第二章 天国と地獄 − 


12


 正午。突然、大音量で音楽が流れ始めた。

それは一種オーケストラのようで、明るい陽気な雰囲気が漂っていた。しばしば聴いたことのある音楽なのだが、題
名は思い出せない。その調子が30秒ほど続いた後、ボリュームが徐々に絞られてゆく。

『よーし、正午になった。生きてるか、お前ら? 久々だな、担任の稲葉だ。今から定時放送を流すから、よーく聞いて
るように』

テンションの高い稲葉の声が、少し機械音で流れ始めた。恐らく、拡声器か何かを使っているのだろう。だが、この放
送は間違いなくこの会場内全域に流れているだろうし、スピーカーもあの中学校だけではないはずだ。プログラムの
為に臨時に設置されたものも、幾つかあるのだろう。

 昭平は、その声を聞いて早速体が拒否反応を起こしていたが、仕方なしに地図を取り出していた。ペアである前田
綾香は、今はおとなしく放送に聞き入っていた。

『それじゃあ、出発してからこれまでの間に死んだ生徒の名前を発表するからな。地図が印刷してある紙に、お前ら
の名前も印刷してあるから、是非活用してくれな』

「くそっ、ふざけやがって……」

 その地図に一緒に印刷されているクラス名簿の存在には、とっくに気がついていた。今自分達がいる場所がE=3
であるということを確認するときに、たまたま発見したものだ。

『まずは八番ペアの町田宏若本千夏。これは知ってるよな? それから、今度は三番ペアだ。近藤悠一に、小島奈
。そして、男子六番の中野智樹。最後、一番ペアの浅野雅晴伊藤早紀。以上七人!』

「早紀……!」

最後に、伊藤の名前が出て、思わず、筆が止まった。

 そんな……、探すって、決めてたのに……!

『続いて禁止エリアの発表だ。一回しか言わないから、ちゃんと聞いておくこと。わかってると思うけど、禁止エリアに
入ったら首輪は即爆破だからな。電子音が鳴るなんていう猶予期間なんてものはないぞ。あ、ちなみに禁止エリア指
定前はちゃんと警告するから』

相変わらずそんなことを言う稲葉だが、既にその大半は、耳の中には入っていなかった。だが、それでも肉体は禁止
エリアを書きとめようとしているのか、しきりにペンを動かしている。

『まず、午後一時からA=5だ。続いて三時からE=1、五時からA=4が禁止エリアになる。とりあえず、開始一時間
ちょいで残りは九人なんだ。さっさと終わられてくれな。それじゃ、以上。次は午後六時に放送だからな、それまでは
頑張って殺しあってくれよ』

 そう言うと、ブツンッと周波が途絶える音がして、再び辺りは静かになった。鳥の鳴き声が、遠くで聞こえている。

「早紀が、死んでた……」

 その沈黙を破ったのは、前田だった。

「早紀が……」

「前田!」

 昭平は、前田の目が虚ろなのに気がつき、慌てて止めた。このままだと、前田が壊れかねない。自分もショックだ
が、唯一無二の親友を失った前田は、自分が想像も出来ないほどショックなのだろう。

「前田……。畜生!」

もう、言葉をかけることが出来なくて、何を言えばいいのかわからなくて、そしてイライラしていて。
突然大声を上げた昭平に、前田は驚いたようだった。

「畜生! そうやって、大人はいつも俺達を思い通りに動かそうとしていやがる! ふざけんじゃねぇよ! 何が殺し
合いだ、何が最後の一組になるまでだ! 俺は……絶対にこんな理不尽なゲームになんか参加しないからな!」

「高松君……」

「前田、今俺達が何をしなくちゃならないのか考えてみろ。ここでくよくよ泣いているわけにはいかないんだ。まだ、や
らなきゃならないことはある筈だろ」

それは、あまりにも押し付け行儀だとは、自分でもわかっていた。けど、自分はそうでもしなきゃ気が狂いそうだった。
死んでいる、死んでいるのだ。既に、クラスの半分が死んでいるのだ。だから七人ものクラスメイトは……。


 七、人……?


「矢島が、死んでない」

中野智樹のペアであるはずの、矢島依子(女子六番)が死んでいなかった。おかしい、ペアが死んだのだから、矢島
は死んでなくてはおかしい筈なのだ。だが、矢島の名前は放送では呼ばれていない。それはつまり。

「矢島が、殺した?」

「矢島さんが……早紀を?」

矢島依子が、ペアの中野智樹が何らかの原因で死亡したのなら、矢島は首輪が爆発する三分以内に誰かを殺さな
くてはならない筈だ。八番ペアの町田と若本とは稲葉に殺された。三番ペアの近藤と小島は誰だかわからないけれ
ど、死んだ時にはまだ中野と矢島は出発していない筈だ。だが、もしそれで一番ペアの浅野と早紀を殺したのなら。


 可能性は、それしか、ない。


「矢島だ……間違いない……!」

 昭平がそう言うと、急に前田が立ち上がった。机の上に置いていた果物ナイフを握り、突然デイパックを担いだ。

「何する気だ?」

「……しに行くのよ」

「あぁん?」

「殺しに行くのよ、矢島さんを! 早紀の仇を取るの! 邪魔しないでよ!」

「バカな真似はよすんだ!」

 咄嗟に、そう口が喋った。前田が、一瞬だけ震えていた。

「殺して、何になる? 矢島殺したって、何にもならねぇだろ! 伊藤の仇をうつだとか言ったけどな、殺したって伊藤
は生きかえらねぇんだよ!」

「じゃあどうすればいいのよ!」

 わからない。昭平は悩んでいた。親友を失った前田の気持ちは、どれほどなのかわからない。それは、親友の祐介
を失ってみないと、わからないのだ。それは恐ろしいことだ。絶対にあってはならないこと。だがしかし、間もなくそれ
は訪れるのだろう。それとも、自分が死ぬのが先なのだろうか?

 そんな時だった。窓をコツコツ、と叩く音が聴こえた。昭平と前田は顔を見合わせて、慌てて口を押さえた。今は口
喧嘩などをしている場合ではない。誰かが、外にいるのだ。一体、誰だ?

「おーい、高松。いるんだろ?」

そう、男子の声が聞こえた。これは祐介ではない。祐介はこんな低い声ではないし、祐介なら高松と呼び捨てにはし
ないはずだ。確認するために、そっと窓の外を見る。そして、驚いた。

「正志……!」

 そこには、平山正志(男子七番)がいた。笑顔をこちらに向けている。思わず昭平は、その姿を確認させてしまっ
た。正志が、いっそう笑みを強めた。その奥から、ペアの吉村美香(女子七番)が顔を覗かせている。彼女は、少し不
安げな顔を浮かべていた。

 一体、正志はどっちなのだ? 正志は、この殺し合いに参加するつもりなのか、それとも……。

町田宏(男子八番)の一件から、昭平は正志のことがわからなくなっていた。あの時、自分は若本千夏(女子八番)
の死のことで頭がいっぱいだったし、正常な判断も出来ていなかっただろう。だが、正志が町田を間接的に殺したの
は明白だし、果たしてそれがこの殺し合いに参加することを宣言したものなのかどうかもわからない。下手をすれば、
正志に殺されることもあるのだ。
いや、それじゃあいけない。正志は近藤悠一(男子三番)達が死んだ時はまだ出発していないのだ。つまり、まだ誰
も殺していないことになる。大体、正志はグレてはいるけれど、立派な友達じゃないか。信じることが出来なくて、何
が友達だ。畜生。

「前田。入れて、いいか?」

 昭平がそう言うと、前田は不承不承頷いた。どうせ、自分には何を言っても無駄なのだとでも思っているのだろう。
その顔は、ふてくされていた。
昭平は、窓の外にいる二人に、玄関の方に回るように指で合図をすると、玄関の扉を開いた。しばらくして、ノブがカ
チャリと音を立てて回り、ゆっくりと扉が開いた。

「まぁ、入れよ」

昭平はそう言って、二人を自分達のいるリビングまで案内した。二人は何も言わずに入ってきたが、さほど緊張はし
ていないようだ。前田の姿を確認すると、正志は軽く頭を下げた。

「さて、用件を聞こうか。何しに来たんだ?」

 単刀直入に、昭平は聞いた。いきなりそう言われた正志は、デイパックを肩からフローリングの床に降ろすと、立っ
たまま喋り始めた。

「何しに来たって……、別に、用はない。たまたま高松と前田が言い争う声が聞こえたから、来たまでだ」

「二人とも凄い大きな声だったよ。何かあったの?」

正志が言うと、吉村も続けて言った。それは、何か含みのある言い方だったが、気にしないことにした。

「まぁ、ちょっとな。ところで聞くけど……二人は、このゲームに参加するつもりか?」

前田も、じっと二人の仕草を気にしているようだった。相変わらず二人は立っていて、ソファに座っている昭平と前田
は、ずっとその手元に注目し続けていた。
正志がその行為に気がついたのか、両手を上げてヒラヒラと振った。

「なんだよ、何にも持ってねぇよ」

そう言って、正志は床にあぐらを掻いた。吉村も同様に何も持っていないことを示そうとしたが、どうやら座りたくないら
しい。

「武器は、何だ?」

「そっちから話すのが道理でしょ?」

吉村がすかさず切り替えした。昭平は溜息をついて前田の方を見た。前田は、ふん、と鼻をならして、近藤の武器で
ある筈のスタンガンを取り出した。どういうつもりなのだろうか。昭平は何か理由があるのだろうと思ったが、自分は
別にやましい気持ちなどないので、普通に支給された果物ナイフを抜き出した。

「あたしがスタンガン」

「で、俺がこの果物ナイフだ」

そう言って両方を手に持つと、そっとそれを目の前の机の上に置いた。吉村は、その光景を見て顔に笑みを浮かべる
と、「なるほどね」と呟いた。そして、腰から拳銃を取り出した。

「私の武器はこれ。コルト・ガバメントよ」

そう言って、それを同じく机の上に置いた。昭平は驚いていた。

 拳銃! 拳銃が支給されたのか……! やっぱり、稲葉が取り出したデイパックの中に入っていた奴の他にもあっ
たんだ。これで、少なくとも拳銃を持っているのは二人。吉村と、例の近藤のペアの小島奈美(女子三番)を殺した生
徒だ。

「俺は高松と似ているな。サバイバルナイフが一本」

 正志も続いてそう言うと、大振りのナイフを腰から抜き出して机の上に置いた。果物ナイフが情けなく見える。

「それで、高松の最初に質問に答えるけどな。俺達は、このクソみたいな大人の娯楽には参加しないつもりだよ」

「大人の……娯楽?」

「そう、所詮このゲームは大人達にとって娯楽みたいなものさ。大方、誰が生き残るかなんていう賭け事もやってるん
じゃないか? 政府の連中ならやりかねないだろうな」

 信じられなかった。あくまでもこの国は、プログラムは戦闘実験であって、この国には必要なものだとかの有名な
『四月演説』でも喋っていたはずなのだ。なのに、なのにそれがただの賭け事? バカバカしい、競馬じゃないんだ
ぞ。

「信じられない……そんなこと」

 同じことを考えていたのか、前田が口に出した。正志はその言葉を聞いてにやっとし、さらに続けた。

「俺も仲間から聞いたことだから不確かだけどな。でも、本当にやってるらしいぜ、トトカルチョって奴を」

「マジかよ……」

 大人なんて信じない。大人なんて嘘だらけだ。そう思ってきた昭平は、改めて再確認した。大人なんて、駄目人間
の塊だ。

「そんなくだらない娯楽に俺は付き合うつもりはない。それが俺の考えだ、以上」

 そう言い切ると、正志は両手を眼前でひらひらと振った。

「でも……そしたら、どうやって生き残るんだ?」

 そんな正志を見て、一体何を考えているのかわからなかった昭平は、少し躊躇いながらも聞いた。

「高松。クラスメイトを殺してまで、生き残りたいか?」

 そう切り返され、昭平は迷わず首を横に振った。前田も同じ事をしている。続けて正志は言った。

「俺はそうは思わない。だからな、このくだらない娯楽に付き合っている奴を、止める必要があるんだ。そこで、一つ聞
きたい」

「……何だ?」

「矢島依子、見なかったか?」

 その名前を聞いて、前田が伏せていた顔を上げた。どういう経過があったのかはわからないが、結果として矢島依
子は前田の無二の親友である伊藤早紀を殺している。正志は、恐らくそれを止めようとしているのだ。

「見てない。探しているのか?」

「そうか……。ああ、探してる。なんで浅野と伊藤を殺したか聞きたかったんだけどな。出来ることなら、矢島を止めた
い」

「俺達も、手伝おうか?」

前田が矢島を探したがっているのは既にわかっている。それに、今は正志達といた方が安全な気がしたから。だが、
正志は首を横に振ると、隣にいた吉村の手を取り、その手に拳銃を握らせた。

「駄目だ。高松、お前にはやることがあるだろう」

「やること?」

正志は、自分自身もサバイバルナイフを腰にさしながら、答えた。

「大原を探せよ。あいつだって、一人じゃ不安な筈だ。変な方向に突っ走る前に、お前が安心させてやれ」

 あ。恥ずかしながらも、その存在を一瞬でも忘れていた自分が情けなかった。祐介、昭平にとって、かけがえのない
存在。祐介はこんな殺し合いには参加しない筈。だが、きっと不安になっているのだろう。なんとしてでも、見つけ出さ
なければならないのだ。

「前田、それでいいよな?」

 正志が前田にそう問いかけると、前田は微妙に困った顔をしながらも、「わかった」と述べた。そして昭平の顔を見
ると、仕方ないなという目で見ている。とりあえず、承諾してくれたということか。

「よし、いいか? 前田、矢島を殺したって伊藤は生き返らない。無意味なことなんだからな。高松の言うとおりだ」

「……! 聞いてたの?」

 慌てて前田が質問する。正志がさらににやっとした。

「バッチリな」

 前田の顔が赤くなる。恥ずかしそうだった。

「それじゃ、俺らは出発するよ」

 そう言って、正志と吉村はすぐに立ち上がり、さっさと家を出て行ってしまった。それは本当にあっという間の出来事
で、声をかける暇もなかったほどだ。
すっかり寂しくなってしまった部屋に取り残された二人は、これからどうするかを話し合った。結論、自分達もすぐに身
支度を揃えて、この家を出発し、今も会場内にいる筈の二番ペアを探すと決めた。


 出発時刻は12時30分。これから、更なる悲劇が二人を襲うことなど、まだ二人は、知る由もなかった。




   【残り9人】






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