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 午後10時。
 本部、矢代中学校。


 蒔田信次は、携帯用ガスコンロで沸かしたお湯で、インスタントのコーヒーを淹れていた。残り人数が少なくなったと
はいえ、たった一人の生徒にこちらの兵士の大半を殺されてしまったのだ。残りの人数ではとてもじゃないが休憩は
取るわけにはいかない。そう思って、最低限の仮眠時以外は常に生徒達を監視する。そういった暗黙の規定がいつ
の間にか本部内に出来ていた。
それにしても眠い。疲労から来るものだと思う。今までで、こんなに疲れたプログラムはない。そう思いながら、熱々
のコーヒーをすすっていると、隣に道澤 静がやってきた。

「お疲れね、蒔田君。私にもいいかしら?」

「あぁ、お疲れ様です。今作りますね」

この人はあの騒動以来一睡もしていない。大変責任感が強いということは知っていたが、果たして体のほうは大丈夫
なんだろうか、とカップのコーヒーを渡しながらそう思った。
もともと暖房なんて設備はなかったし、あの生徒が校舎に大穴を空けたせいで、隙間風がひゅうひゅうと入ってくる。
やはり、まだ一月というだけあって、外は寒い。畜生、南の島だからと思って油断していた。こういう場所も、冬にはき
ちんと冬の形相をしているんだな。

「残り……4人ね。もうそろそろ、終わるかな」

外を見ながらコーヒーをすすっていると、道澤が突然話しかけてきた。自分のことが気に入ったんだろうか、今回はよ
く話しかけられる。増美について尋ねてきたのは最初だけで、あとは生徒達の話ではあったが。

「そうですね、そろそろ3日目に突入するわけですけど……早いほうですかね」

「最初は68人もいたからねぇ。それを考慮したら、なかなかのペースだとは思うわよ」

中央に設置されたメインコンピュータは、無事に稼動している。もしもこいつがやられてしまっていたら、今頃はどうな
っていたのだろうか。緊急プログラムを発動させて、生徒全員の首輪を爆破させ、早々に撤退を始める。事後処理が
大変面倒なことにはなるが、まぁ減給だけで済むなら構わない。後味は悪いが。
ただ、もしも首輪を弄ることも出来ないような状況になったとしたら。それはそれで面白いかもしれない。生徒達を好ん
で殺すのは気が進まない。人の命をなんとも思わない奴はこの部署には一欠けらしかいないだろう。全員とはいえな
いが、大半は同じように考えるだろう。道澤はどうするだろうか。生徒を傷つけたりはするものの、自ら殺したりは滅多
にしないと聞いている。それだけ、生き残るチャンスを増やしたいということなのかもしれない。
時々、自分のしていることがわからなくなる。生徒達が殺し合いをしている。それを高見の見物をしている。どうして生
徒たちが殺し合いをしなければならないのか、上手くは説明できない。何故なら、そういう国だからだ。既に半世紀以
上にわたり、このプログラムは続いている。続ける理由なんてないが、早急にやめる必要もない、それが今の政府の
意見なのだ。武器代、施設代を考えれば財政を圧迫しているのは明らかだが、このプログラムという制度が国の尊
厳を保っているというお偉いさんが他の意見は、納得できないわけでもない。

 一体、プログラムは何のためにあるんだろうか。

「あら、蒔田君。なんだか不穏な様子」

「……え? あ、すみません。何がですか?」

道澤は、中央のモニタを指差していた。そこには、会場全体図と生徒の位置が示されている。
その左下の辺り……G=3だ。そこに、3人が存在していた。その点は、次第にエリアの中央へと収束している。
また、別のもう一つの点も、隣のG=4に表示されていた。

「これは……」

「そう、残っている4人が、偶然にも一箇所へと集まっているの。なんて奇跡かな、これ」


 それは……間違いなく、始まりだった。
 終わりに向けての……始まり。



 ずっと小さかった頃、何かの本で見たことがある言葉だ。



 始まりは、また終わりをも示す―― と。





  【残り4人】





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