G=8、月光に照らされた木々の間。 そのぽっかりと空いた空間に、遠藤保美(女子3番)はいた。 信じるな。 出発後、保美が意を決して待っていた沖田大介(男子5番)から発せられたその言葉は、重く冷たく、保美自身にの しかかっていた。 大介を待っていたのに、私は何も言えなかった。 あんなチャンス、もう二度とないかもしれないのに、私は彼に言えなかった。 大介が好きだということが、言えなかった。 だから、守ろう。大介の言ったことは、守ろう。 誰も信じない。誰も信じることはないのだ。それが、大介の考えなら、私は大介に従う。大介の考えについていく。 友達の辺見 彩(女子20番)だって、伊達佐織(女子10番)だって、信じない。 もし見かけたって、絶対に声はかけない。 だってそれが、大介の考えなのだから。 保美は、出発してから、ずっとそう思い続けて今までこの空間にたった一人でいた。その空間は少し目立っていて、 発見される確立が意外と高めだったのだが、幸い周りには誰もいないらしく、誰にも見つかることは無かった。 自分に支給された武器は、何の冗談なのかわからない、とても有効に使えるものではなかった。だからというわけで はないが、既に優勝することは諦めていたし、もともとこのゲームに参加する気など微塵も無かった。別に死んだって 構わない。だが、保美はまだ死にたくはなかった。 もう一度、沖田大介に会うまでは、生きていたかった。自分の気持ちを、伝えたかった。 しかし下手に動くと、誰か、やる気になっている人物に殺される心配がある。探したくとも探せない。そんな矛盾が、 彼女を悩ませ続けていた。 自分は一体どうすればいいのか、保美は何度も自問し、そして結論『わからない』と答えた。 どうすればいいのかなんてわからない。ただ、沖田大介に出会えればそれで満足なのだ。 もう何回目かわからないほどに、保美は自問する。その時だ。 「あ……」 はっと気がついて、後ろを振り向いた。今、誰かの声がした。誰かの声が聞こえた。 そして、驚愕した。すぐ後ろに、肩からマシンガンを吊り下げて握っている与木 悟(男子34番)がいたのだから。与 木は、既に自分を見つめていた。そして、いきなり近づいてきたのだ。 ダレモシンジルナ。 シンジタラ、コロサレルダケダ。 コロサレル……? 「いやぁっ!! こないでぇ!」 生存本能が保美に働きかけた。保美は立ち上がり、踵を返して森の奥へと走り始めた。 後ろなんて振り向きもしなかった。振り向いたら、きっと与木が追いかけてくる姿を見るだけだからだ。 嫌だ、まだ死にたくない! なんでなんで?! いつの間に、この男はすぐ近くまで近寄ってきていたの? 誰も信じちゃいけないんでしょ?! 沖田君、ねぇ、そうなんでしょ?! この男だって、信じちゃいけないんだよね?! 「待て! 待ってくれ、遠藤!!」 予想通りだが、与木は追いかけてきていた。保美自身の自問にもその解答はこない。保美は、半ば狂い掛けてい た。死にたくない、その本能が、保美のスピードを高めていく。 「くるな! くるな、くるなぁぁっっ!!」 「違うんだ! 遠藤、止まってくれ!!」 森を走るのは困難なことだ。さらにスピードを上げてしまった保美は、そのスピードに勢いがつきすぎて、簡単に地面 に生えていた根っこに足をすくわれた。当然体が急に止まることはなく、思い切り顔から地面に倒れてしまう。スカー トが何かに引っ掛かって、ビリッと裂ける音がした。 既に保美はパニック状態に陥っていた。もうどうでもよかった。少しでもこの男から逃げたかった。だが、右足に引っ掛 かったその木の根はがっちりと食い込んでいて、離れなかった。 与木はスピードを緩めて、そして保美の近くで止まった。そして、しゃがんで言った。 「遠藤……、お前のこと、探してたんだ」 その言葉を聞いて、保美は暴れるのをやめた。それまで自分の体内を巡っていた危険信号が唐突に止み、冷静さが 彼女に戻っていった。何故だかはわからない。 「与……木、君?」 「遠藤に、言いたかったんだよ。ずっと、ずっと気になってたんだよ、お前が」 指定のワイシャツを着ないで、今は赤いシャツを着ている。耳にはピアスを付けていて、ギターを弾くことが大好きとい う、いつものおちゃらけた与木の姿ではなかった。真剣な眼差しをしていた。 大介に出会った時と、それは似ていた。 「好きだ、遠藤。これが、言いたかった」 ドクン。心臓が高鳴るのを感じた。そんな、そんな! 違う、自分は告白されるような奴じゃない。自分は、告白しなけ ればならない側なのだ。なのに、なのになんで……。 「どうして……? どうして、どうして私なの?!」 「一緒に、いて欲しいんだ。お前を、守りたいんだ」 与木は、アラバイダ9ミリ・サブマシンガンをそっと肩から下ろすと、地面に置いた。 その顔は、笑っていた。ちょっぴり、切なさが混じっている。 「これで、お前を守る。そうしたかったんだ」 トクン、心臓の鼓動が早い。 突然の出来事に、保美は沖田の言ったことなどは全て忘れて、目の前の与木をじっと見つめていた。 【残り57人】 Prev / Next / Top |