一人、ただ走りつづける影があった。 短めにしたスカートを翻して走るその姿は、勿論暗闇ではよく見えなかったが、靴の音と、そして荒い吐息がそこに女 子生徒がいる事を意味していた。 早く…逃げなきゃ……!! 無論、逃げられるはずも無いのだが、少女、湯本怜奈(女子32番)は走りつづけた。恐怖という二文字に後押され て、ただただ走りつづけていた。 その細い首にがっちりとはめられている銀色の首輪、それはつけられているだけで苦しかったし、いつ爆発するかわ からないという危険な代物だ。突然爆発する事なんてまずありえなかったが、その辺まで彼女は理解できなかったよ うだ。 中学校で名前を呼ばれるまで、怜奈は極度に脅えていた。だんだんと少なくなっていく生徒の数、時折聴こえてきた 銃声、道澤という女性の顔に表れた微笑、それらすべてが、怜奈の精神を崩壊させていった。 そう、逃げなきゃ! 私なんて、きっと弱いからすぐ殺される! 早く……もっと遠くへ!! 名前を呼ばれてからも、怜奈は同じことを考えていた。もう周りは何も見えなかった。ずっしりと重たい感じがするデイ パック、薄暗い廊下、そして玄関の先に広がる地獄。怜奈は耐えられなかった。 気がついたら、走っていた。走ることだけが取り得の怜奈は、ただひたすら走った。ゴールなんてあるはずないのに。 とにかく怜奈は走りつづけた。 どれほど走りつづけただろうか、気がついたら道の終点まで来ていた。 その場所は地図上で言うH=6エリアだったのだが、怜奈はまだ地図をも見ていないために、そんなことはわかる筈 が無い。とりあえずこれからどうすればいいのか、立ち止まる事にした。 立ち止まった途端、わき腹の辺りが急に痛くなりだした。ああ、準備運動しておけばよかった。 「そうだ……武器を」 そう独り言を言って、自分が肩に担いでいたデイパックのチャックを、そっと開けてみた。 その時だった。 しゅるっと何かが首、首輪の上辺りに巻きついたのを確認した。それがロープか何か、紐状の物だと確認した時には 既に遅かった。 「か…はぁ……!」 そのロープ……いや、これはロープなのか? 皮膚に食い込んだそれは、とても鋭利なようにも思えたし、とても熱く も感じた。必死にもがいてみるが、怜奈の指はその紐を掴む事さえ出来ず、そして同時に視界が真っ赤に染まってい くのを感じた。 あたし……死ぬの? 「こ…こんな………こと…で」 そう口で言葉にした次の瞬間だった。 サクッというレタスを包丁で切った時のような音がして、そして自分の首元から血が出ているのを確認。すなわちそれ が何を意味するのか、そんな事を考える暇も無く、その最後の痛覚を最後に怜奈は逝った。 そんな首もとのバックリ空いた穴から抜き出された紐、正確に言えば暗殺用のワイヤー線だったのだが、それはほっ そりとした腕によって抜き取られた。 怜奈を殺害したその人物は、だがその怜奈が開けたデイパックを見て、首をかしげた。 そこには、デジタル数字で10と表示されたパネルがあった。その数字がだんだんと減っていく事に気付いて、そして 起爆用の電子音があたりに鳴り響いているのを聞いて、本能的に危険だと感じ取った。 「いけない!!」 唐突に走り出した。どれくらい走ったろうか、30mは離れたというところで、突然後方にて巨大な爆音が聴こえた。同 時に爆風によって吹き飛ばされ、民家の壁に押し付けられたのだが、なに、たいした怪我ではない。 怜奈のデイパックに入っていた黒い塊、それは自爆用のTNT爆弾だったのだ。恐らく、はずれデイパックということに なる。僅かだがそのデジタル表記の隣の部分に青いパネル、すなわち光度計のようなものがついていたのだろう。 光が一定時間そのパネルにあたっていれば、爆発するという仕掛け、デジタル数字はその残り時間だったに違いな い。 なんだ、どっちにしろ怜奈、あんたは死ぬんだったんじゃない。 「でも、危なかった……」 怜奈を殺害した人物、長谷美奈子(女子18番)は、少し青白い顔をしながら、バラバラに砕けた怜奈の死体を見て、 そう呟いた。 女子32番 湯本 怜奈 死亡 【残り65人】 Prev / Next / Top |