04.不  安



 真奈が目覚めると、そこは薄暗い室内だった。
ひどく頭が痛い。一体何があってどのようにしてここへきたのか、全く解らなかった。

どうも自分は床にねっころがっていたようだ。ぼんやりとした眼を覚ます為に、立ち上がって大きく深呼吸をする。
そして記憶が甦ってきた。朝、遅刻しそうになって自転車をかっ飛ばしていたこと。スカートが後輪に絡まってしまった
こと。それを助けてくれた男が、変な薬で自分を眠らせたこと。

ここは、一体何処なのだろう。
木造の建物で、わりと広い室内だ。誘拐でもされたのかと思ったが、手足を拘束されていないので、どうやらそうでも
ないらしい。と、足で何かを蹴ってしまった。
突然のことだったから、ひっ、と小さな悲鳴をあげてしまったが、よく見るとそれは人間だった。それも、あたし達と同じ
古川中の制服を着ている女子。
一瞬死んでいるのかと思ったが、蹴ってしまった衝撃のせいだろうか、うぅん、と呻き声を上げている。どうやら、自分
と同じように眠っていたらしい。真奈は、その女子生徒の体を揺さぶった。

「起きてよ。ねぇ、起きてってば」

そして、その生徒の顔が露わになる。高橋 恵(女子2番)だった。恵は薄く目を開けて、一旦その瞳を閉じた。次の
瞬間、ガバッと起き上がった。

「ま、真奈?! どうしたん、みんな心配してたんだよ!」

突然そんなことを言われてしまうのだから敵わない。
真奈は落ち着くように言おうとして、恵の首元に何か光る物体が撒きついているのに気が付いた。

「真奈……あたし達、今何処にいるの? ねぇ、みんな学校にいるんじゃなかったの?」

「落ち着いて、恵。私も……わからない。知らない男の人に声を掛けられて、意識失っちゃって……気が付いたらここ
にいたの」

「……どういうこと? どうなってん?!」

叫びだした恵。だが、そこで気付いた。恵だけでなく、男子生徒も、いや……古川中の3年生全員が、この部屋の床
に突っ伏しているのを。一体、どうなっているのだ?

「なんで、みんなここにいんの?」

恵はそこで始めて気が付いたらしい。周りに先程の自分達と同じように眠っている生徒達を見回して、静かな声で話
し始めた。

「うちらは、ずっと真奈を待ってたんよ。したら、急に眠くなって、ここに……」

だが真奈は、別のことが気になっていた。先程から見え隠れしている首に巻きついた金属に。恐る恐る自分の首元を
撫でてみる。そこには滑らかな肌の感触は無く、硬い金属の感触だった。

「これ……何?」

首輪だった。松岡圭子(女子4番)の家で見せてもらった犬に撒きついていたような物と同じ、首輪だった。
苦しい。とにかく苦しい。何でこんな物を自分達は付けられているのだ?

「ねぇ、真奈。うち、こんなこと言いたくないんだけども……」

真奈も、否定したかった。だけど、ニュースを見たりして、その存在を知っていたから。
でも、自分達とは全く無縁の世界だと思っていたから。もう、卒業だったから。だから、なんで。

「これって、ひょっとするとよ……」


「ふわぁぁ、よく寝たよく寝たぁ。……あれ? 原田、来てたん?」

その会話は一人の男子生徒によって遮られた。呑気に欠伸をしている加藤秀樹(男子1番)も瞬時にその異常事態
に気が付いたのだろう。隣で仲良く寝ていた親友の東雲泰史(男子4番)を揺り起こした。
それをきっかけに、真奈もまわりに寝ている生徒を揺り起こした。幼馴染の吉田由美(女子5番)、自分と同じく遅刻
魔の西野直希、学級委員の篠塚晴輝(男子3番)まで起こした頃には、他の生徒によって全員が既に起きていた。そ
して、全員が同じような疑問を口に出していた。

その時だ。


 ガララッ。


その部屋の一角にある引き戸式の扉が軋んだ音を立てて開いた。
そして、そこに立っていたのは。

「先生?!」

「佐藤先生……!!」

我らが担任、佐藤敏夫がいた。呆然として立っているその姿は弱々しかったが、それでもなんとか踏ん張っていた。
佐藤先生は自分達をじっくりと見つめた後、ゆっくりとした足取りで室内へと足を踏み入れた。そしてその後ろから、
逆三角の眼鏡をかけた女性と、無骨な恰好をした男2人が入ってきた。見たことのない顔だ。

「みんな……よく、眠れたか?」

佐藤先生はそう言っただけで、ふぅと溜息をついていた。
すかさず熊田健人(男子2番)が怒鳴り返す。

「おい! 一体ここは何処なんだよ?!」

すると、後から入ってきた無骨な男2人が、その手に握っていたある物、銃だ。銃をその声の主、熊田健人に向けて
いた。それに気付いたのか、熊田の顔が一気に強張る。

「熊田……、静かにしないと取り返しの付かないことになる。ちょっと、静かにして欲しい」

佐藤先生もその銃の先にあるものが見なくてもわかるのだろう。下手に刺激をしないように、話した。
熊田も蒼白な顔のまま、俯いた。

「じゃあ、こちらの女性から話は聞くと思うから……俺は外で待っている。みんな」

佐藤先生はそう言うと、早々に部屋から出て行こうとした。そして思いついたように、扉の前で振り返る。

「せめて、精一杯生きてくれ」

「どういうことだよ?! わかんねぇよ!」

「はいはーい、熊田君……だっけな? それは私が説明するから、少し黙ってくれないかな」

熊田が叫ぶと、今度はその逆三角の女性が声を出した。
凛と響いた声は、ちょっとした威圧感を醸し出している。思わず、眼がそちらへいってしまった。

「それでは、今皆さんが置かれているこの状況がなんだか説明します」

聞きたくない。聞きたくなかった。
もし、自分の予想が当たっているのなら、ではない。間違いなく、そう、これは――

「これは、プログラム、です」



 ――――



「今日は、皆さんにちょっと、殺し合いをしてもらいます」


 誰一人として、声を発するものはいなかった。



【残り12人】





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