19.後処理
4月16日、午前6時30分。
朝陽は戦いを終えた校舎と、そして倒壊した体育館を照らす。
波崎蓮(16番)は、大きく伸びをした。深く、深く、息を吸う。
生きている。自分は、まだ生きている。朝露の交じった新鮮な空気が、そう、感じさせた。
『16番、波崎蓮。優勝おめでとう、君が最後の生き残りだ。これから校舎まで迎えに行くから、玄関口で待機していてもらいたい。禁止エリアはすべて解除しておいた。なお、武器等はもう必要ないため、武装は解除しておいてもらえるとありがたい』
スピーカーから、加納のアナウンスが流れてくる。
改めて、自分は優勝したんだという認識。同時に、3年A組で生き残っているのはもう自分だけ。他の23人は、全員死亡してしまったのだという事実。しかもおそらく、その大半を殺害したのは、紛れもなく自分だ。
昨日の昼の12時に、試合が始まった。試合が始まる前に、既に自分は加納の指示に従って、間宮由佳里(19番)と副田紗耶香(11番)を射殺している。その時点で、自分運命とやらは、既に決まっていたのかもしれない。加納によって導かれた、ジェノサイダーとしての道だ。
保健室で、手負いの谷村昌也(13番)に、とどめを刺した。
共に戦い、瀕死となった親友の木島雄太(8番)を、楽にしてやった。
弔い合戦で、木島を死に追いやった柴門秀樹(9番)と天野祐一(3番)を、射殺した。
たまたま3階で遭遇した常田克紀(14番)を、容赦なく殺害した。そして、彼の残した鳥のさえずりを放置して、さらなる悲劇を誘発した。
3階の男子トイレで見つけた高石遼(12番)を、射殺した。彼の持っていた端末を使って、境啓輔(10番)の首輪を爆破した。そして、共にいた明石真由(2番)も、殺害した。
試合開始から12時間が経ち、端末が使えるようになった瞬間、体育館を爆破した。
騒ぎに乗じて、森澤昭人(21番)を、和光美月(24番)を、そして、深堀達志(18番)を、次々と射殺した。
放送室から狂った演説をしていた物部昴(20番)を、放送室ごと爆破した。
最後の切り札を伴って戦いを挑んできた山瀬陽太郎(23番)を、簡単にねじ伏せた。
そして、恐らく。それ以上に、自分の知らないところで、自分のせいで、何人か死んでいる。もう、何人殺したかなんて、自分ではわからないほどに。
きっと自分は、とんでもない成績を叩きだしてしまったのだろうな。
この結果は、両親には知らされるのだろうか。それとも、プライバシーの保護だかなんかで、戦績に関しては一切語られないのだろうか。
どうであれ、自分が大量のクラスメイトを殺害したという事実は変わらない。自分は、この戦闘実験の末、生き残った。それだけだ。
木島雄太から譲り受けたマイクロウージーは、校長室に置いてきたドラムバックに突っ込んだままだ。
柴門秀樹から奪い取ったソーコム・ピストルは、校長室の応接机に放置してきた。
同じく柴門秀樹から剥ぎ取った防弾ベストも、校長室に脱ぎ捨ててきた。
境啓輔から奪い取ったブローニングM1910は、校長室に置いてきたドラムバックに突っ込んだままだ。
その他の武器も、基本的にはすべて校長室に置いてきた。その中には、自分が世話になった遠隔爆弾起動装置も、ある。
今の自分は、丸腰だ。
今さらだけど、銃器類は相当な重さだった。それらから解放されたことによって、体はものすごく軽い。あと、足腰にあまり力が入らない。ろくに寝ていない徹夜の状態だ。戦闘が終わったということで、一気に緊張感が抜けてしまったのだろう。もう、命を狙われる心配なんて、ないんだ。
「……つかれた」
ポツリと、呟く。
もう、誰からも返事は、ない。
今日は、快晴だ。
* * *
「では、カメラまわしますからね。いい笑顔、くださいねー」
教育委員会の佐藤という人間に言われるがままに、倒壊した体育館の前でビデオカメラによる撮影が行われた。こんな状況で笑顔を見せるのもなんだと思ったので、軽く一礼だけする。その撮影光景に佐藤は少しだけ不満げだったが、仕方ないか、やれやれといった感じで片手でオーケーのサインを出した。
そういえば、テレビでもよく臨時ニュースだかなにかで、この戦闘実験の結果速報をやっていた気がする。その時に使う映像なのだろう。ついに自分も、ローカルニュースでテレビデビューか。あまり、顔出しってやつにいい印象はないんだけどな。幸い未成年だからか、名前は出さないでくれるらしい。それは、ありがたい話だった。
「うん、……はい。映像問題ありません。すごいねー、この爆破された体育館の様子、ただごとじゃないねー。うまいこと、この戦闘実験のすごさを物語っているように見えますよ。やー、波崎くんすごかった。最初の加納さんの説明の時から、なんか雰囲気違うなーって思ってましたよ、はい」
佐藤という人間は調子がいいらしい。だが、青少年更生課の人間としては、かなりのエリートに位置する人間なのだろう、こんな性格でも。
そんな彼に連れられて、自分は校舎を後にした。もう、ここには二度と戻ってはこない。聞いた話によれば、もうこの学校は解体され、都市計画道路の一部になるのだという。他の生徒は、別の学区の中学に、住所によって自動で振り分けられるとのことだ。自分もそうなるのかと尋ねたら、さすがに優勝者は転校を推奨すると言われた。確かに、3年A組唯一の生き残りは、他のクラスには馴染めないだろう。生き残りってことは、人殺しってことなのだから。
「あ、そうだ。首輪取りますね。無効化していても、専用の工具がないと取り外しできない仕組みになっているんですよ。ちょっと後ろ向いて大人しくしていてくださいね。……はい、できました。もう爆発もしませんし、大丈夫ですよ」
そして、拘束具となっていた首輪を取り外される。こちらはあまり重量はなかったんだろうけれど、圧迫感はあった。改めて、深呼吸をする。空気が、冷たい。
「そうそう、波崎くんには少しだけ朗報です。お父さん、意識を取り戻したみたいですよ。お母さんも共に健在です」
「……っ、本当ですか?」
「ええ。ただ、ちょっと頭を打った影響で言語障害がまだあるみたいで、少しの間リハビリが必要みたいですね。いい機会だし、少し田舎の方にでも引っ越して療養してみてはいかがでしょうか。引っ越しと転校の手続きくらいなら、私の方でもできますよ。プログラムの優勝者には生涯に渡って補助金が出ますし、家族への補填金も優遇される制度です。お父さんが働けない間でも、暮らすのには不自由しませんよ」
「……お気遣い、ありがとうございます。家族と相談してみます」
戦闘実験、通称プログラムの優勝者には、生涯に渡って補助金が政府から支給される。これだけの大がかりな命がけの実験を生き抜いた証だ。ありがたく受け取るのに、こしたことはない。これで、二度とこの政府には逆らうことはできなくなってしまったわけだ。
「ま、立ち話もあれですから。そろそろ加納さんのところへ行きましょうか。本部は、この学校からすぐの公民館の一室です。そこで戦闘実験終了後の軽い面談、メンタルヘルスのケアを経て、念のため病院に行ってもらって怪我の治療をする手筈になってます」
「……わかりました」
佐藤に連れられて、徒歩で公民館へと向かう。確かにこの距離なら、無線放送も十分に届くだろう。
一室には、専守防衛軍の兵士が大量に詰めていた跡が見られた。大型のモニタは、今でこそすべて電源が切られていたが、戦闘実験の間はずっと各生徒の状態を監視していたに違いない。これだけの設備、相当な準備期間があったはずだ。こんな身近な場所で、準備が進められていただなんて、想像もできなかった。
校長室にあった応接机に比べたら、簡素な会議用の机が置かれていた。パイプ椅子に座る加納、つい昨日会ったばかりだというのに、なんだか随分と久々な気がしてならない。
「やぁ、お疲れ」
加納は、無表情のまま、声を投げかけてくる。
終始笑顔で佇んでいる佐藤とは、雲泥の差だ。
「お疲れ様です」
「18人」
「……はい?」
「18人。これが、君の殺したクラスメイトの数だ。君自身も、完全には把握していないと思ってね」
予想よりも、多かった。きっと体育館を爆破したりした時に、何人か殺してしまったということだろう。
自分以外の23人のクラスメイトのうち、およそ8割。とんでもない、キルスコアだ。
「……そう、でしたか」
「正直、最初に2人殺害させたから、それで呼び水効果で少し健闘するかなとは思ったんだが、これは予想外の数字だ。決してやる気になる生徒が少ないわけではなかったから、その中で、この短期間のうちに武器を駆使して戦ったのは、素晴らしいといえる」
「それは、どうも。まぁ、マスターキーを拝借したり、溝部先生の机から支給武器一覧表を見つけたり、もともと校舎の造りをおおむね把握していたりしてましたから」
そう。最初から、自分には有利になるような仕組みになっていたのかもしれない。
この戦闘実験が、もし使い慣れた校舎ではなく、どこかの町の一角か、はたまた離島をまるごとみたいな会場で行われていたとしたら、地の利がない分、結果も変わっていたのかもしれない。
「支給武器一覧のことだが、あれに関しては予想外だったよ。まさかそのまま机の中に放置するとは思わなかった。一応、参考資料のつもりで渡したんだが、もしかすると、あの溝部という教師も誰かに役立ててもらいたくて、残しておいたのかもしれないな」
「みたいですね。自分がここに座っているのが、不思議なくらいです」
加納が、じっと眼を覗き込んでくる。
思わず、眼をそらした。すごく、不安になる。
「……父親のことは、うちの佐藤から聞いてるね」
「あ、はい。意識は取り戻したとか」
「君の父親と同じ病室に、君も怪我の治療と安静のために入院してもらうよう、手配はかけている。まぁ、特に深刻な外傷もなさそうだし、君の方が早く退院するだろうね」
「……お気遣い、ありがとうございます」
実際には、かすり傷程度しかない。入院するまでもないが、精神的にはかなり参っているのかもしれない。18人も人を殺しておいて、まともな精神状態なわけがないのだ。既に、どこかしら自分の心は壊れてしまっているのだろう。
「波崎くん。君は、笑わなくなったね」
「……そうですか?」
「いや、試合が始まる前の雰囲気と違うのは、そこだよ。まぁ、仕方のないことだとは思うが、戦闘実験はもう終わった。あとは、君が元通りに笑うようになったら、それが一番かな」
笑う、だなんて。
でも、確かに。僕は、しばらく笑っていないかもしれない。毎日が楽しかった学校生活。放送部でバカやってたのも、いい思い出だ。父親が病院に連れて行かれた時も、なんとか母を励まそうと、クラスメイトには心配かけまいと、笑顔で振る舞ってきた。
いつしか、僕は。笑うことを、忘れていたのかもしれない。ただただ、機械的に、クラスメイトを、殺すうちに。
「今は無理でも。いつかは、笑ってほしいな」
「……善処します」
佐藤が、割り込んでくる。その手に握られているのは、お茶だ。
「またまたー! 加納さーん、加納さん本人が無表情でそんなこと言ったって、説得力のカケラもないじゃないですかー!」
「……? 私はこれでも、表情豊かなつもりなんだが……」
「全ッ然、そうは見えませんね! はいお茶です!」
「せっかく人がいい話しているんだから、少しは空気を読んでくれてもいいのにな。ありがとう」
上司と部下の関係には見えないが、理想の仕事関係というものなのかもしれない。
佐藤が、自分に目配せをした。彼なりの、配慮、場を和ませようとしたのだろう。やはり、できる男のようだった。
今は無理でも。いつかは、笑おう。
つらいことがたくさんあった。いや、ありすぎた。
でも、それでも。前を向いて、笑って、生きていかなくちゃならない。
それが、今を生きる自分に、課せられた、使命。
きっと、それが、定め。
波崎蓮は、公民館の窓から、すっかり変わり果てた学校を見た。
少しだけ、目を瞑る。特に意味は、ないつもりだ。
【process.4 終了】
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