16.少しの夢すら


 深堀達志(18番)といえば、智将と呼ばれる河田中学校野球部のキャプテンとして、学校内でも有名な男だった。
どちらかといえば個性的な面々を取りまとめ、弱小野球部と呼ばれていた時代に風を取り込んだ。その功績はあまり結果には結びつかなかったが、彼個人の評価、とりわけ人を掌握する能力に関しては、恐らく大の大人でも敵わない部分が多々あると言われていた。

そんな彼も、プログラムに巻き込まれるとわかった瞬間、始めは絶望した。
頭がいい彼だからこそ、すぐにこの試合の難易度が自分の力量を軽く凌駕していることは把握できた。誰かを殺して、生き残る。それ以外に、生存への道はないように思えた。仕方ない、腹をくくって、クラスメイトを殺しまわるしかない。そう、考えた。

 加納という男に唆されて、クラスでもわりとみんなから信頼を寄せられていた波崎蓮(16番)が、間宮由佳里(19番)と副田紗耶香(11番)を拳銃で射殺した。それから、徐々にこのクラスは狂っていったのだ。人は、簡単に死ぬ。誰でも、その気になれば簡単に殺せる。そこに、力の強さは関係なかった。たとえ自分がいかに野球部のキャプテンとして身体を鍛えていたとしても、その鉛の弾の前では皆が平等にすぎなかった。
波崎は毅い男だ。加納に言われるがままに、立派に殺人をやってのけた。それに比べて、自分はどうだ? 同じような指示をあの男から出されて、はたして波崎のように任務を遂行することができただろうか。
結局、自分はそこまでの男だったということか。なんとなく、諦めの気持ちが強くなった状態で、この試合は幕を開けた。

 目が覚めた時、そこには既に2つの死体があった。なんのことはない、ここは先程までクラスメイト全員がいた場所、視聴覚室だった。クラスの中では自分が一番の長身だ。恐らく、大方専守防衛軍の兵士たちが、運ぶのが面倒だからという単純な理由でこのまま放置したに違いない。足元に安置されていたドラムバッグが、それを物語っていたように思えた。
『18』と書かれたチャックを開けて、中身を確認する。一番上に置かれていたのは、スマホのような形をした端末だった。さっそく電源ボタンを入れると、簡素な一色の背景にアプリの起動ボタンが配置されている。タップをすると、さっそくソフトが立ち上がった。
画面の中央に、白色の球体が表示されている。そこに表示された数字は『18』だ。そして、その周囲には赤色の球体で『11』『19』と書かれたものが存在している。画面の右下にヘルプマークが表示されていたが最早見るまでもなく、その端末がなんなのかは理解ができた。

 これは、ビーコンだ。

ヘルプページを開くと、案の定、ビーコンの説明が出てきた。中央の白い球は自分の出席番号『18』を現している。近くにいる『11』や『19』はそれぞれ出席番号11番の副田、19番の間宮を現している。赤色の場合は死亡しているという意味らしい。
この球体、位置関係は実際のものとはあまり関係していないらしく、あくまで自分の位置からどれだけ離れたところに誰がいるかがわかるだけらしい。また、高さ方面には電波の感度が弱いため、別の階にいる人間はほぼ表示されないという表記があった。どれくらい索敵の効果があるかはわからないが、少なくとも今、自分の身の回りにいるのは死体だけのようだった。恐らくこれから動き回れば、様々な球体が現れるに違いない。この識別番号は、大方首輪から発せられている電波を拾っているのだろう。そういう意味では、うまく活用すれば、試合を有利に進めることができそうな、そんな気がした。

   *  *  *

 平坂麻衣子(17番)は、4階のテラスのベンチで目覚めた。4月はまだ少し肌寒い。くしゃみをきっかけに目が覚めた。なにもこんなところに放置しなくたっていいじゃないかと、文句の一つも言いたくなった。
そして、とりあえず校舎に入ろうとしたところで、深堀達志と出会った。

 麻衣子はクラスの中では一番背が低い。よく、波崎蓮などには頭を撫でられたりしてバカにされていたが、そういえば他のクラスメイトからも、小柄のせいかよく可愛がられていたような気もした。まぁ、放送部で昼の放送を担当する時は、なかなかにその喋り方というか声そのものが評価されていることは知っているし、なるべく波風が立たないように学校生活を過ごしてきたつもりだ。自分の立ち位置は、極力変な目立ち方をせず、そして敵も作らずだ。
一方、深堀はクラスで一番背丈がある。約30センチもの身長差は、じっと眼を合わせようとすると首が痛くなるくらいのものだ。大きい男の子が怖いという意識はなかったけれど、それでも深堀キャプテンと話をするときは、いつも緊張していた気がする。出席番号も蓮と深堀に挟まれていたから、席次順に座ると後ろからの威圧感は半端なかった。

「深堀くん」

そんな深堀と、試合が始まってから程なくして遭遇した。気分は森の中でクマに出くわしたおじょうさんだ。さて、どうやってダンスにでも持ち込もうか。

「やぁ、平坂さん。ひとりだよね」
「まぁ見たままのとおりですが」

 深堀キャプテンは、いつも通りのさわやかなスポーツ青年のまま、話しかけてきた。それがきっかけで、ずるずると麻衣子は深堀と行動を共にすることになった。
視聴覚室の棚にはノートパソコンが収納されていること。バッテリーも生徒用に同じ型番の予備がたくさんあったこと。そして、深堀に支給された端末をコネクタでパソコンに接続したら、色々と中身が見えてしまったこと。端末そのものが、首輪の情報を常に本部から受信していたことなども、あれよあれよと判明してきた。本部のサーバから受信しているのであれば、そこから逆にサーバの情報へとアクセスすることも可能だった。思えば自分がインターネット上で歌を披露する前までは、そういうちょっとアングラな世界にあこがれて独学で色々といけないことをしてきた経験もある。その時の楽しさが再び、麻衣子を支配していた。気分が、高揚してきた。

 やがて試合は進み、校舎棟でも銃声音が何度も行きかうような戦場へと変遷していった。深堀の護衛の下、麻衣子は体育教官室へと場所を移す。幸い、体育館にはほとんど人がいなかったらしい。深堀のビーコンを頼りに、死体以外の生徒とはなるべく鉢合わせしないように気を付けて行動した。
途中、野球部の長山俊明(15番)との合流も果たした。長山自身は同じく野球部でマネージャーをしている物部昴(20番)とトランシーバーの機能を持つ端末でやり取りをしていたらしい。仲間が増えること自体は構わなかった。

麻衣子たちに試合前に取り付けられた爆弾入りの首輪には、ご丁寧に盗聴器が仕掛けられていたらしい。また、校内の様子も、警備用の監視カメラから出入口や廊下などは本部から監視対象となっていたらしい。まぁ、幸いなことに各教室やトイレなどは対象外だったので、麻衣子たちが端末をノートパソコンに接続し、いけないことをしているのがバレなかったのが救いか。
そういう関係で、深堀とのやり取りはすべてメモ帳ソフトを使ってのものが中心になった。とにかく、仲間を集めること。そして、やる気の生徒が誰一人としていなくなったら、逆にサーバ側の情報を書き換えてしまう作戦を、提案した。

 方法はものすごく単純なことだった。首輪は、それぞれに複雑な識別番号で管理されている。簡単に解析できるような代物だったら、誤操作の原因にもなる。逆に言うと、首輪を爆破するためにはその識別番号がないとどうしようもないということだ。

 だから、本部で認識している識別番号をすべて書き換える。

滅茶苦茶にしてしまえばいい。残っている生徒の首輪を、本部は認識できなくなる。試合を中断するにしても、首輪を爆破させることすらできない。もちろん、禁止エリアなんてものはなくなるし、校外に逃げたってこの首輪は爆破されない。首元に爆弾がぶら下っているのは怖いが、識別番号さえ根元から潰してしまえば、電波の届かない範囲まで逃げてしまえば脱出は簡単だ。

書き換え自体はそこまで難しいことでもない。当時中学二年生だった麻衣子にだって、他人のサーバに侵入してちょっとイタズラをすることができた。今の時代、そんないけない方法は少し調べたらすぐにわんさか出てくる出てくる。便利な世の中になったよね、ホント。

 深堀キャプテンは、その様子を近くでじっと見ていたけれど、その計画を実にシンプルにしてくれた。麻衣子は、とにかくビーコンを利用して本部の情報を収集し、解析する。深堀は、首輪を無効化したあとの作戦を考えてテキストに起こす。適材適所とはこのことか。だが、その為には、自分たちのグループ以外の殲滅が必要不可欠だった。
幸いといっていいのかどうかは知らないが、試合はものすごく順調に進んでいた。作業にのめりこんでいた麻衣子は、あまり誰が死んだとかそういう情報には疎いままだったが、久々のイタズラそのものに、なにかゾクゾクとするものを感じていた。そうだ、自分はもともとこういうスリルを味わいたかったのだ。歌って、褒められて、喋って、褒められて。そういう輝かしい人生もありだったかもしれない。だけど、やっぱり。

 イタズラってのは、どうしてこうもわくわくするんだろうね。


 ノートパソコンと、接続された端末は、爆破から死ぬ気で守った。
深堀達志の合図と一緒に、入口側にいた麻衣子は、辛うじて壁内の爆発から命を守ることができた。だが、残念なことに、更衣室の奥の方にいた長山俊明と神崎聖美(7番)は、その瓦礫に潰されてしまった。

 試合が始まってから初めて、クラスメイトの死を目の当たりにした。

「これは……」
「やばい、体育館が上の重みに耐えられない! 早くここを離れるぞ!」
「平坂さん! 急いで!」

深堀達志が。和光美月(24番)が。麻衣子の手を引っ張った。言われるがままに、ノートパソコンを片手に校舎棟へと逃げ込んだ。その瞬間、激しい音を立てて、体育館棟が上階の重みに耐えられず、崩壊を始めた。1階部分が爆破されたことにより、柱にもダメージが蓄積され、その結果、一棟まるまるつぶれてしまったのだ。

「助かったのかな……」
「ふざけんな。2人も失った。スバルたちと連絡する術も失った」

和光が息を大きく吐きながら呟き、深堀がそれに対して怒りを見せる。そして、改めて実感した。さっきまで一緒に笑い合っていた仲間は、もう死んでしまったのだと。死体は見ていない。どのみち、瓦礫にすべて潰されてしまったのだろう。あの状態で、生きているはずがない。

「この爆発、はたして犯人はいったい誰なのか」
「こ、こんな武器が支給されるだなんて……!」

生き残っているのは、残り8人。麻衣子たちの所属するグループが、全部で6人に、蓮、そしてあとは先程ここに姿を見せた山瀬陽太郎(23番)だ。
山瀬は波崎蓮を殺すために動き回っていると告げ、仲間入りを拒否した。体育館を拠点にしていることも知っている。だから、支給された武器が爆弾で、ここにいた5人を一斉に始末しようと思ったのなら考えられない話ではない。
あるいは、波崎蓮。同じ放送部の仲間として、あまり考えたくはなかったが、彼が今回のジェノサイダーであることは間違いない。どんなにバカでもさすがにそれはわかる。そんな彼だが、ビーコンでは一度も『16』という数字は見ていない。なら、初めから校舎棟にいるクラスメイトを倒し続けて、体育館棟は爆破して倒壊させて全員始末するというシナリオなら、合点はいく。ただ、試合が始まってからすぐではなくて12時間経った今行うという点だけが、解せなかった。
それとも、考えたくはないけれど、もしかすると、スバルたちのグループの誰かが、裏切って。……いや、それはないな。野球部のみんなの結束は、不思議なほど固い。深堀キャプテンのことは、みんなが慕っていたようだった。それだけに、大切な仲間を殺された恨みは、今の深堀の怒りをよりいっそう引き立てているのだろう。

 あと、少しなんだ。
もう、あとはサーバ側に仕掛けたプログラムを起動するだけで、といえば聞こえはいいけど、正確には開いている既に書き換えたファイルを上書き保存して同期するだけで、すべての首輪は無効化されるんだ。本当に、あとそれだけなんだ。そのためには、残りの仲間がみんな一緒になるしか、ないんだ。

 だって、ほら。みんなで、笑って、帰りたいじゃない。
 少しくらいは、夢見たって、いいじゃない。

「和光。ニューナンブの弾は」
「あいにくさま、本体には補充したけど、予備はないわ。この6発でおしまい」
「……そっか」

 和光美月に支給されたリボルバー銃、ニューナンブM60は、もう弾が1装填分しかないらしい。

「そういえば聞いてなかったけど、あんたらの武器はなんなのよ?」
「……たいしたもんじゃないよ。人を殺すことはできそうにない」
「へーえ」

深堀は、自分のなんの変哲もないスマホを画面を、和光に見せる。通信制限がかかっているから、恐らくただのデフォルトのメモ帳を見せているだけなんだろうけれど、大方『ノートパソコンのことは一切口に出すな』とでも書いているんだろう。和光はこちらの方をチラチラと目配せしながら、ふっと笑った。

「ま、なにしてるかは詮索しないけど、キャプテン様は波崎蓮を倒すのがご所望でしたっけね。助けてもらった命だし、私は私にできることを頑張ってみますよ」
「……悪いな」

 お互いに拳を握って、コツンとぶつけ合う。
 そんな仕草をした、直後だった。

「……っ」

3人が、顔を見合わせる。微かにだが、校舎棟の上の方から、銃声らしき音が、聴こえてきた。
さっきまで上の階にいたのは、スバルたちのグループだ。

「……助けに行くぞ!」

深堀が、再び大声を出す。和光も後に続く。
麻衣子も着いて行こうとしたら、深堀が階段の踊り場で叫んだ。

「バカヤロウ! ついてくんな! テメェはテメェでできることをやってろ!!」

深堀の怒号が、あたりに響いた。
こんな風に怒られることなんて、なかなかない。なんだかとっても悲しくなってきて、涙が出てきてしまった。
もっとも、その姿は誰にも見られない。2人は既に上の階に行ってしまったし、麻衣子はただ一人、再びノートパソコンを手に、安全な場所を探して、再び行動に移せるその時を、ただじっと待つことしか、できなかった。

「……ひとりぼっちは、嫌だな」

ふらふらとした足取りで、なにも考えずに歩き始める。
長山が死に、神崎も死に。そして、深堀と和光は、ここから消えた。また、ひとりぼっちになってしまった。
気が付いたら、放送室の前にいた。鍵は……開いている。誰か、来ていたのだろうか。中をくまなく探したけれど、そこには誰もいなかった。

 気のせいなら、それでいい。
 ここが、一番落ち着く場所なんだ。

平坂麻衣子は再びノートパソコンを立ち上げる。
そして、眼を見開いた。そこに表示されている『ERROR』の文字列に。

 なんで?! 接続が切れた? 端末の電池切れ?!

端末は、生きている。通信もしている。
単純に、そこからサーバ側にアクセスしていた回線が、切断されている、信号が返ってこない、そんな無機質なメッセージが、そこには表示されていた。

 そんな、はずは、ない。バレるはずがない!

そんな時、端末が音を立てて鳴った。まるでそれは、端末の本来の使い方、携帯通話機能で着信があった時の、音だった。心臓が止まりそうなほどに、びっくりした。恐る恐る画面を覗くと『本部』という二文字が見えた。
無視を決めるわけにはいかない。着信音量は意外とでかい。放置するわけには、いかなかった。

「……もしもし」
『あ、もしもーし。私、教育委員会、青少年更生課の佐藤です』
「……はい」

佐藤と名乗った人物。誰だろう、知らない人だ。
もともとこの端末は本部に支給されたものだから、きっと間違い電話かなにかに違いない。そう、思った。

『この電話を受けているのは、河田中学校3年A組の平坂麻衣子さんで間違いありませんね?』
「……っ!」

 違う。この男、本部の人間だ。間違い電話なんかじゃない。

『平坂さん、おしかったね。いやね、私も前々からこの戦闘実験さ、端末を悪用する生徒がいたら色々と面倒だとは思っていたんですよ。だって、本部と通信しているんだもの。ちょっと知識のある人間だったらこんなの簡単に侵入できちゃいますよね』
「あの……」
『なーんか怪しい動きがあるけど、ほら、加納さんってああいう人間でしょ? 機械とか全然ダメなの。だから、今回私が非戦闘要員であるにも関わらず本部にいるわけ。で、まぁ侵入されたことについてはすぐに把握できたけど、実際にどの生徒からのアクセスかがわからなくてさ。100パーセントの確信もないまま、犯人だって断定するのも嫌なんですよ、私は。だけど、平坂さん。ようやくあなたは、ひとりぼっちになった。さっきまで確認できていなかったけれど、廊下と昇降口にある監視カメラに、あなたが端末とノートパソコンを接続している映像が、鮮明に映し出されていましたよ』
「……あ」
『平坂麻衣子さん。あなたは本部のサーバに侵入し、情報を書き換えようとしました。これは立派な規約違反です。悪いことしたらどうなるか。これ、加納さんが試合開始前にきちんと言っていた気がしますけど、覚えてますか?』
「……はい」
『了解です。それでは、お疲れ様でした』

 にぎやかな男との通話は、そこで終わった。
これで、本当の静寂が、訪れる。もう、ノートパソコンも、端末も、ただのガラクタになってしまった。

 もう、ひとりぼっちだ。


 電子音が、部屋の中に響き渡る。
 この部屋は遮音性が高いから、たとえ爆発が起きたって、その音は外には漏れないだろう。

 結局、レンレンには一度も会えなかった。

 間宮さんと副田さんを殺したとき、どんな気持ちだったのか。
 少しくらい聞きたかったけどな。気になってたんだけどな。

 木島雄太(8番)は早々に誰かに殺されたみたいだけど、まさかレンレンじゃないよね?
 2人とも、とても仲がよかったもんね? 違うよね?
 それも、聞きたかったなぁ。

 ううん、まだまだ、レンレンには聞きたいことがたくさんあるの。
 たくさん、あったの。

 まだ、ひとりぼっちには、なりたくなかったなぁ。
 ……悔しい、なぁ。


 少しの夢すら、見させてくれないんだもの。

 ホント、悔しい。
 ホントに……くやし



 平坂麻衣子の思考は、途中でぶちきられた。
 爆発音とともに、辺りには紅く染まった何かがぶちまけられる。

 だが、その彼女が打ち上げた最期の花火を認知したものは、誰もいなかった。


 彼女は、死ぬ時まで、ひとりぼっちだったのだ。


 17番 平坂 麻衣子  死亡

【残り7人】

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