08.実力者たち
中央監視盤に表示された8の数字が、画面上から消滅した。
兵士たちの間で、軽くどよめきが起こる。
「午後1時12分、8番/木島雄太、死亡確認」
「9番/柴門秀樹の銃撃による腹部被弾が致命傷かと思われますが、その後の16番/波崎蓮による刃物による頸動脈切断にて死亡した模様です」
ここは、試合会場となる中学校の近くにある公民館。加納は、自分用のノートパソコンにて、キーボードをカタカタと打ち鳴らす。戦闘実験の結果資料を、少しずつ積み重ねていく。
実際、たかだか齢15の戦闘経験もない中学生同士を戦わせて得られるデータなど、役に立つなんて思えない。戦闘経験のない子供が、戦いを通じてどう成長するのかよりも、クラスメイトの殺し合いに勝ち残った生徒が、その後どのような成長をするのかみたいなデータの方が、余程良いデータになると思うのだけれども。
ただ、今はこの戦闘実験の担当教官として、任務を淡々と遂行するのが役目だ。仕事内容に文句を言うのは、その仕事をそつなくこなしてから述べよというのは、誰かが書いた自己啓発本の中身の言葉だ。
「加納さーん、木島雄太やられちゃいましたよ」
資料が落ち着いたあたりで、教育委員会の佐藤が声を掛けてきた。言動こそ軽いが、そこそこ空気は読める男だ。
「はいこれ、コーヒーです。加納さんは砂糖なしのミルクありありでしたよね」
「ありがとう」
佐藤は今回、唯一専守防衛軍ではなくて教育委員会の人間としてこの戦闘実験のスタッフをしている。もともとこの学校が査察の対象となっていたことは知っていたが、偶然戦闘実験にも選ばれていたことから、この男が教育委員会の担当者として巻き込まれたといってもいい。
実際、この男は元防衛軍あがりだと聞いている。最初こそ、この男に不登校児の拉致みたいな真似ができるかと舐めていたのだが、あっさりと仕事をこなすあたり、戦闘能力も高いのだろう。そんな男がなぜ軍を辞めたのかというと「あー自分子供大好きなんです」という理由しか返ってこないのだから仕方ない。こいつの『好き』はなんとなく信用できない。
「今回の戦闘実験、最初の一時間で5人が死亡ですか」
「そのうち2人は、そちら側の要望で開始前に消したんだが」
「あー、間宮さんと副田さんのことですよね。すいませんね、お手数かけさせちゃって。でも、よかったんですか? 波崎くんの手を借りちゃって」
この戦闘実験では、試合ルールの説明中に、つまりは試合が始まる前に生徒が殺されることはよくあることだ。たとえば制止を振り切って逃げ出そうとしたり、あるいはこちら側に危害を加えようとしてきたり。ある意味では見せしめとして殺す場合もあるみたいだが、今回みたいに事前に教育委員会からお達しが来ることも、別に珍しいことではないみたいだ。
「波崎くんに関しては問題ない。彼はクラスの中ではわりと人気者だというデータがあったからね。ここで人殺しをさせておいて、少しでも孤立するように仕向けたかったんだが」
「でも同じ部の木島くんとは、少しの間だけとはいえあっさりと合流してますし、他の子もデータから推測するに、まだ彼のこと信頼している節がありますよ。ただ、波崎くん本人は試合が始まってから全然喋らないから、いまいちやる気なのかそーじゃないのかはわからないですね」
戦闘実験で一番避けたいのは、クラスの人気者が徒党を組んで、試合の進行を妨げてしまうことだ。そうならないように、試合開始前にある程度心証をコントロールできるならしてしまいたい。そう考えて、教育委員会のお達しをうまく活用させてもらったにすぎない。
「それに、波崎くんには『例の武器』を支給しているんでしょ? ちょっと贔屓しすぎじゃないですか?」
「仕方ないさ。どのみちあの武器は12時間経たないと使えない。それに、24時間で自動的に死亡するおまけつき。1番人気にはいいハンデだと思うけどね」
1番人気。競馬でいう本命か。波崎蓮は今回の戦闘実験で、優勝候補に選ばれている。対抗が男子は野球部部長の深堀達志(18番)、女子はバレー部で最も背の高い和光美月(24番)だ。
あまり公にはできない話らしいが、この戦闘実験で博打を行っている人間もいるという話だ。人の命を賭け事に使うのは如何なものかとも思ったが、まぁ自分には関係のないことだし、なによりそれならなおさら失敗をするわけにはいかない。
「対抗の深堀くんにも同型タイプの武器でしょ、あとは和光さんには拳銃を支給している。この2人がもしやる気になっていたら、本命の波崎くんを撃破できるかも、て寸断ですか?」
「あとは、切り札としてのジョーカーが2人いるね」
「ほう、ジョーカー」
ジョーカーとして選ばれたのは、登校拒否をしていた山瀬陽太郎(23番)と、柔道部の高石遼(12番)の2人だ。優勝する目はないと考えられるが、彼らに支給した『例の武器』はもしかすると波崎を倒すことのできる切り札として使うことができる。もっとも、使いどころの難しい武器でもあるから、そのあたりは本人の裁量によるところも大きい。
「まぁ、楽しみにしてますわ。じゃあ私も業務に戻りますので、これでー」
早々にコーヒーを飲み干すと、佐藤は立ち上がって自分の席へと戻る。
教育委員会の仕事とやらは、いまいちわからないことが多い。だが、彼は仕事のできる人間なんだろうなと、なんとなく思えた。
中央の監視盤を見る。どうやら、波崎は柴門を見失ったらしい。校舎内をうろうろとしているが、まずは1階から再度探索を開始するようだ。しかし柴門は2階の1−A教室へと逃げ込んでいる。見つけるまでに、まだ時間はかかるだろう。そして、液晶に表示された16の数字の近くにいるもうひとつの数字は。
「まだまだ、荒れそうだな」
まだほんのりと温かいコーヒーは、4月の寒い空気を少しだけ癒してくれた。
加納は、軽く溜息をつくと、再びノートパソコンに向かい、キーボードをたたき始めた。
* * *
2階、1−A教室。
柴門秀樹(9番)は、静かに扉を閉めると、ようやく息が落ち着いた。
「よ、おつかれさん」
「ありがと」
まだ封の切れていない水入りペットボトルを渡される。渡してきた相手は、同じサッカー部の天野祐一(3番)だ。天野とは同じ階の技術室で合流した。自分が技術準備室で目覚め、天野が隣の技術室で目覚めている。二つの部屋は直接つながっているのだから、もしかすると最初から運営側でサッカー部同士を合流させる合算だったのかもしれない。案の定、天野は真っ先に合流の話を持ちかけてくれた。
「まぁ、1人で戦うよりも、2人で戦った方が生存率はあがるしな」
そういって、天野は俺に武器を預けてくれた。天野に支給された武器はソーコム・ピストルという名の拳銃だった。リボルバーがついたマグナム銃で、弾は全部で6発装填できる。
一方で、俺に支給されたのは防弾ベストだ。最近のチョッキはベストタイプで、あまり分厚いものではない。撃たれた場合、弾の衝撃はもろに来るらしいが、弾は貫通もしなければ体の肉を削ぐこともないらしい。まぁ、実際に弾を食らうまではわからないが。
こうして、どちらかといえば運動神経の優れている俺が、半ば天野におだてられるままに防弾ベストを着用し、ソーコムを握らされるという銃撃戦に特化した戦闘民が完成したわけだ。
程なくして、階下から何度も銃声音が響いてきた。天野の意見によると、ナイフみたいな接近戦よりは、間合いの広い銃撃戦の方が有利だろうということなので、とりあえず様子を見に行くことにした。可能なら、ソーコムの性能試験もしようと思った。
結果、保健室でさっそくクラスメイトを殺したであろう2人、木島雄太と波崎蓮を発見した。2人は呑気に話をしていたので、なにやら大仰な銃器を持っている木島に狙いを定めて発砲した。しかし、すんでのところで波崎に気付かれ、避けられた。そして、木島から反撃を食らう。マシンガンから掃射された弾は一部が腹部に当たったらしい。ものすごく重たい衝撃が来たが、弾はベストを貫通しなかった。なるほど、こいつはホンモノだ。
しかし、こうなると2対1では不利だ。急いで間合いの広く取れそうな、そして俺にとってはホームグラウンドの校庭へと駆け抜ける。そして、逃げも隠れもしない。真正面から、入口にソーコムの狙いを定めた。
気が付いたら、木島に向けて3発ほど撃ち込んでいた。木島が倒れたのを確認すると、続いて波崎が飛び出してくる。波崎が木島のマシンガンを奪い取り、こちらに向けて構えたのを確認すると、ようやく俺の中で試合開始を知らせる合図が鳴り響いた。
これだよ、これ。俺は、こういう戦闘を望んでいたんだ。銃撃戦なんて、普通に生きていたら絶対に叶わないことだ。俺、今ものすごく貴重な経験しているんだ。
波崎の掃射はまともに照準が定まっていないせいか、まともに体に掠りすらしなかった。最初の一発だけ胸部に来たものの、防弾ベストの効果で衝撃の痛さ以外は伝わってこない。このくらいの痛みなら普段のサッカー部の練習でいくらでも体験している。問題ない。
ただ、既に弾は4発撃っている。波崎と本腰を入れて戦うのはまた後にしよう。とりあえずは拠点に戻ろう。木島は倒した。波崎はそれからでも構わない。倒せるときに、着実に倒す。それでいい、今焦る必要なんかない。
そして、今に至る。全速力で駆け抜けてきたのだから、波崎は俺を見失ったことだろう。待ち合わせ場所は1−Aにしていたから、近すぎず遠すぎずで問題ないはずだ。それに、あれだけ派手にドンパチやったのだから、他にやる気になっているクラスメイトも集まってくるかもしれない。そうなったら、またこの拳銃で少しずつ仕留めていくまでだ。いける、これなら本気で優勝も目じゃないかもしれない。
水を飲んで息が落ち着いたあたりで、天野が語りかけてきた。
「なんか、ドンパチやってたみたいだったけど」
「あーうん。とりあえず木島をやっつけた。あとは波崎がいたけど、あいつはまだ生きてる。今は落ち着いて弾を補充に戻ってきたの」
予備の弾はズボンのポケットにぶち込んでいたが、天野のドラムバッグにもまだ箱単位で弾が突っ込まれていたので、そこから補充する。そんなに補充の手間はかからなそうだ。ただ、拳銃は撃った影響なのか、ちょっと熱い。
「木島と波崎はあれ完全にこの試合に乗ってるな。保健室で最初に見かけたとき、誰かはわからないけど男子と女子の1体ずつ死体っぽいのが転がってたよ。もうとっくに誰か殺されてる」
「マジかよ、やべーな。どうする?」
「天野はまだ武器とかないだろ? とりあえず俺が調達してくるよ。それまではここで待機してろって」
「それはありがとう。……でも調達って、どこで」
「みんなが持ってるだろ?」
「あ」
そこで天野は、なにか感づいたのだろう。
「そ。たぶん今のドンパチの影響で、他のやる気になっている奴らが様子見にくるかもしんないだろ。そいつらをまた適当に俺がやっつけて、仕留めた奴らの武器を天野にやるって言ってんの。そしたら、今度は2人でサバイバルゲームを楽しもうぜ」
「そっか。わかった、じゃあもう少しここで大人しくしてる」
素直な天野の頭をポンポンとすると、露骨に嫌な顔をされたが、まぁいいやと立ち上がる。
そのタイミングで、再び階下からマシンガンの掃射音が聞こえてきた。マシンガンが何丁も支給されているとは思えない。この音の発信者は、まず間違いなく波崎とみていいだろう。
「じゃ、俺行ってくる。待っててな」
天野にそれだけ告げると、俺は再び1−A教室を静かに出た。
ソーコムの撃鉄を起こす。さぁ、2ラウンド目の、はじまりだ。
* * *
和光美月(24番)は、1階の図書室のカウンター陰に隠れていた。
入口付近に立っているであろう波崎蓮が、声を掛けてくる。
「柴門くん、みなかった?」
ことの始まりは、一連の銃撃戦だった。
私が目覚めたのは図書室の椅子。視聴覚室の時同様、突っ伏すような形で寝かせられていた。脇に置かれていたドラムバッグから出てきたのは、ニューナンブM60という型式のリボルバー銃。なるほど、拳銃だ。そういえば、この試合が始まる前に、女子2人も拳銃で殺されたんだっけか。
なんとなく、銃口をこめかみにあててみる。このまま、バン。もちろんまだ弾もなにもこめていないのだから、なにかの事故で死ぬということはない。それは知っていたけれど、本当に驚くほど、なんの感情も湧いてこなかった。
たったこれだけの操作で、人間の命が亡くなる。その実感が、まったくない。たとえば刃物で人を殺すとなると、直接武器が生身の肌に触れるわけだし、もちろん叫び声もあるだろう。だが、銃で殺すとなると、引き金を引くだけだし、急所に当たれば即死で叫び声を聞かずに済む場合もある。拳銃とは、そういうものだ。
程なくして、近くから何発も銃声音が聞こえてきた。たびたびする銃声、あの教室で使われていたサイレンサーつきの拳銃でない限りは、今後もこの大きな音を校舎のあちこちで聞くことになるのだろう。そのたびに、何度私はびくっと肩を震わせればいいのか。驚かす系のアトラクションは、本当に苦手なんだってば。
前にバレー部の仲良し同士で、遊園地に遊びに行ったことがある。その時も、最後までお化け屋敷に入りたくないって駄々をこねていたのは私だし、それを無理やり連れ込んだ部長の相田澄香(1番)は、本当に愉快そうな顔をしていた。あのヤロ。もう一人、大貝玲子(5番)もバレー部に所属している。他の子はみんなB組だったから、少しさびしかったな。でもまぁ、今のこの状況を考えると、B組の子はこの戦闘実験に巻き込まれなくてよかったのかもしれない。部長いなくなるけど大丈夫だろうか。
私は、生きたい。まだ、死にたくはない。
つまり、そういうことだ。どうせどこかで覚悟を決めなくてはならないのだ。この試合に参加して、クラスメイトを殺すか。それとも、なにもせずに死ぬか。
どうせ死ぬなら、戦って死にたいよね。
私は、リボルバーに弾を詰める。あとは撃鉄を起こして、引き金を引けば、それが戦闘開始の合図となる。
さっきから何度も何度も銃声が鳴り響いている。そのたびに、私の肩は何度も何度も震えている。早く、止めなくちゃ。
図書室の扉を、恐る恐る開ける。むわっとした、血生臭い香りが、開けた扉から一気に入り込んできた。ああ、そうだ。この臭い。視聴覚室でさっそく嗅いだ、血の香り。きっと、この階にはもう何人ものクラスメイトの死体があるのだろう。私もそのうちの1人にされる前に、なんとか動き出さないと。
「あ」
あまりにも不用意に体を出し過ぎたと思う。私は、玄関側を見た。そこには、1人の男子が立っていた。本当に突然、目の前に私が現れたのだから、驚いたのだろう。咄嗟に、マシンガンを脇に抱えて、その銃口をこちらに向けた。
直感でやばいと思った私は、慌てて図書室へと舞い戻る。直後、その場所を、掃射されたマシンガンの弾が、通過した。私はその音に再び肩を震わせて、貸出受付カウンターの陰に、一気に潜り込んだ。念のため、いつでもそこから逃げ出せるように、その後ろ側の扉の鍵を開けておく。
あれは、波崎蓮だった。彼が廊下を徘徊していた理由はいまいちわからないが、突然目の前に現れた私に対して、同じくびっくりして撃ってしまったみたいな様子に見えた。びっくりして殺されかけた側にとっては、冗談じゃない。
ただ、先程まで繰り返されていた銃撃戦には、マシンガンの音も交じっていた。となると、やはり波崎は銃撃戦に参加していて、なおかつまだ生き残っているということだ。考えられるのは、波崎が相手を射殺して、今ここで廊下を徘徊していたか、あるいは相手が逃げ出して、追いかけたが見失ったかのどちらかだ。あの様子では、相手から逃げているようにも思えない。
つまり、波崎はヤバい。
それが私の出した結論だ。なんだよ、いきなりラスボスじゃんか。
息を殺す。波崎は入口付近に立っているのだろう。なかなか部屋の中には入ってこない。たしかに、この図書室は机や本棚、カウンターと、わりと物陰に隠れられる場所が多い。まだ私の武器がなにかわからない以上は、そう簡単には入ってこないだろう。実際、私の持つリボルバー銃は、まだ扱ったことこそないけれど、遠距離から相手を狙うには充分な武器だと言える。
「和光さん……だよね」
私は返事をしない。それで、位置を特定する気なんだろう。
「驚かせて、ごめん。びっくりして、つい撃っちゃった。ケガ、ないかい?」
その声を聴いて、顔だけは、あげた。いつも通りの、波崎だった。誰にでも優しくて、細かいところにも気配りができて、それでいていつも一歩引いた位置にいる、クラス一の人気者の、波崎蓮だった。
「あのさ、わかったらでいいんだけどさ」
待て待て。おまえ強制とはいえ、既に2人試合開始前に殺してるだろ。どうしてそんな平静でいられるんだ。おかしいだろ。
「柴門くん、みなかった?」
物陰から、そっと顔だけ少し出す。入口から少し入ったところに立っている波崎は、口元だけはいつも通り、ニコニコとしていた。ただ、その目線はどこか悲しげだ。
はて、柴門。あいにく私はまだ図書室から外には出ていないから、いまいちピンとこない。
そして、波崎はさらに図書室の中央までくる。私がこの部屋のどこかにまだ隠れていることは、知っているのだろう。
「というのも、木島雄太が柴門にやられてね。あとを追いかけていたんだけど、見失っちゃって。こっちには、まだ来てないってことでいいのかな」
そして、波崎の言葉で、ようやく線がつながった。
先程までの銃撃戦は、柴門秀樹と木島雄太によるものらしい。そして木島を撃ち殺した柴門が、倒し損ねた波崎に追いかけられている状態ということだ。
そういうことなら、協力してやらないこともない。敵討ちってのは、殺人を正当化できる手段でもあるし、ここで波崎と共闘するのも、悪い話ではないだろう。
そして、顔を出した。波崎が、安堵したように、笑いかけてくる。
だが、その後ろには。
「波崎、うしろ!」
咄嗟に、声が出た。挨拶もなしにいきなりすぎたとは思ったが、仕方ない。
波崎の背後、図書室の入口付近に、その探し相手、柴門秀樹が佇んでいた。おそらく照準を合わせていたのだろう、両手で拳銃を握っている姿が、私の目に焼き付いた。
「ちぃっ!」
思わぬ邪魔が入ったと思われたかもしれない。柴門が、舌打ちとともにいきなりその銃をぶっ放した。突然の銃声音に、私の肩は再び震える。
波崎は素早く反転すると、本棚の陰へと隠れる。柴門が部屋に飛び込んでくると同時に、私は背後の窓を開けると、一気に外へと飛び出した。4月の空気は肌寒いが、そんな悠長なことは考えられない。そのままの勢いで、一気に裏庭へと駆け出す。
波崎蓮は大丈夫だろうか。
柴門秀樹はあのあとどうするのだろうか。
そんなことを考えながら、私は一目散に、その場から離れていった。
やはり、びっくりする系のアトラクションを克服する日は、そう簡単には来なさそうだ。
* * *
思わぬ邪魔が入ったことに、柴門秀樹は憤りを感じていた。
あの野郎、次に会ったらタダじゃおかねぇからな。
マシンガンの音がした1階に降りたが、既に廊下には誰もいない状態だった。きっとどこかの部屋に戦場は移ったのだろう。面倒ではあるが、手早くその部屋を見つけなくては。そう思って慎重に歩を進めていると、奥の図書室の方から、話し声が聞こえてきた。波崎の声だ、間違いない。
俺は足音を立てないように図書室の前まで進む。やっぱりだ、波崎がそこにいた。どうやら部屋の中央付近で、誰かに向かって話しかけているらしい。そのおかげで後ろにいる俺には気が付かないようだ。
今なら、1発だけなら、無防備の状態の波崎に弾を撃ち込める。
そう思って、慎重になりすぎたのが悪かったのだろう。
「波崎、うしろ!」
波崎と話をしていたらしい相手、和光美月が、俺の存在に気が付いた。せっかく合わせていた照準がずれる。なにより、標的となる波崎が動いてしまった。
「ちぃっ!」
そして、うっかり発砲してしまって、その弾はどこにも当たらなかった。貴重な弾を無駄撃ちしてしまったことが、悔しかった。なにをやっているんだ俺は。
起きてしまったことはしょうがない、俺は一気に図書室に入り込む。同時に、和光がカウンター裏の窓から外へと飛び出していく様子が見えた。ええい忌々しい。和光は無視だ、今は波崎をぶち倒すことだけを考えるんだ。
「波崎っ、どこだ!」
念のため、開け放たれた窓を閉める。これでここからの脱出はできなくなった。
すると、本棚のある方角から、声が聞こえてきた。
「柴門くん」
「そこか!」
「木島雄太は、死んだよ」
木島雄太。そうだ、さっき俺が3発お見舞いしてやった。
「それがこのゲームのルールだろうが!」
そう、殺し合い。それがこのサバイバルゲームのシンプルなルールだ。殺したって、殺されたって、それがルールなんだから、文句は言えない。
「話をしようか、柴門くん」
「話、だと?」
状況は圧倒的に追いつめている俺の方が有利なのに、なぜか余裕そうな波崎の態度は気に入らなかった。
なんだよ、話って。
「いろいろと考えたんだけどさ、やっぱり解せなくて」
「なんだよ」
「うん。さっきから君の戦い方を見て確信したよ。君さ」
波崎が、一呼吸置く。
「防弾チョッキ的なもの、身に着けてるだろ」
空気が、凍りついたように感じた。
「……っ!」
「返事がないってことは図星かな。そうだよね、あんなに弾くらってたのに、全然血を流してないものね。ということは、あれだ」
さらに、波崎は続ける。
「仲間、いるでしょ」
推理物のドラマで、探偵役が犯人を追いつめる時、犯人側はこんな心境なのかも知れない。なんだこいつ、なんでそんなことがわかるんだって。
「そうだよね。支給武器は1人につき1つ。なのに君が最初から防弾チョッキと拳銃の2つを持っているなんてことはありえない。既に誰かを殺して武器を奪ったか、それとも仲間から譲り受けたかのどっちかだ」
「なにが言いたい」
「ここで君を倒したら、僕は2階に隠れているであろう君の仲間も倒しに行くよ」
「……っ?!」
「あ、驚いた顔してる。てことはやっぱり2階か。今年の1年生は1クラスしかないから、鍵の開いてる1−A教室あたりが拠点だろうね。まぁ、さっきの銃声を聞いてこの短時間ですぐに駆けつけられるんだもの、ここの真上か、そこに近いところだと思うのは、普通だよね」
「てめぇ、ぶっ殺すぞ!」
なんでだ、なんでだよ。
判断材料なんて全然ないはずだし、ましてやこっちは攻めている最中だ。なのに、どうしてこんなに冷静に状況が分析できるんだよ、こいつは。
「仲間は今は丸腰だろうし、君さえ倒したらあとは消化試合だよね。そして君の倒し方はとても簡単だ。要は胴体を狙わなければいい。頭を直接撃ち抜けば、苦しまずに即死させられるけど、どうする?」
「うるせぇんだよぉぉ!」
俺は、言葉の途中で一気に駆け出した。どこだ、どこにいる! 本棚の陰はすべて探した。机の下にもいなかった。もちろんカウンターの物陰にも隠れていない。結論、この部屋には誰もいないのだ。
なんだ、あの野郎。結局ホラを吹くだけ吹いて、結局この部屋から逃げ出しただけじゃねぇか。結局、まずは自分の命だけは大事に守ってってことか。この腰抜け野郎め。まぁいい、俺はまだ死なない。波崎にはじめ、他のやつらもみんなぶっ殺して、そしてこのサバイバルゲームを生き抜いてみせる。そう、まだ俺の戦いは、始まったばかりなんだ。
俺は、図書室を出た。
そして、見た。扉を出てすぐ脇に、マシンガンを構えた波崎が立っている姿を。
「じゃあね」
波崎の顔が、笑顔になった。
次の瞬間、マシンガンから、無数の弾が俺の頭を目がけてきて。
柴門秀樹の死体は、それが本人かどうかの判別ができない程度に、顔が潰されていた。
波崎蓮は、その死体から防弾ベストとソーコム・ピストルを剥ぎ取ると、2階へと向けて歩き出した。
* * *
天野祐一(3番)は、マシンガンの音を最後に銃声がやんだことに、少しだけ肩を竦めた。
やっぱり、ダメだったか。予想はしていたけれども。
隣の部屋から柴門秀樹が顔を覗かせたときはびっくりした。彼は同じサッカー部でも、体力だけが自慢のパワーファイターだった。頭脳ではなく本能で行動するタイプの、いわゆる野生児に近いそれは、時にチームの行動を乱すこともあったけど、それは相手が予想できない動きをするのと同義だった。ある意味では、切り札的な扱いをされている存在だった。
それに対して祐一は、どちらかといえば頭脳派だった。体力も体格も他の選手に劣る分、相手チームの動きを予測して、それに対応した作戦を考えることは得意だった。そして、それを共に戦うチームメイトに臨機応変に、そして適切に指令が出せる存在として、ある意味では、必要とされている存在だった。
当然、2人の仲はサッカーにおいてはあまり相性がよくなかったし、柴門も自分に対しては体力のないヘタクソだと思っていたに違いない。だけど、こうやって普段生活する分には、よく話すし、よくバカもしていた。
この試合も同じだ。祐一に支給された拳銃は、柴門が本能に任せて使った方が効率がいいと思った。主に柴門に戦わせて、自分は戦略を立てる。そして、頃合いを見て柴門を始末してしまえばよいと思っていた。だけど、それも最初こそよかったけれど、もうおしまいらしい。クラスメイト同士の戦いを見届けて、勝ち残った方を、戦闘明けで疲れているところに飛び込んで楽に始末する。頭で考えるのは楽だけど、それを実践するのは全然違う話らしい。
マシンガンの持ち主は、きっと柴門に仲間がいたことに気が付くだろう。そして、早々にこの合流場所に気が付いて、自分を始末しに来るかもしれない。そうと決まれば、このままやられる気はさらさらない。技術室であらかじめ手に入れておいた千枚通しを、両手でぎゅっと握りしめた。
次にそこの扉を開けて、中に入ってくる奴がいたら、問答無用で刺し殺そう。首筋か、心臓のあたりに突き立てれば、簡単に殺せるはずだ。
もし万が一柴門が生き残って戻ってきたとしても、構わない。どのみち始末する予定だったのだから、それが早いか遅いかの違いだ。
そして、教室の扉が開く。誰かが、転がり込んできた。
……今だ!
祐一は転がり込んできたものに体当たりをする。千枚通しは簡単に突き刺さったが、どうも感触がおかしい。
「……!」
扉から転がり込んできたものは、全員に支給されたあのドラムバッグだった。なんでこんなものが。
はっとして、扉の方面を見る。そこには、先の戦いの勝者が、立っていた。
その手に握られている拳銃は、かつてここから出発した戦友が所持していたものだ。
「波崎……!」
波崎蓮は、穏やかな笑顔を浮かべていた。
それは、本当にいつも通りの、波崎蓮という男の、姿だ。
こいつは、強すぎる。
次の瞬間、乾いた銃声音と同時に、頭に強い衝撃がきた。
ただ、それだけだった。
波崎蓮は、部屋に入ることもなく、そのまま扉を閉める。
天野祐一の武器には、一瞥すらしなかった。
3番 天野 祐一
9番 柴門 秀樹 死亡
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