雪はすっかり止みあがっていた。 まだ、分厚い雲は空に滞っていたけれども。 あたしは、親友である霜月直子と合流することにした。直子と出会ったときは、安心感から思わず泣き出してしま い、少しだけ直子を心配にさせてしまったようだけれど、今はもう平気だ。あたしは直子の後ろを、ゆっくりと歩いてい た。 デイパックは図書館においてきてしまっていたので、現在あたしが持っているのはグロッグ33だけだ。しかも弾切れ の状態で。予備の弾もデイパックに全て置いてきてしまった。だけど、今更あの魔の巣窟におずおずと引き返すことも できない。あそこにはもしかしたら、まだあの悪魔が潜んでいるかもしれないのだから。それに、いくら狂っているとは いえ、流石に放置された鞄を見過ごす筈はないだろう。尤も、弾だけではどうにもできないだろうけれども。 一方、直子に支給された武器は、果たしてそれが武器と呼べるのかどうかさえ疑わしい代物だった。それは直子が 現在担いでいるバックの中に一応収められている。しかし、いくらハズレ武器だからと言って、双眼鏡はないだろうと 思ったのだが。 話を聞くところによると、直子は出発してから、特に目的もなくふらふらと会場を散策していたらしい。几帳面な性格の 直子だ。恐らく、会場を早めに熟知しようとでも思っていたのかもしれない。その最中で、あたしと遭遇できたのは本 当に奇跡としか言いようがないだろう。 あたしは、直子には全てを話してはいない。話したのは、あたしが図書館に潜んでいると佐野進に襲われて殺され そうになり、命からがらで逃げてきた。それだけだ。勿論あたしの支給武器はこの拳銃だと嘘をついた。いくら親友と はいえ、あたしが六人ものクラスメイトを既に殺したと言えば、一緒に行動しようなんて言ってくれるはずがない。 お人よしの直子だ。案の定、あたしの作り話(いや、一応真実だけれども)を簡単に信じてくれた。そして、これからは 一緒に行動しようと合流を持ちかけてくれたのだ。あたしが、それを拒絶する理由は、存在しない。 そして今、あたし達は図書館裏の林道を歩いていた。住宅や商店の鍵が軒並みきちんとかけられている以上、無理 をして家に潜入するのは至難の業だ。だから、自然の屋根となる森林地帯に身を隠そう、そういうことらしい。実際、 図書館の裏は山村というだけあって大きな山が連なったような形をしていて、奥にある八幡さんへと続く林道には、 ほとんど雪が積もっていないような状態になっていた。プログラムが始まって以来、雪原しか歩いていなかったあたし にとって、それはかなり歩きやすく感じることができた。 「ねぇ、杏奈」 「ん……なに?」 歩いていると、唐突に前を歩く直子が立ち止まった。ぼーっとしていたので、思わずあたしは直子のバックにぶつかっ てしまう。直子はふっと振り返ると、言った。 「杏奈さ、死体……見た?」 その顔は、いつにも増して白く見えた。 よく見ると、唇が震えている。寒いだけが理由ではないようだ。 「死体……?」 「そ。クラスメイトの、死体」 そんなの、腐るほど見ている。教室に死体という形で運ばれてきた松本孝宏(男子十一番)を始め、玄関で既に事切 れていた山本真理(女子十二番)、あたしが刺し殺した河原雄輝(男子二番)、直後に撃ち殺した北村晴香(女子二 番)、首を掻っ切った藤田 恵(女子十番)、同様に殺害した真木沙織(女子十一番)、銃声を聴き、駆けつけたら死ん でいた小泉正樹(男子四番)、その後襲われて、反撃して殺してしまった庄司早苗(女子五番)、あたしのせいで致 命傷を負った(そして楽にしてあげた)下城健太郎(男子六番)。えーと……全部で九人か。多いな。いくらなんでも、 こんだけの死体を見たと言ったら怪しまれるだろう。 「玄関で、山本さんが……死んでた」 「私も山本さんの死体は見た。あと、入口に河原君と、北村さんも。杏奈、見てないの?」 ……あたしは、冷静に言葉を探す。 二人の死体はあたしは知らないことにした。それが最も自然だと、そう判断した。 「それは……知らなかった。ほら、あたし……河原くんより早く出発したから」 驚きの表情も忘れない。だけど、少しだけぎこちなくなってしまったのだろう。直子は、じっとあたしの瞳を見つめてい た。なにかを、探るような瞳だ。 「そっ……か。まぁ、そうだよね。……うん」 あたしはわかった。 要するに、直子はあたしのことを疑っているのだ。あたしが、少なくともあそこに倒れていた河原と北村を殺したので はないかと。だけど、それを信じたくない。だから、そうやって自身を納得させようとしているのだ。 それが、とても悲しかった。あたしは親友である直子に会えばきっと何かが変わる、そう信じていた。だけど、実際に そこにあるのは変な間。不自然なまでの、間だった。 「そろそろ……一回目の放送なんだよね?」 「え? あ、あぁ……もうそんな時間かぁ」 また唐突に直子に言われて、あたしは時計を見た。確かに、針は午前六時五分前を示していた。木下栄之助の話に よれば、六時と零時の一日四回、放送が流れる筈である。 「いったい、どれくらい死んじゃったんだろうね」 「……少なくとも、三人以上は死んでいるんだよね」 実際にはその三倍の数だ。つまり、どんなに多く見積もっても残りは十五人、もしくはそれ以下だ。試合が始まってか らまだ三時間程度しか経過していないのに、既にクラスメイトの三分の一が消えてしまった。このペースだと、今日と いう日が終わる前に優勝者が決まるという事態になってしまう。その時までには、あたしは消えてしまっているのだろ うか。 冗談じゃない、あたしはさっきの一件で自覚した筈だ。あたしはまだ死にたくないのだと。その為には、いつかはこの 直子だって……そう、あたしの気持ちを落ち着かせてくれた直子だって……本当に、直子を殺せるのか? 今までの ように相手が許すまじき麻薬常用者でもない、罪も何もない親友だ。そんな直子を、あたしは本当に躊躇せずに殺す ことができるのか? だけど、いつかはやらなければならないんだ。やらなければ、死んでしまうのだ。死にたくない、だから殺す。プログラ ムというのは、そういうものだ。 さっきの混乱状態の中で、あたしはどうしてこんなに沢山の命を奪ってしまったのかを嘆いた。だけど、それは仕方の ないこと。あたしは引き金を引くことのできる人間だった。それだけだ。 「ねぇ、ナオ。そろそろ放送だからさ、とりあえずどこかに落ち着かない? やっぱり安全な場所で聞きたいでしょ」 これ以上、考えたくなかった。 あたしは早々に話題を変えることにする。 「あぁー、それもそうだね。じゃさ、あそこにある休憩所に入ろうか。多分、椅子とかもあるだろうし」 直子が指差した先には、丸太で組まれた小屋のようなものが存在していた。正確には屋根だけであって、とても小屋 と呼べるような代物ではないのだが、林道に設置された休憩所のようなもの見て間違いないのだろう。あたし達はそ こまで歩くと、誰も中にいないことを確認して、そこに放置されていた木組みのベンチに腰掛けた。別に外と隔たりが あるわけではないので、風が吹くと肌寒くなる。なけなしにはめられたガラス窓から、じっと外を眺めることができるの もいい。いい見張り小屋になるかもしれない。そう思って、ふとそこから外を見たときだ。 「ナオ、伏せて」 「え?」 「いいから早く」 そこには、確かに人影があった。まだこちらには気付いていないのだろうが、ここから十メートル程の距離の位置に、 その男は辺りを伺うように立っていた。わざわざこの小屋に入らないのは、建物自体を危惧していての行動なのだろ うか。直子もすぐに事態を把握したらしく、じっと息を潜めていた。 あたしはそっと顔を出す。そいつが誰かを、確認する為に。 「あいつは……」 あいつは、誰だ。少なくとも、うちのクラスメイトでないことは確かだ。それでようやくピンときた。確かあいつは、突然 参加することになった転校生とかいう奴だ。名前は……いったいなんだったっけ。興味もない。 「誰かいたの?」 「しっ、静かに。転校生が、すぐ傍にいる」 言った瞬間、直子が叫びそうになったので慌てて口を押さえた。冗談じゃない、転校生は危険だから気をつけろと、 木下栄之助も言っていたじゃないか。生きたいと思った直後に殺されるなんて、とんでもない。 「落ち着いて。まだこっちには気付いてない。だけど、多分時間の問題だから、そっとここから抜け出して、どこか遠く へ逃げよう」 「そ……そだね。放送が終わったら、早いとこ逃げようか」 もう一度、転校生の姿を確認する。あちらも間もなく放送の時刻だとわかっているのだろう。しきりに手元の時計を確 認すると、やがて木の幹に腰掛けた。なるほど、この建物が死角になって、狙われる可能性を少しでも下げようとして いるのか。やはりというか、かなりデキる奴のようだった。 ブンッ……ザザッ、ザ―― 。 “あー、あー。よし、感度良好。さて、午前六時になった。これから第一回放送を行う” 雪が積もっているせいなのか、決して感度良好とはいえないけれども、別段聞くこと自体に支障はない程度の、栄之 助の放送が始まった。同時に、あたしと直子は筆記具と地図(生徒名簿も一緒に印刷されていた)を取り出す。恐らく 転校生も同じことをしているのだろう。 そして、いよいよここからが、正念場だ。 【残り15人】
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