱぱぱぱ、ぱぱぱ。


 何度も連続して、長谷の攻撃は続いた。
 厚志は、それを必死で避けていた。だが、それでも何発かは、体の中へと潜り込んでしまってはいたが。

「はぁ……はぁ……、チクショウめ……」

 息が荒い。体力が急激に減っていくのが手に取るようにわかる。
 家の壁にもたれかかりながら、厚志は思った。畜生、なんて俺はこんなにも無力なんだと。


 辺見が長谷に掃射された瞬間、厚志は飛び出していた。
ほとんど何も考えていなかった。あまりにも無神経すぎた。どうして、辺見があの一発を確実に当てると信じてしまっ
たのか。ほとんど撃った経験がないというのに、どうしてあの瞬間、彼女に任せてしまったのか。
いや、それは別にいいのだ。問題なのは己自身だった。彼女が長谷を仕留め損ねるといった事態を想定していたな
らば、もう少しその後の対応策は考えられたのではないか。だが、気付くのが遅すぎた。

 辺見の放った弾は当たった。確かに、長谷に当たった。
 長谷は確かに苦渋の表情を見せた。だが、それだけだ。決して倒れなかったし、それどころか反撃をした。

その瞬間、自分が何をしなければならないかなんて、本来なら最初からわかっているべきだったのに、ようやく理解し
たのだ。それは、遅すぎる結末。
とにもかくにも、厚志は長谷に飛びついた。長谷の命中度は高かった。きっと、これまでも何度か銃を使ってクラスメイ
トを殺してきたのに違いなかった。これ以上放っておいたら、間違いなく辺見は撃ち殺される。決して精度が高いとい
うわけではなかったが、マシンガンだ、いつかは数で勝る。
飛びついた瞬間、辺見は向かい側の家の壁へと逃げ込んだ。だが、あの様子だと致命傷かもしれない。一体何発喰
らってしまったのだろうか。もしも昼間だったのなら、彼女が居た場所は紅く染まっているのが確認できたのかもしれ
ない。
長谷の力は強かった。厚志はそれでも、長谷に攻撃させるわけにはいかなかった。マシンガンの引き金を引いたま
ま飛びついて標準をずらしたのだから、あちらこちらに弾が飛び散っていた。やがて、弾切れが訪れる。カランという
乾いた音がして、マシンガンは使い物にならなくなった。
そこで安心したのがいけなかった。力が緩み、一気に背負い投げられた。なんてバカ力だ。咄嗟の判断で受身を取
る。背中からコンクリートの地面に叩きつけられ、思わず呻く。だが、それでも動きを止めるわけにはいかない。転がり
つつも起き上がると、厚志は走った。とにかく、辺見を助けなければならない。だが、彼女の傍に行っては自身諸共
撃ち殺されるのがオチだ。なら、再び彼女が長谷を撃つのを待った方がいい。そう判断して、元居た家へと駆け込もう
とした。その時だった。

 再び、マシンガンに弾を込めた長谷が、乱射を始めたのは。

最初は右手だった。次に右脇腹だった。そして今度は背中の中心部。痛みの箇所は左へと移っていき、左のふくら
はぎを通過して衝撃は収まった。つまり、体の右上から左下まで引き裂かれたような状態にされたのだ。鋭い痛みが
厚志を襲う。転びそうになりながらも、背後から迫りつつある死から逃れようと、根性で足を踏ん張らせる。
頭を撃ち抜かれなかっただけありがたいのかもしれなかった。だが、腹部に重たい感触がある。最早痛みが許容量
を越えて、感じなくなっているレベルにまで達した。あぁ、これは非常にやばいかもしれない。

「あーはっはっはっはっはっっ!! 峰村ぁー、残念だったねぇぇ!! あたしを殺そうなんて早いんだっつーの!!」

長谷が、乱射を止めた。そのまま撃ち続けて弾切れになってくれたらよかったのに。どうやらそこまでバカではないら
しい。厚志は壁にもられながら、そう思った。

「もう一人誰かいたねぇー、でもあの子は死んだよぉぉ!! いやぁー、残念残念! あたしがこの銃で蜂の巣にしち
 ゃったからねぇー、あっははははっ、いやいやいやぁー、残念残念残念ーっっ!!」

長谷が、なにか喚いている。あまりにも滑稽な内容過ぎて、耳の穴が自動的に閉じたようだ。まったくその言葉が理
解できなかった。ただの工事現場のやかましい騒音にしか聴こえない。
ただ、ひとつだけわかった。長谷は、とても愉快そうに笑っているのだと。

「やばいよぉぉ! あたしめっちゃ強いよぉぉ!! ほらぁ、峰村も諦めてさっさと出てきなよぉー、あたしがあっさりとあ
 んたも蜂の巣にしてあげるからねぇー!! あっははははははははははははぁぁぁっっ!!」

理解できなかった。なんで、長谷はこんなにも楽しそうなんだ。そんなにクラスメイトを殺すのが楽しいのか。
……あぁ、そういえばそうだった。長谷は、俺たちなんかどうとも思っていなかったんだよな。いつもなんかその辺の
バカとつるんで、遊びまわっていたんだっけな。

「わはぁぁ!! ほら、さっさと出て来いコラァ!! 蜂の巣にするから、早く来いっつってんだろがぁ!! どうしたど
 うした?! 怖気づいたのかな峰村ちゃーん!」

駄目だ……こんな奴とまともにやりあったって、敵う筈がない。
だけど、このまま手をこまねいて何もしなかったら、それこそ無駄に死を待つだけというものだ。そんなのは嫌だ。俺
にだって、何か反撃できることがあるはずだ。

「おんやぁぁ? まさか峰村、ピストル持ってないなんてこと、あんのぉ? あっはー、そりゃ傑作だよ! どうしてあん
 たみたいな奴がここまで生き残ったんだろねぇぇー? ほらぁ、苦しみ事はないんでちゅよー、すぐに蜂の巣にして
 あげまちゅからねぇー、あはははははははははっっ!!」

壁にはしごがかかっていた。厚志はそれを上る。一歩進むごとに酷い激痛が厚志を襲う。その度に厚志は顔をゆが
めたが、それでも足を一歩一歩踏みしめた。やがて一番上へと行くと、そこにはささやかな屋上庭園があった。赤、
黄、白、闇夜の中ではそのあたりしか色を判別できなかったが、この家の持ち主が丹精に心を込めて育てていたの
は確かだ。

 誰だかわからないけど……ごめんなさい。

その中の鉢の一つを厚志は両手で持ち上げた。なかなか重たい。そして、硬かった。
そして、喚いているのか笑っているのかわからない長谷の位置を確認する。そう遠くはない。精神が何処かへと逝っ
ているのだろうか、全く頭上の厚志に気付く様子もなかった。
厚志の眼が鋭くなる。標準を、そっと長谷へとあわせる。


 ―― 死んでしまえ。


「だぁぁああっっ!!」

咆哮をあげて、厚志は鉢を投げつけた。ようやくその存在に気付いたのか、長谷は自身に迫りつつあるものを見て、
顔を強張らせた。次の瞬間、マシンガンを顔の前へと寄せる。そして、鉢が長谷とぶつかった。

「……ぃぁぁあっっ!!」

鉢が割れる音が鳴り響く。そして、衝撃に耐え切れなかったのだろう。顔面で防いでいたマシンガンは弾き飛ばされ
て、地面を滑っていた。紛れもなく、チャンスだった。


 早くあのマシンガンをこちらへ……!



 バンッッ!!



「てめぇ……よくもあたしの真似をぉぉ……」

チャンスが、暗転した。突如鳴り響いた単発の銃弾は、厚志の胸部を貫いた。
またしても、痛恨の判断ミスだ。ここまで生き残っている長谷だ。どうしてマシンガン以外にも銃を持っていると判断で
きなかった? ……というか、真似って……俺は一体誰の真似をしたって?


 全身の力が、抜ける。
 あぁ、本当にこれは……やばいかもしれない。


屋根の上から、厚志は地面へと落ちた。
地面に叩きつけられて、鈍痛が全身を駆け巡る。意識が朦朧としてきた。

目の前に、にんまりと笑みを浮かべる長谷がいた。その手には、拳銃が握られている。


「やぁ、峰村。随分苦労させてくれたじゃないかい」



 ここまで……なのか…………?



その時だった。
視線の向こう側に、誰かが、いた。長谷ではない、誰かが。







  ぱらららら。








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