32
天道剛は、急いで倒れた雅史のもとへ走りよった。
俺は……クラスメイトを、撃った?
あの時、団条が雅史を襲っているとわかった瞬間、許しておけないと思った。
だから、撃った。
銃弾は見事にナイフを握っていた右手にあたり、小指が砕け散った。刑事ドラマなどでは武器が吹き飛ぶだけ
だったのに、一体どうなっているのだろう。
だがそれでも団条はナイフを放さなかった。もう一度撃とうかと思ったが、突然立ち上がって叫びながら走り去っ
てしまった。このままではまた誰かを襲うかもしれない。阻止しなければと思ったときには、既にいなかった。血
痕が落ちていたのでその気になればつけていくことは出来るのだが、今度は逆に襲われそうな気がしたし、今
は崩れ落ちた雅史の方が心配だった。
まさか……あれぐらいじゃ、死なないよな?
急いで雅史を起こしたが、雅史は意識を失っていた。
「くそっ! 起きろ! 起きろ雅史!」
意識を覚ます為に、頬を引っ叩いた。4回した所で、ようやく雅史はうっすらと目をあけた。
雅史は自分を見ると、少し微笑んで、だがはっ、はっ、はっ、と短く呼吸をしていた。
「雅史……息、出来ないのか?」
そして気が付いた。雅史の背中を支えた手に、おぞましいほどの血が付着していたことを。
「くそっ! ゴメンな、雅史。俺、お前を助けられなかったよ……」
「いい……さ」
雅史は、苦しそうに一言だけ言った。
「僕…天道君と……あまり親しく…なかった……けど、嬉しいよ………助けて…」
ごぷっ! と雅史が血を吐く。
自分の制服が汚れるのがわかったけど、そんなこと、気にもならなかった。
「雅史……もう喋るな……。死ぬぞ?」
「いいよ……どっちみち、死ぬんだから……」
涙が出てきた。人の死が、クラスメイトの死がこんなにも悲しいことだなんて知らなかった。
ただ自分は正義の為に、特に親しくも無いクラスメイトを助けた。別にそいつが死んでも良かったはずなのに、な
んで……なんで涙が出て来るんだ。
ああ、これが仁愛って奴なのか?
「もういい……雅史」
「天道君……ありがとう」
そう言って、雅史は微笑んだ。目に涙をためた自分には、それが酷く歪んで見えた。
「いいよ、雅史」
だが気がついた。雅史の体が、重くなっていた。それは急に体の力が抜けたのかわからない。見ると、雅史の
瞳孔が広がっていくのが見えた。
「……雅史?」
反応は無い。ゆすっても、頬を引っ叩いても、反応は無かった。
「おい……雅史……。死んだのかよ? 雅史……!」
それでも反応は無かった。そして、初めてわかった。死んでいるのだと。
ためた涙が一気に溢れ出てきた。親しくないのに、何故涙が出てきたのか、おぼろげにわかった。人の命という
ものは、それだけ重たい物だったのだ。大切な物なのだ。それがどうして奪えようか。
俺は、殺せない……!
「雅史……!」
後ろの茂みが動いた。振り向いてみると、竹崎正則(4番)と、種村 宏(7番)が、やっと自分を見つけられた
のだろう。安堵した顔を浮かべたが、自分の泣き顔を見て、そして抱きしめている雅史を見て、顔を曇らせた。
「雅史は死んだよ。団条に殺された」
時間だ。袖で涙を拭うと、2人のもとへ行った。
「気にするな。いちいち悩んでいたら、こっちが壊れる。でも、その悲しみを覚えておけ。無駄にしないためにな」
「……わかった」
「さぁ、灯台へ行こう。もうすぐここも禁止エリアになる」
2人が先に出て行った。自分も後に続く。
振り返ることはしなかった。振り返れば、また悩んでしまうから。
――でも雅史、お前のこと、絶対に忘れないからな。
21番 鶴岡 雅史 死亡
【残り25人】
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