『ミッション。エリアF=3に位置する山小屋に、何人かの生徒がいます。また、その周辺にも生徒がいます。少し人 数が多いので大変かもしれませんが、進藤さんから奪ったその拳銃で頑張ってみて下さい』 そのミッションを出してから数時間後、その方角と見られる南から、何度も銃声が響き渡ってきた。はじめは銃撃戦 だったが、少し経ってからそれも止み、そして再び単発の銃声が一発。暫く静かになった後、再度激しい銃撃戦が響 いてきた。今度はマシンガンのような連続した音も轟いてきている。 頑張れ、タカミさん。こんなところで、貴方に消えてもらっては困る。 やがて、その音も静まり、再び会場内は不自然な沈黙が続いていた。それが、何を意味しているのかはわからな い。転校生がここに戻ってきて初めて、ミッションの成功が確認できるのだから。 実は、山小屋に人がいるかどうかの確証なんかはないも同然だったのだ。北側には人が結構いた。だけど、それら はきっと転校生や他のやる気になっているであろう生徒が片付けてしまったと考えられた。だから、今度は南側に向 かわせた、それだけだった。南側で唯一人が固まりそうなのが、山林、そしてその中にポツンと位置する山小屋だっ た。予想ではグループかなにかがそのあたりに立てこもるんじゃないかと思っていたが、どうやら的中したらしい。そ れだけではなく、周辺にいた何人かも、銃声に引き寄せられてくるように転校生の餌食になってしまった。そう考える のが妥当だ。 事実、その銃声の後の放送では、進藤の名前の他、六人が死亡していた。あの時の他に鳴り響いた銃声は一度だ け。そう考えると、ここで呼ばれた生徒の大半は、あの転校生にしとめられたと考えてもいいだろう。合格だ。同時 に、あの転校生の名前が呼ばれなくてほっとしているボクがいた。 だが、これで残り人数は一桁になった。これからは、ボクも慎重になって情報を伝えていかなければならないだろう。 ボクがいかにも政府側のコンピュータから情報を手に入れている、そのように思わせなければならないのだから。そう 思いながら、どのように次を切り抜けようかと考えていると、近くで話し声がしていた。ボクはそれが誰なのかが気に なって、そっと玄関から外に出て、曲がり角から様子を見た。根城にしている建物はD=4だったが、どうやら同じエリ アに別の人間が潜んでいたらしい。北と南を潰したと思えば、今度は中央か。なかなか難しい問題だ。 そっと塀の隙間から眺めてみると、そこには四人の生徒がいた。あの小さいのは成海佑也だ。そして、デカいのは萩 野亮太。あのポニーな女子は中峰美加だな。そして……村田修平。民家の前でなにを話しこんでいるんだ。そう思い ながら見ていると、さらに聞き覚えのある男女の声が微かに聞こえてきた。生き残りから考慮して、その男女は菅井 高志と城間亜紀と考えて間違いないだろう。なんと、こんなにもこいつらは集まっていたのか。これは……転校生一 人だけでの襲撃では無謀かもしれない。 唯一の希望が、村田修平の存在だった。あいつはきっとやる気になっていると思っていただけに、このグループに所 属しているのは意外だったが、もしかしたらあいつは仲間を裏切るかもしれない。そうなれば、あのグループは壊滅 状態に陥るだろう。あるいは、その状態で転校生に向かわせたのならば。 よし、これでようやくネタは揃った。あとはその機会を待って、ミッションを発動させるだけだ。 転校生が戻ってきたのは、ボクがパソコンを再度立ち上げてから僅か五分後のことだった。危ない危ない。 ボクは転校生が少しだけ血にまみれているのを見て、本当に人殺しをやってきているのだなと思った。思えば変な話 だ。本来なら黒幕に位置するであろうボクは手を汚さずに生き続け、いつも手駒にしている転校生はいつ戦死しても おかしくない状況に立たされている。仮にも、これまでにも何人も殺してきている人物なのに、だ。この転校生も、本 心ではボクを操っていると考えているのかもしれない。そう考えると面白い。互いに互いを操っていると思い込んでい て、内心では疑りあっているのだ。 面白いじゃないか。そこまで疑うのならボクだって君の事は存分に疑ってみせよう。どんな結果にせよ、ボクは生き延 びてみせる。必ず。 『お疲れ様。よく生きて戻って来れたね。大変だったでしょう』 「ホント、貴方は凄いですよ」 転校生はボクをぎっと睨んだ。ボクはおどけて、肩を竦ませる。 『相手がどんな武器を持っているのかまではこちらでは把握なんて出来ませんよ。ボクだってなんでもわかるってわ けじゃあないんですから』 転校生の手には進藤の拳銃。他にも、戦利品と思しき銃がズボンに差し込んであった。だが、肝心のマシンガンはな い。恐らく、逃げられてしまったのか、あるいは逃げてきたのか。どちらにしろ、その面子が先程のあの集団の中に潜 んでいるのは間違いない。 「……聞かせてもらおうか」 「ん? ……あぁ、あれですか。わかりました」 突然、転校生が声を出した。ボクはそれが褒賞のことを指しているのだと少し遅れてから理解した。そして、流石にこ いつはヤバいのでキーボードで伝えることにする。 『それでは話しましょう。ボクがどうして貴方の存在を知っているのかを』 「…………」 『貴方の事を知ったのは本当に偶然です。ついでに、本名もその時に判明しました。それが、本年度の第一号の名 簿に記載されているということにも。貴方にとっては、随分前のことだと思いますが』 「…………」 『さて。それで、まずは過去のことよりも具体的な未来のことについて確認したいと思います。ずばり正直に言うと、ボ クは、その忌々しい首輪の解除方法を知っています。しかし、少しでも手順を間違えると、即爆破、死亡します。そ のくらいは予想できますよね』 「…………」 『ですが、ひとたび解除したならば、その持ち主が死亡したという信号を本部に出します。それで、晴れて貴方は自由 になることが出来ます。尤も、その作業が出来るのはボクと貴方が最後の二名になった場合のみですが』 「…………」 『どうせ貴方が優勝したってまた次、その次……とプログラムは続いていくのでしょう? なら、貴方はここで死ぬべき です。死んだことにして、ボクが優勝する。まぁ別にその逆でも構いませんが、その場合は貴方はまた次のプログラ ムに参加することになります。それでもいいんですか?』 「…………」 『貴方が楽になるためには、この方法しか残されていません。そのためには、もっと人を殺してもらわないといけない ……わかりますね? それでは、次のミッションです』 「…………」 転校生は、内心平常心を装っているけれど、ボクにはバレバレだった。視線がぐらついている。明らかに動揺してい る。転校生だって、疲れているのだ。この、終わらないプログラムの連鎖に。なら、そこから解放されるという甘い蜜、 それを目の前に差し出しておけば、簡単に操ることが出来る。 そう、間違いなく操っているのは、ボクの方なのだから。紛れもなく、ボクなのだから。 『そうですね、褒賞は貴方の命の保護、とでも言いましょうか。今回の敵は前回同様マシンガンを持っていると予想さ れます。そして相手も六人と非常に多い。このまま突っ込めば、いくら貴方でも命は危ない。だから、今は待機して おきましょう。ボクはこのクラスの内部事情には貴方より詳しい。だからこそわかる。その六人グループは崩壊しま す。その時が、貴方がミッションを開始するときなのです。……やって、いただけますね?』 ボクは微笑む。転校生も微笑む。 間違えるな、優位に立っているのはボクの方なんだ。ボクは、生き延びるんだ。 そして、開始を告げる、一発の銃声が、辺りに鳴り響いた。 『それでは……ミッション開始。場所はこのエリア、D=4。裏手の民家の中です』 「よろしく頼みますよ、ミタカさん」 ボクは、あえて声に出して偽名を言った。 ミタカアキヒロは、それに応えるかのように、口元を歪めていた。
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