#6



 ボクは、彼に対して嘘をついた。
 まぁ……今となっては、そんなことはどうでもいいのだけれども。


 ミッションの開始を告げる銃声が鳴り響き、転校生は早速その場所へと赴いた。程なくして銃撃戦がかなり近くで
起きた。間違いなく、転校生が襲撃をかけたのだろう。それは呆気なく終わったが、そんな理由はわかりきっていた。
彼は、襲撃に失敗した。死亡しなかっただけまだマシだろうが、少なくとも向こうの方が上手だったらしい。全速力で
逃げ去る城間亜紀を、ボクは遠目ながら確認していたのだ。
転校生が出発してから、ボクは再び外出していた。城間亜紀に引き続き、中峰美加も恐る恐る慎重に歩いていた。こ
の様子だと、転校生の襲撃に感付いた誰かが、きっと一旦散り散りになってから何処かに再集合するように号令をか
けたのだろう。
ボクは、急いで拠点へと舞い戻ると、地図を広げた。方角的には北東の方向だ。そのあたりで、目印となるような建
物は……あった、ここだ。B=7、金成八幡。少なくともその周辺に奴らは再集合する。間違いない。

その十分後、転校生がフラフラとした足取りで戻ってきた。その目は疲れきっている。当たり前だ。こんなところでぬく
ぬくとしているボクとは違って、命を懸けた実戦を繰り広げてきたばかりなのだから。

「……お疲れ様」

ボクはにっこりと微笑むと、キーボードをかなりの速度で叩いた。部屋の中に、その音が反響する。
ここで転校生を怒ったって仕方ない。ボクが無理な指令を与えたのが悪いんだ。今ここでボクらが崩壊するよりも、転
校生にはこれからもボクの手足になってもらった方が都合がいい。
なんてったって、転校生だってきっと、ボクを操っているつもりなのだろうから。ボクをプログラムを円滑に進めるための
便利アイテムとしか思っていないのだろうから。
ボクは、微笑んだままメモ帳の文章を転校生に見せた。

『ミッション失敗。貴方は幾人かに逃げられてしまいました。ですが、失敗したからといってめげる必要はありません。
 失敗したら、次成功すればいいだけのことです』

「…………」

転校生の顔が、ボクをじっと見ていた。なめてかかるような目つきが、少しだけ癪に障った。

『それでは、復活ミッションです。今あの建物から逃げた生徒達は、B=7に位置する金成八幡周辺にて再集合を行
 おうとしています。貴方は、そこへ赴いて、周辺にいる生徒を皆殺しにしてきてください』

「皆殺し……?」

「そう。ミタカさんなら出来ますよね」

「…………」

ボクは、満面の笑みを浮かべると、再びキーボードを打ち鳴らした。

『いつでもミッションを開始して構いませんよ。ボクはいつでもここで貴方を待っています。その時は、どうかボクと貴方
 の二人だけが生き残っているよう、祈っています』

それを読み、転校生も笑みを浮かべた。
顔が笑いの形を作ってはいたが、それがボクからは本当に笑っているのかどうかは、確認できなかった。

 それから不気味なまでの沈黙が部屋を埋め尽くし、その状態が三十分ほど続いた後、ようやく転校生は拠点から
出発していった。その間、一言も喋ることはなかった。当人はいったい何をしたかったのだろうか。この安全な場所
で、少しばかりの休憩でも取りたかったのだろうか。あるいは。
それから、何度も連続して銃声が聴こえた。方角は北東、間違いなく、八幡さんの方から響いてきている。それが転
校生のものかどうかはわからない。ボクにでもわかる、このクラスには、少なくともやる気になっている奴が三人は存
在したと。今生き残っているのはそのうちの一人。それを、どういう形にせよ転校生が潰してくれれば、それで完璧な
のだから。
やがて放送があった。その時点で、残り人数はボクを含めて四人。転校生も、まだ死んではいなかった。大丈夫、計
画はここまで奇跡的に順調に突き進んでいる。
そして、再びマシンガンの音が北東の方角から響いてきた。それもすぐに止み、再び会場内に静けさが訪れる。これ
でまた一人が消えた。残りは三人だ。
程なくして、単発の銃声が重なって聴こえてきた。その後、再度会場内に静けさが舞い戻る。戦闘終了、残り二人。

 残り……二人。
 さて、いよいよ最後のミッションが始まる。


 ボクは、彼に対して嘘をついた。


 本当は、首輪の解除方法なんか知らない。
 勿論、本部のコンピュータをハッキングなんかもしていない。


 ボクが知っていたこと。
それは、あの“38”から、自分がプログラムに巻き込まれること、転校生がある企画に巻き込まれていること、その転
校生の本名、それだけだった。他は、なにも知らなかった。
だから、本当はノートパソコンだって必要なかったんだ。だけど、それだとあの転校生を欺くことは出来ない。最初から
ボクの狙いは、転校生だけだったのだから。
転校生を信じさせるのは簡単だった。本名を少し口にしただけで、簡単に信じてしまうのだから、楽なもんだ。


 ボクはそっと、机の上に放置しておいた拳銃を握り締める。
 転校生がこの拠点に帰ってきた瞬間、ボクはこいつで奴をしとめ、そしてチェックメイトだ。

  ―― 俺は、誰も信じないことにしたんだ。

 ふと、転校生の言葉が脳裏を過ぎる。
 だけど、ボクはそれを気にしないことにした。


 それは、試合終了まで、あと三十分のことだった。






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