時は遡る。 本村泰子(女子18番)は、ただひたすらに走り続けていた。 信じられなかった。頭の中がどうにかなってしまいそうだった。 あの浜田篤(男子18番)が、目の前で死んだ。 いきなり目黒幸美(女子17番)が、私を殺そうとしてきた。 そして藤村光明(男子19番)が、私を逃がしてくれた。 いっぺんにたくさんのことが起きすぎた。私にはそれらを全て把握できるだけの能力が無かったし、なにより私の精 神がそれらに対応できるだけのスペックを持ち合わせていなかった。 なにがプログラムだ、なにが殺し合いだ。私は認めない、こんな理不尽な戦い、絶対に認めてなんかやるものか。 私一人ではなにも出来ない。だけど、一人一人の力が集まれば、きっと強大な力にだって抵抗できる。勝てないとし ても、戦った証だけは残る。 私は全てを否定する。このプログラムという制度自体を全て否定してやる。最期まで、抗ってやる。 後ろからは誰も追ってきてはいない。もう、銃声も聞こえない。 藤村は目黒幸美を倒すことが出来たのだろうか。あるいは浜田同様、無残にも殺されてしまったか。それを確認する 方法は、もうあの新しい担任の放送を待つ他はないのだ。今から出発地点に戻るなんて、愚の骨頂だ。 「…………っ!」 ふと視線を感じて、物陰に隠れる。ここはどこなのだろうか。私はどう走ってきたのだろうか。建物が立ち並んでいるこ の状況から、とりあえず住宅街の中であることはわかる。支給されたバッグの中から地図を取り出そうとしたが、小雨 が降っているこの状況ではすぐにダメになってしまうだろう。もう少し、雨が当たらない場所へ移動するか、雨が収ま るのを待つしかない。 ……もどかしかった。とにかく、誰かの視線を感じた。それは状況が状況なだけにただの妄想かもしれなかったが、 油断しているよりはマシだろう。まずは自身の武器を確認しなくてはならない。手探りでバッグの中を漁ってみる。そ れは棒状のものだった。ぼんやりと光を鈍く反射するそれは、どうやら警棒かなにかの類らしい。そういうことか、こい つで襲われたときは身を守れってことか。 とてもおかしくなった。目黒幸美はとんでもない破壊力を持ち合わせているショットガンを支給されている。はたまた私 を救ってくれた藤村はボウガンを持っていた。なんなんだ、この武器の格差は。こんな武器で、勝てるはずが無いじゃ ないか。一気に、脱力感に見舞われる。 だったら、当たりの人から武器を奪えばいいんですよ。 担任の声が脳の中で反芻される。冗談じゃない、どうやって奪えというのか。仲間になる振りをして、裏切れば良いと いうことか。冗談じゃない、そんな理由で仲間を募ろうとするんじゃない。 出発前に親友の三崎玲(女子16番)と待ち合わせた場所、病院。まずはそこに行くのが第一だろう。病院は確か住 宅街の中にあったはずだ。地図がなくたって、簡単に見つけ出せるだろう。時間がかかっても構わない。ゆっくりと、 慎重に探すのが一番だ。 そして、程なくして私は病院を見つけ、無事に中に潜んで私を待っていた玲との合流を果たした。彼女は安堵の表 情を浮かべ、私は思わず涙を流す。これで、ひとまずは安心だ。私達は二階の病室の一つに身を潜め、辺りが明るく なるのをじっと待つことにした。 ……そして四時間ばかりが経過して、事態は急変する。誰かが、病院に忍び込んできたのだ。玲は顔を引き攣らせ る。私も、頼むから気づかないでくれと願ったが、それは叶わなかった。その男は、ドアをぶち破ると言うのだ。 殺される。 そう思ったのも束の間。 相手はあの上田健治(男子2番)だった。ついでに、君島栄助(男子5番)も一緒だという。どちらも、私と普段から男 女の隔てなく交流を続けてきた仲だった。この二人なら、信頼できる。 結果的に数度のやり取りを経て、私達は合流することとなった。これで、仲間は4人。玲は少しだけ顔をゆがめていた が、それは気にしないことにする。玲は残念ながらこの二人との交流はあまりない。だけど、今はそんなことを言って いる状況でもないのだ。少しでも、仲間を増やさなければ。少しでも、抵抗しなければ。 そう、殺し合いを強要されている空間で、殺しあわない仲間を作る、そんな儚い抵抗を。 私は、否定する。 このプログラムの全てを、否定してやるのだ。 時刻は、午後10時をさしていた。 【残り36人】
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