全ては、順調だった。 あの本部を出発してから、まず目に入ったのは死体だった。やっぱり、本当にこれはプログラムなんだと、ボクはは っきりと理解した。玄関に横たわっていた山本真理の死体、門扉に転がっていた河原雄輝と北村晴香の死体。出発 前に銃声が何度か聴こえてきたけれど、恐らくそれらのうちの一発がこの死体を作り上げたんだろう。 あれからボクは、とりあえず北へと逃げた。まずは誰とも遭遇しないうちに、パソコンを探し出さなくてはならなかった のだ。もたもたしている暇はない。電気がストップしている以上、ノートパソコンのバッテリーに頼るほかはない。別に パソコンが必要なわけではなかったけれど、計画を遂行させるにはないと困る代物だった。 そうやって走っている間にも、銃声はあちらこちらから轟いてきた。そのたびにボクは身をかがめ、周囲に誰もいない ことを確認してほっとする、その繰り返しだった。思っていた以上にプログラムは円滑に進んでいるらしい。ボクも早め に行動を開始しなくてはならなかった。 そして歩き続けて、山道へと入り込んでしまった。慌てて地図で確認する。これ以上先にはもう民家は存在しない。さ らには会場外で禁止エリアだ。突き進めば、首輪を爆破される。そう、首輪。脱出する上で、一番大切な存在。その 爆破機能の解除こそが、脱出への要。ボクだけが知る、唯一の脱出方法だ。この技巧を使うのは、本当に最後の最 後。全てが順調に済んで、いよいよ残り二人になったまさにその瞬間だった。 引き返す途中、ボクは運悪く一人の女子生徒と遭遇した。進藤絵里子だった。進藤はいきなり銃を突きつけてきたけ れど、ボクは鼻で笑って傍を通り過ぎた。あの貧弱な構え方では、きっと標準も定まらないだろう。下手に避けるより も、そのまま歩き続けた方が当たらない可能性は高いとふんだ。ここまで来て、ようやくボクはいつものボク自身では ないことに気がついたんだ。今のボクは現実のボクではなく、ネット上の『トシ』になっていた。ボクの、理想像。怖いも のなんか、なにひとつなかった。ボクは絶対に生き残ることが出来る。その、絶対的な安心感が。 進藤……か。別に一緒に生き残る義理もない。せいぜい、利用させてもらうとするか。 やがてボクは、ある民家でノートパソコンを見つけ出すことに成功した。本当にそれは運命的な出会いだった。書斎の ような部屋の机に安置されているそれを、窓越しから確認することが出来たのは奇跡だった。ボクは早速窓を割って 中に忍び込むと、バッテリーと予備バッテリーを取り出し、自前の電池を取り出した。これで、電気に困ることはない だろう。路地裏の怪しいパーツショップで、電池と電源を接続する機器を購入しておいて本当に助かった。そして、同 じく自前のメモリスティックを取り出して、パソコンに取り付ける。これで、準備完了だ。 奇跡はそれだけではおさまらなかった。全ての作業を終えてから、再度窓の外を見ると、そこには悠々と歩く転校生 がいたのだ。本当に、これは運命。まさしくボクが生き延びよと導かれているかのような、運命。 ボクは、支給された拳銃(名称なんかは興味なかった。使うとも思ってはいなかったが)を取り出して、無造作に一発 引き金を引いた。思ったよりも大きな音が、部屋の中に響き渡る。勿論、目の前を歩く転校生にだってそれは聞こえ た筈だ。ボクは叫んだ。 「ここまで来てもらおっか! ミタカさんとやら!」 転校生は、ボクの心意を読み取ったのかどうかは知らなかったが、あっさりと部屋の中に入ってきた。その右手に は包丁が握られていたが、まるで使う動作が感じられない。かくいうボクも拳銃は机の上に放置していたし、今はた だパソコンの起動を待つ時間が刻々と過ぎていくだけの状態だった。 「本当に来るとはねぇ……びっくりしたよ」 「…………」 転校生は黙ってボクを見ていた。その視線は、紛れもなくボクと、そして机の上の拳銃に傾いていた。 「ボクの拳銃が欲しいのかな? でもダーメ、まずはボクの言うことを聞いてくれたらあげるよ。別にボクはこの拳銃を どうこうするってわけじゃないしさ」 「…………」 ボクは起動したパソコンのメモ帳を立ち上げると、そこにキーボードでカタカタと文字を入力した。それを、転校生の前 まで持って行く。 『はじめまして、ミタカさん。いや、タカミさんと呼ぶのが正しいのかな?』 「……!」 転校生が、眼を丸くしてボクを見た。ボクはその様子を見て、にっこりと微笑む。そして、再度キーボードをカタカタとな らした。 『ボクは貴方を救いたい。この連続とかやらから貴方を救い出したい』 「……なんだい、それは」 初めて、ボクは転校生の声を聞いた。小さいながらも、はっきりと響き渡る声をしていた。 『そのためには、まずはボクと貴方の二人だけにならなくてはなりません。この意味、わかりますね?』 「…………」 転校生の手が震えている。きっと、本当は目の前にいるボクを殺したくて仕方ないのだろう。だけど、残念ながらそれ はまだまだ先の話だ。そして、きっとそのときには転校生の考え方もきっとかわっている筈だ。 『それでは最初のミッションです。図書館裏の林道に、女子生徒がいます。そいつを、殺してきてください。そのミッシ ョンが遂行されたら、ボクは貴方にこの拳銃を褒賞として差し上げます。女子は拳銃を持っていますが、大丈夫、鈍 い奴なので圧勝でしょう』 唖然とする転校生。ボクは再び微笑むと、転校生に背中を向けた。 大丈夫、こいつは信用する。こいつの本名をボクが知っているとわかった以上、こいつはボクを簡単に殺すことはない だろう。必ず、全てを聞き出してからに決まっている。 さて、まずは君の実力を、見せてもらおうじゃないか。 そして、その指令を出してから少し経ってから、銃声が北の方角から何度も響いてきた。それが転校生の放ったも のなのか、あるいは誰かが放ったものなのかどうかはわからない。あの転校生が所持していた武器は包丁だった。 それが民家で手に入れたものなのかどうかはわからなかったが、もしもそれが支給武器でなかったとするのならば、 少なくとも転校生に支給された武器は接近戦では役に立たない代物だったに違いない。 そしてその間に、ボクはボクで情報収集をしていた。メモリスティックに組み込まれていたプログラムの説明どおりに 操作を続けて、大体の本部の仕組みは理解できた。そして、地図を駆使して、人が存在すると思しき位置を割り出し た。 そんな作業をしているうちに、やがて転校生が再びこの民家へと戻ってきた。その手には、進藤が握り締めていたと 思しき拳銃が、握られていた。 ボクはにっこりと微笑むと、再びメモ帳を立ち上げて、キーボードをカタカタ鳴らす。 『凄いですね。やっぱり伊達に優勝し続けてきただけのことはある』 「これ、欲しかったでしょ。どうぞ」 ボクは机に放置したままになっていた拳銃を、転校生に向けて差し出した。だが、転校生はそれを手で制した。 「……いらねぇよ。俺は誰のも信じない」 「強がっちゃって」 これまでにも、何度も裏切りのような行為を受けて来たのだろう。ここまで疑心暗鬼に陥っているとは。別に拳銃に細 工はしていなかったが、まぁいらないのなら仕方ない。ボクは再びそれを机の上に放置すると、キーボードを鳴らして 転校生に差し出した。 『それでは、次のミッションです。褒賞はボクの情報……そうだね、どうしてボクが君の正体を知っているか、なんてど うかな?』 ボクは微笑む。転校生も微笑んでいる。 互いに、その意味はもうわかりきっているのだと思う。 そう、ボクはただの司令塔。実行役はタカミ。 このプログラムを支配するのは、紛れもなく、このボクだ。 『では、ミッションを伝えます』
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