「男子7番 粕谷君、出発してください」 凛とした道澤の声がして、司は立ち上がった。立ち上がってから、隣に座っていた理沙を一瞥した。 彼女の眼の奥に、微かに光を感じた。 司はゆっくりと教室全体を見渡しながら、ああ……これから自分達は殺しあうんだ、と感じた。 そこに感じた何かは、勿論司を奮い立たせた。 「……頑張ってくださいね」 道澤のかけている眼鏡の奥に光る眼は、少し希望感が出ていた。どういうことだろうか、今までに出発した生徒とは 接し方が違う。 もしかすると、いやまずありえないのだが、自分もトトカルチョでは上位なのかもしれない。たしかに、唐津に勝つため に自分は努力している。そのおかげで唐津と自分だけはクラスの男子の中でずばぬけて優れているのだが、もしか するとその影響かもしれない。 その考えは遠からずというよりもほとんど当たっていた。実は道澤が嫌々ながらも参加したトトカルチョ、司に賭けら れていたのだ。だが、勿論司がそれを知ることはなかった。 デイパックを渡されて、扉を開けた。当然、真っ暗だった。 「わっ、くれぇなぁ……やっぱり夜なんだな」 昇降口へはあっという間についた。玄関から外へ出ると、ちょっとした階段になっていて、闇夜にグラウンドが広がっ ていた。人の気配はない。 さて、どうしようか。どうしても言いたい事がある、その相手――唐津洋介(男子8番)は、自分の次の次に出てくる。 問題は、その中間に存在する人物、理沙だった。 彼女は、やる気なんだろうか? それが気になっていた。出発する前に見えた、彼女の瞳の奥の光、あれは希望なんかとはかけ離れたものだった。 どうしても気になったが、考えても仕方ないので、正攻法で行く事にした。つまり、昇降口に逃げも隠れもせず立って いることにした。下手に隠れて気付かれるよりも、そちらの方がましに決まっている、ハズだ。 彼女さえやり過ごせば、後は唐津に用件を言えばいいだけだ。そして、出発すればいい。 でも、念のためということで、デイパックの中身を取り出すことにした。そこには当然『武器』が入っていて、司はそれを 取り出した。小さいけれど、それは立派な斧だった。 「か……すや君……?」 その時だ。前方から声が聞こえた。その人物といえば1人しかいない、理沙だった。 そして理沙は、拳銃を握っていた。 「粕谷……クン、やる気……なのね……」 自分は何も言わない。やはり間違いではなかったのだ。理沙の目は赤く血走っていて、道澤に撃たれた箇所からは 既にその位置が確認できないほど血で覆われていたし、痛々しい。 彼女も、やる気なのだ、きっと。 「なんでそう思うんだ、理沙」 「だって……だって! 斧……手にもって……私を……」 唇をかみ締めて、ぶるぶると拳銃を持ち上げていた。直感的にやばいと感じた。 精神錯乱……名前しか聞いたことはないが、きっとこのような症状なのだろう、平和だった今までの生活から一変、 地獄のどん底に叩き落されて平常でいられるはずなど、ないのだ。本来ならば。 だが。 カチン。 「なんで……なんでよ……! 弾が出ないじゃ……」 どうやら理沙は拳銃の事を知らなかったようだ。自分でも詳しく知っているつもりはないのだが、恐らく理沙は撃鉄を 起こすということ自体わからないのだろう。 やるなら今しかなかった。 「理沙は……やる気なんだよな……?」 「だって……中村センセェが……死んで……あたし、まだ…死にたくないもん……」 自分は斧を振りかざして理沙めがけて走る。戸惑いはなかった。 一直線に、理沙へ。 「やめて……いやよ……! 粕谷君! 死にたくないぃぃいっっ!!」 最早逃げる気力もないのか、理沙は全く動かなかった。 ザシュ! 「ぎやっ……!!」 斧の鋭い刃は理沙の頭部を簡単にかち割り、赤い血が出たところから、恐らく脳味噌であろう白いゼリー状のものも ぐちゃぐちゃに飛び散っていた。 理沙は奇声をあげその場に倒れ、しばらく痙攣していたが、やがて口をあけたまま、絶命した。 司は斧を取ろうとしたが、それはしっかりと頭部に食い込んでいて、取るのに時間がかかりそうだった。このままだと 次の唐津が出発してしまう。そして―― 仕方なく、司は銃と彼女の荷物を取り、昇降口から駆け下りていった。 坂本理沙。恐らく怖かったのだろう、恐怖心に駆り立てられてクラスメイトを襲った。そうしないと、担任ミヤビのように なってしまうから、そんな変わり果てた姿を、クラスメイトに見られたくなかったから。 だがその思い虚しく、最初の死亡者となってしまった彼女は、その代わり果てた姿を以後大量のクラスメイトの前に 晒しだされる事になる。 こうして、この史上最悪の殺人ゲームは、始まったのだった。 女子7番 坂本 理沙 死亡 【残り67人】 Prev / Next / Top |