西村鉄男(男子25番)が丁度死亡した時刻に、ある生徒がエリアE=3に足を踏み入れた。 彼は幸運にも支給武器に恵まれた生徒、友部元道(男子20番)である。 両手には片時も手放さずブローニング・ハイパワーを握っていた。第一回目の放送が終わってからは、それこそ厳重 に握り締めていた。決して、奪われることのないように。 彼も、既に誰も信じられなくなってしまった部類に入る。 放送よりもずっと前に襲い掛かってきた牛尾 悠(男子4番)、数少ない友達だと思っていたはずの悠は、簡単に自分 を襲った。躊躇せずに、そして説得にも応じずに。 そうなのだ。このプログラムは、人間を変える。幸せな生活から一転、恐怖のどん底に突き落とされた生徒たちは、 何とかして生き延びようとこのゲームに乗るのだ。たとえそれが親友を殺すことになっても、プロクラム中は一切の行 為が、仕方ない、で済まされてしまうのだ。 元道が分校を出た時、昇降口には坂本理沙(女子7番)の死体が転がっていた。もしかすると彼女も、ゲームに乗っ た悠に殺されたのかもしれない。いや、もしかすると他に呼ばれた女子2人も、悠の手によって殺されてしまったのか もしれない。 いや。だがどっちにしろ彼女達も誰かに殺されたのは確かなのだ。それは悠の可能性でもあるし、他の友達かもしれ ない。あるいはまったく友好関係のない人がした行為なのかもしれない。 だが、元道はあの時痛感した。 たとえ友達であろうとも、信じてはいけない。疑ってかからなければ、殺されてしまう。 殺される? 死ぬのか、僕は? そんなのは嫌だ。僕だって、みんながそう考えているように、生き残りたい。 そうさ、みんな生き残ろうと必死なんだ。だったら、僕だってゲームに乗っていいはずだ。 この68人、いや、今は65人にまで減っていたが、それらの生徒の中の頂点に立つことができれば、僕は生き残っ て、家に帰られる。暖かい布団の中で、ゆっくりと眠ることができる。 僕は、まだ死ぬわけにはいかないんだ。 いつの間にか、元道はエリアE=3に位置する工事現場まで来ていた。 きっとまだ建設中途で政府に追い出されたのだろう、打ちっぱなしのコンクリートの建物の脇に、“矢代郷土館建設予 定地”という看板が立てられていた。完成予定日は1月8日。本来ならば、一昨昨日に公開披露宴が楽しく開催され ていたはずの場所だ。 2階建てだが質素なつくり。しかも2階部分は土台が不安定で危なっかしい。雨風は防げるが、果たしてこんな所を 根城にしていいのだろうか。 迷っても仕方ないと思い、元道はゆっくりと中に足を踏み入れた。 誰も居ないと思ったから中に足を入れたのだ。 だが。 「誰?」 唐突に玄関ホールらしき場所の反対側の廊下側から、声が聴こえてきた。 元道は、誰か先客が居るということに気がついていなかったのだ。 ああ、どうしよう。できれば無駄な戦闘は避けたい。 でも、信じたらいけないんだよな。誰も信じないって決めたんだもんな。 「もしかして、元道……か?」 あれ? この声、よく聞いたことのある声のような気がする。 誰だっけ? 思い出せないな、顔を見ないと誰だかわからない。 「俺だ。峰村だ」 その声は間違えるはずがない、峰村厚志(男子31番)に他ならない。 そう、彼の数少ない友達の中の一人だ。だが。 彼も、悠と同じようにきっとやる気なのだ。自分を油断させておいて、殺すつもりなのだ。 「厚志…か。姿見せてよ」 「うん、わかった」 すぐ後に、厚志が姿を現した。170センチの身長、ほっそりとした体格にはとても感じられないほどの筋肉質の体を 持っている。吹奏楽部に所属していた、サックスが得意だったらしい。 さよならだ、厚志。これで、見納めだ。 「おい、何の真似だよ?」 出てきた直後、厚志が固まる。拳銃をまっすぐ構えている、元道を見たから。 元道は、ゆっくりと、声を出した。 「悠が、やる気になって、僕を襲ってきた」 「牛尾が……? マジかよ。まさかお前……」 「殺せなかった。撃ったって、当たったって、びくともしなかった」 「じゃあ、何で今度は俺を?」 沈黙。 数秒後、口を開いたのは元道だった。 「もう、誰も信じない。僕は死にたくないから、乗った」 直後、引き金にかけた指に力を込めた。 乾いた銃声と共に吐き出された弾は、だが厚志を掠めることはなかった。同時に元道は気がついたのだ。厚志の居 た場所に、突然煙が立ち込めているのを。 発炎筒だ、そう気がついたころには、既に厚志の姿はなかった。 また、逃したのだ。 「畜生ぉぉおおおっっ!!」 どんなに声を張り上げても、最早誰もそこに駆けつける者は居なかった。 当の厚志は既に、その強靭なバネを生かして、エリアE=3に居なかったのだから。 【残り64人】 Prev / Next / Top |