それは確かに、山本真理の死体だった。 つい先程、あの部屋を微笑を浮かべながら悠々と出発していったあの山本が、今ここに転がっている。 「これは……いったい……」 思わず呟いてしまった。いや、これが呟かずにいられるか。 僕が、先に出発する面子の中で、一番危険人物だと思っていた生徒が、死んでいるんだぞ。 普段あまり使わない頭をフル回転してみる。 まず、山本の生死。これはもう明らかだ。心臓辺りから大量の血液が今も尚流れ続けている。恐らく、なにかナイフか 包丁か、ともかく刃物の類で一突きだろう。それで、呆気なく逝ってしまったのだ。たった、それだけで。 辺りを見回してみても、凶器は何も見つからない。まぁ、恐らく彼女を殺した生徒が持ち去ったのだろう。当然といえ ば当然のことだ。 そこまで考えて、はっと身構える。もしかしたら、まだこの近くに犯人が潜んでいるのではないかと。 その可能性は、決して高くはない。山本がここで死んでいる。つまり、山本はここで刺されたのだ。まさか山本がぬく ぬくとここに留まっていて柏木杏奈(女子一番)に刺されたというのは考えにくい。逆に犯人だと考えられるのは前後 に出発した修平か、あるいは榎本達也(男子一番)だ。しかし、榎本は出発前にやる気ではないと堂々と宣言してい たし、修平だって復讐という名の下に藤田 恵(女子十番)、真木沙織(女子十一番)のペアを追いかけていったはず だ。となると、容疑者が誰もいなくなってしまう。どこかにあるはずなのだ。どこかに、間違いが。 そもそも、榎本のあの発言が嘘だとしたらどうなる? 自分を信頼して近付いてきた生徒を簡単に殺すことが出来る だろう。だが、山本はその台詞を聞いていないのだ。では、修平が藤田達を追わなかったとしたら。つまり、覚醒剤常 用者に対する“復讐”などは始めから行うつもりなどなく、端から“優勝”するつもりで後続の山本を殺害したというの なら。しかしそれもアウトだ。それなら、修平は間違いなくさらに後続の榎本や柏木だって、そして多分僕も容赦なく 殺しにかかってくるだろう。それがない時点で、彼でもない。 そもそも眼中に無かった真木はどうだ。藤田をどっかその辺において、山本を殺害……いくらなんでも無理がある。修 平と同じで、わざわざ後続まで殺さない理由がない。それに、優勝するつもりならわざわざ藤田を助ける理由がない じゃないか。 では、もし本当に山本が誰かを玄関で待っていたとしたら。それはつまり、誰かと合流しようとしていたのだ。相手は 榎本か、それとも柏木か。 榎本……榎本! そうだ、榎本と山本は同じ音楽部だったじゃないか。それで合流しようとして、山本は……。だとし たら、山本はどうして出発前に笑っていたのだ? だが、そもそも笑ったという理由だけでこのゲームに積極的な意思 を持つという根拠も変じゃないか。それに榎本も優勝する気なら、柏木を殺さない理由がない。 だけど、この殺人が偶然の産物だとしたら、話は別だ。榎本の殺害意思がないのに、結果的に殺してしまったとした のなら? 怖くなって、やる気でないがゆえに逃げ出してしまうに違いないだろう。だが、逆にその条件なら、別に榎 本でなくとも誰でも当てはまるし、しっかり凶器を持ち出している以上、その可能性も低い。 以上、誇大なる妄想を終えて、僕は大きく深呼吸をした。 なにを考えたところで、現に山本真理は死んでいる。憶測だって結局は憶測なのだ。 「だけど……な……」 しかし、山本を殺した生徒がいるのもまた事実だ。その生徒が再び自分に対して襲い掛かってくる可能性も決して 低い数値ではない。となると、僕がしなければならないことは。 おもむろに僕はデイパックのジッパーを開ける。まずは武器を確保しておかなければならない。この中に、その命綱と なるものが入っている筈なんだ。 そう思って、中の荷物を確かめる。水のペットボトルに地図、栄之助さんが説明したものがそのまま入っていた。そし て、側面にそっとしまわれていたそれ、ブローニング・ハイパワーに目が留まる。銃だ。取扱説明書、弾薬が一緒に 収納されていた。手早くそれを取り出して、弾を詰め込む。撃鉄を起こして、トリガーに指をかける。 これで安心だ。これで……誰が襲ってきたって、僕は大丈夫だ。 僕は死ぬわけにはいかないんだ。 僕は、栄一郎の仇をとならきゃならないんだ。 山本の死体を乗り越えて、僕はそっと玄関から外へと出た。どうりで寒い筈だ。外にはうっすらと雪が積もっていて、 そして今も尚、夜目にもはっきりと、雪がしんしんと降っているのが確認できた。 そう、今日は12月24日。ホワイト・クリスマスだ。 雪が防音効果も果たしていて、辺りの音は何も聴こえない。吐く息は白く、全身が震えている。 「ここで……」 ここで、僕達は殺し合いをする。 最後の一人になるまで、殺し合いをする。 残り人数は22人。いいさ、僕は絶対に生き延びてやる。 栄一郎の仇をとる。栄一郎を死に追いやった者たちを、この手で殺害する。 恐れるな。震えるな。僕が殺さなきゃならないんだ。 ―― 僕が。 トスン……という、何かが刺さるような音がした。 例えるなら、雪原に木の杭を差し込む、そんな雰囲気を想像させる音だ。 「…………っ」 急に全身から力が抜ける。自然と両手がパーの形になって、ブローニングが音もなく地面に落ちた。 なにが起きたのか、理解することも出来なかった。ただ、感じるのは、腹部から込み上げてくる、痛みだけ。 恐る恐る、視線を下げてみる。 丁度おへその上辺りから。 真っ赤に染まったナイフの切っ先が、突き出ていた。 「…………え?」 そこから、とろとろ……とろとろと、真っ赤な血が垂れてきている。 やがてそれは体をつたって、真っ白な雪原を徐々に徐々に、真っ赤に染めていった。 ようやく理解した。僕は、誰かに刺されたのだと。 それが引き金になったのだろうか。理解した瞬間、一気に力が抜けた。自力で立つのも困難になり、跪いてしまう。 「か……はっ……」 おなかから、ナイフがこんにちはしてる。 ……冗談じゃない。 僕は、こんなところで死ぬわけにはいかないんだ。 僕は、栄一郎の仇をとらなきゃならないんだ。 まだ藤田を殺してない。北村を殺してない。佐野を殺してない。加藤を殺してない。 殺すのは僕の役目なんだ。僕が殺さなきゃ駄目なんだ。 だから、死ねないんだ。 僕が、死んだら。 栄一郎は。 僕は。 ―― 僕を殺したのは、誰だ? 僕は……そっと振り返ろうとして。 そして、もう……なんにも。 ……わからない。 僕の血は。 真っ白な雪を、きれいにきれいに……染め続けた。 男子二番 河原 雄輝 死亡 【残り21人】
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