誰も、なにも喋らない。浜田も、上田も、そしてたいも一言も喋らなかった。 門並はぐるりと教室を見回すと、満足げな顔を浮かべて再び説明を始めた。 「……さて、ルールは簡単。互いに互いを知恵と武器を使って攻撃するだけの、殺し合いをしていただければ結構で す。基本的に反則はありません。どんな手を使ってでも構いません。とにかく、最後の一人になるまで、殺しあって いただきます」 殺し合い。戦闘実験という名の、この国唯一の徴兵制とでも言えばいいのだろうか。 自分達はそれに巻き込まれた、ただそれだけのことだ。 「さっきも言ったとおり、ここは山村ですが……基本的には電気、水道、ガスは全て供給がストップしています。文明 の機器に頼ることなく、サバイバルだと思って楽しんで戦闘に臨んでください。勿論、携帯電話も使えませんよ。あ ぁ、そうそう。当然ですが住人の皆様には既に一時退去してもらっています。一応実験が終わり次第返還する予定 ですので、あまり滅茶苦茶に暴れないようにね。えーと……そっか。全て借りている状態なので、基本的には不法 侵入もオッケーです。適当に武器になりそうなものを物色しても構いません。自由に使っちゃって下さい」 「……なら、水とか食べ物は現地で調達しろってこと?」 近くに座っていた角元舞(女子11番)が、手を上げてそう言った。その顔は、真剣そのものだった。 これは決して和ませようとして言っている台詞なんかじゃない。ふと僕は、そう思った。 「あー……一応ね、みんなには支給品があるんですが、その中に三日分の水と食料が入っています。だから無理に そこまで苦労しなくても大丈夫。別に現地調達でも構わないけれど、退去してもらってから一週間程度は経っている から、正直生ものは遠慮した方がいいかもしれないね」 「支給品……?」 「まぁいいや。今説明してしまうけれど、出発する際にみなさんにはバッグを一つずつ持っていってもらいます。中身 は必需品となる水と食料、地図とコンパス、筆記用具に腕時計、そして懐中電灯が入っています。本当のサバイバ ルに挑戦するみたいでしょ。そして、最後に武器が入ってます。武器は基本的にはランダムです。適当に1つずつ 突っ込んでおいたんで、アタリがあればハズレもあります。まぁ、知恵を絞って有効に活用してみて下さい。そして 最後に説明するのは、現在全員に装着されている首輪の存在です」 首輪。 その単語を聞くと同時に、再び圧迫感が僕を襲う。 「その首輪にはパルスが埋め込まれていて、みなさんの脈拍を測ると同時に、生死の状態も本部まで報告してくれ ます。今何処にいるのかといったことも逐一報告してくれるので、脱出なんかは考えない方がいいですよ。さもない と……あーほらほら、あまりいじくらない。変に取ろうとすると、その首輪、爆発しますよ?」 爆発の言葉を聞いて、僕は掴んでいた手を咄嗟に放した。 何人かの生徒が、嘆息を洩らす。 「えぇー……じゃないの。仕方ないでしょ、下手に武器を渡すんだから、こっちだって命がけなんだよ。だから、反抗で きないように首輪があるんです。下手に抵抗なんてしようものなら、こちらから先手を取って爆破しますんで、そこん とこよろしく。ついでに禁止エリアの説明もさせてもらおうかな。ほら、さっき会場がエリア区分されているって言った じゃない。それ、実は結構重要だったんだよね。えーと……実際に試合が始まってから、零時と六時の一日四回、 会場内で私が放送を流します。内容は二つ、その間に死亡した生徒の発表、それから禁止エリアの発表。禁止エ リアは二時間に一つずつ追加されていくんだけれど、例外的にこのエリアだけは全員が出発してから二十分後に 禁止エリアに突入するので気をつけてね。……おっと、禁止エリアっていうのは簡単に言うと、中に入れば首輪が 爆発するエリアのことです。時間が進むに連れて人数が減ってくると、なかなか遭遇しにくくなるじゃない? その 救済措置がこれだと思って下さい。それと、首輪が爆発するのはもう一パターンあって、ずばり丸一日誰も死亡しな かった場合は生存者全員の首輪を爆破します。優勝者はありません。まぁ、大丈夫だよね。以上、ぱーっと説明さ せていただいたけれども、なんか質問ある?」 僕を含めて全員が、ぽかんと口を開けている。一気に情報が流れ込んできたせいで、頭が軽く混乱してしまってい るらしい。なに? 殺し合い? 支給武器? 禁止エリア? ほとんどなにも理解していない中、突然質問があるかと問われても、なにがわからないのかわからない以上、質問の しようがなかった。 ふと、そう思っていると、隣にいた浜田が手を上げていた。 「……なんだ、結局浜田くんか。なに?」 「あのさ。いきなり殺し合いをしろだのなんだのって言うんだけれどさ。本当にそんなことが可能なのかい?」 「……と、申しますと?」 「ほら、うちらってさ。当たり前だけど人を殺した経験もなければ、ましてや武器を持った経験もない。そして曲がりな りにも一緒に机を並べた仲だ。互いに憎みあっているとかはあったとしても、殺すにまで至るようなことでもない。こ れで、満足な実験データが得られるのかい?」 浜田が、薄笑いを浮かべている。まるで挑発をしているかのようだ。 門並はそれをわかっているのだろうが、やはりこちらも笑みを浮かべたまま、応対する。 「えーと……そっか。浜田くんは、参加したくないってことかな?」 「いや、ちと違うなぁ。ただ、プログラムを始めたところで、誰も殺し合いになんか参加しないだろって言いたいんだけ れども」 門並は、虚を突かれたような顔をする。キョトンと目を丸くしたその姿は、すこしだけおかしかった。 そして、いきなり声高らかに笑い出した。誰も反応できずに、見守ることしか出来ない。 「……なんか変なこと言ったかな?」 「いや、いいの。気にしないで。ただ、そんなことを言う子は初めてだったもので。でもいい? 浜田くん、これだけは 私にだって言えるわ。絶対に殺し合いは起こる。断言してもいい」 浜田が、目を鋭くした。こいつ、そんな顔も出来たのか。 「随分はっきりと断言しますねぇ。自信満々ですか?」 「満々だね。ほら、例えば浜田くん。君はやる気じゃないのかな? ここまであーだこーだ言っているけれど、本当は それはここにいる他の面子を欺く為の術に過ぎないとか」 浜田は立ち上がる。そして、部屋をぐるりと見渡した。 「俺は信じるよ、簡単に殺し合いを始める奴なんかこのクラスにはいないってことをさ。みんなだって好きで殺し合いに なんか参加したくないよな? な?」 「……そうだな、好き好んで殺戮を始める奴なんかはいないだろうな」 「そだね。さすがあっちん、堂々としててカッコいいよ」 上田が、そしてたいがそう応える。室内が、少しずつザワザワとなりだした。 僕は少しだけ安心した。殺し合いなんかしたくない奴が、僕一人だけではないということが、わかったからだ。 「僕も……!」 パァンッ!! 僕も同じ気持ちだ。そう発言しようとした瞬間、それは一発の銃声に遮られた。その突然の銃声に、騒ぎ始めようと した教室は瞬時に鎮められる。何が起きたのかわからない、やがてそれがわかったときには、とっくにたいが悲鳴を あげていた。 「あっちんっ!!」 「痛ってぇ……なにすんだこのヤロ……!」 先程まで立って演説をしていた浜田が、血を出して倒れていた。位置的に、どうやら左肩を撃ち抜かれたらしい。誰に 撃ち抜かれたって? そんなのは、決まっているじゃないか。 僕は前方を見る。そこには、拳銃を構えた門並の姿があった。その顔は、やはり笑みを含んでいた。 「……やっぱりやり方がせこいね。浜田くん、本当はわかっているんでしょう? どんなに頑張ったって、結局殺し合い は始まってしまうってことに。その努力も全部無駄。今みたいに説得して、勝手に撃たれて死ぬのが目に見えてい るじゃないの」 そして、全員に銃口を向ける。全員が、氷のように静まり返った。 「……ね? 油断したらこうなるんだよ?」 門並は、銃を懐へと仕舞いこむ。 そして、にっこりと微笑んで、続けた。 「どんなに足掻いても無駄。殺し合いは絶対。……理解できましたね?」 最早、誰も喋りだすものはいなかった。
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