エリアF=4、矢代中学校。 生存している兵士数、僅か12人。半数以上が瓦礫の下に埋もれている。 そういう意味で、米原秋奈(女子23番)が仕出かした行為はとんでもなかった。倒壊した校舎の西側に待機していた 兵士(主に仮眠を取っていたりした者達だ)は大半が崩れてきた校舎の下敷きとなった。もしかするとまだ生き残って いる人物もいるかもしれないので、念の為捜索班を結成し(とはいえ4人という情けない数ではあったが)現在は必死 に校舎内を走り回っている。 何しろ時間がない。備え付けの消火器や予備の貯水タンクを利用してなんとか大火災になることは避けたものの、急 がないと建物自体が古い為、最悪の場合、倒壊する恐れもある。肝心のメインコンピューターがある職員室は奇跡的 にもあまり損傷はなかったものの、入口が柱の倒壊などにより若干塞がり、またその近くに設置してあったメインコン ピューターと繋がっているパソコンは半数が大破した。もっとも、現在残っているデスクは軽く12個以上はあるので大 した問題にはなりそうもないが。 というわけで、米原秋奈は多数の兵士を殺害した。その点では、恐らくこのプログラムの成績としては最も優秀であ ろう。勿論、そんな記録が認められる筈はないが。 道澤 静(教官)は、その悲惨な光景を尻目に、作業に没頭していた。 我ながらいいルールを考え付いたものだ。本来なら、プログラム中に重大な事件ないしは事故が発生し、続行が困 難になった場合、強制的にプログラムを中止することが出来るというルールに則り、現段階で生存している生徒全て の首輪を爆破させ、優勝者無しという形でプログラムを終わらせることが可能だ。 だが、どんなことがあろうとも、道澤はこれだけはやりたくなかった。それは彼女の少し曲がった優しさというものなの だろうか、とにかく道澤静という人間は、自分で手を下すということはしなかった。だから、どうしても自らの手で生き 残る可能性のある生徒を殺害したくなかったのだ。 しかしそれでは他の大人達は納得してはくれまい。これだけのことをされて、しかも政府側にも多数の死者が出てい るのに対して生徒側にはなんのペナルティも与えないなんて、そんなバカな話があるか。そりゃごもっともで。 だから必死に考えて考え抜いた結果、脳裏をよぎった一つの特別ルール。 それが、次の放送までに誰かしらを殺すという、例にないルールだ。 そう、そのルールを宣言したとき、残り人数は44人いた。そして今必死に過去の資料を漁って作り上げたデータによ ると、爆破対象者は37人。順よく殺し合いが始まったとしても、少なくとも次の放送までに18人は名前を呼ばれるの だ。となると、残りは26人。まだまだ多いものの、実際にはもっと多くの生徒が死ぬだろうし、このプログラムに積極 的に参加していると思われる唐津洋介(男子8番)、粕谷 司(男子7番)、辻 正美(女子11番)、長谷美奈子(女子 18番)あたりなら隠れていた生徒が動き出すと予測して狙い撃ちにする可能性は充分にある。もしかすると、残り人 数は今の半分以下、さらにいけば一桁にまで低下することも考えられた。 勿論未だに何も行動していない者はそのまま何もしないで首輪を爆破されるのは流石に嫌だろう。だったら必ず誰か を殺すとまではいかなくとも、発見する為に移動を開始するだろう。勿論、それで発見したら戦闘状態になるであろう し、新たなるジェノサイダー誕生ということもありうる。 その時だ。ピロリロリロと、甲高い電子音が鳴り響いた。ブレザーの内ポケットに入れた携帯電話が、どうやら鳴って いるらしい。 道澤は一旦作業をやめて、通話ボタンを押した。そっと、耳に押し当てる。 『私だ。道澤君、大丈夫だったかね?』 凛々しくも、年相応の立派な声だ。この声は、教育長。 何度も会席の際に向かいの席に座ったりしているので、彼とはそれなりの付き合いがあった。どうやら向こうはこちら に気を寄せているようではあったが、自分自身にはそんなには興味はなかったので、あくまでも酒付きあいだけで通 すつもりだった。 その教育長が、何故? 「あ、教育長……えぇ、はい、大丈夫です」 『そうか、なんともなかったか……いや、よかったよかった。いや、衛星から確認したんだが、本部が爆発して崩壊し たという連絡を受けたのでな、気になって電話したんだ』 「そうでしたか……わざわざありがとうございます」 『で、そっちの被害はどんなものなんだ?』 隣に座っている生き残った12人のうち、捜索活動をしていない8人の姿を見て、溜息をついた。 40人近くいたというのに、二班制で交代で勤務していたおかげで半分が完全に瓦礫に埋もれた。放送時に本部にい た兵士も、入口付近にいた6人が埋もれ、また助けようとして1人が崩れてきた柱の下敷きに、もう1人は消火活動 中に全身に火傷を負って無惨な死を遂げた。 「私を除いて……専守防衛軍兵士の生き残りは12人です」 『12人……! それしか残っていないのか……。それで、プログラムはどうする気だね?』 「……続けるつもりです」 『犯人は生徒なんだろう? 強制終了しても仕方のないことでは?』 「犯人の生徒は私が射殺しました。ですが他の生徒に責任はありません。ですから、私はプログラムを続行するつも りです。……ただ」 『ただ?』 「やはりそれだと後々問題になるので、ペナルティをつけることにしました。そこで教育長、ペナルティとして新しくル ールを独断で制定したのですが、その許可をいただけないでしょうか?」 『特別ルールというわけか。どういうものだ?』 「現在の進行状況は伝わってきているかと思いますが、かなりスローペースです。ですから、次の放送、即ち今日の 正午までに未だ戦闘実験のルールに背きクラスメイトを殺害していない者を対象に、タイムリミットを設けました」 『ほぅ、タイムリミットか』 「はい。もしも次の放送までに誰かしらを殺せなかった場合、その生徒の首輪を爆破します」 『……対象者は何人いるんだ?』 「そのルールを決めた時点で……生存数44名中37名です」 『そんなにいるのか……?! まぁ、強制終了よりはマシだろうな。よろしい、やってみたまえ』 「……はい、ありがとうございます」 『その代わり、一つ条件がある』 突然の展開。条件だって? 一体、それは……。 『中学生が本部を爆破するほどの能力を持っていたとは非常に考えにくい。少し危険かもしれないが、今回の事件の 黒幕、まぁその中学生を支援した者を割り出して欲しいのだが……大丈夫かね?』 「そうですか……頑張ってみます」 『そうか、無理はするんじゃないぞ。じゃあ、切るから。頑張れな』 「はい、わかりました。わざわざありがとうございました」 プッ、と通話が切れると、道澤は再びふぅと溜息をついた。 なるほど、確かに中学生がこれほどの爆弾を作れる筈がない。多分、誰かの支援を受けているはずだ。そしてその 人物を割り出して欲しい……か。 試しにどれだけの力か、試してみようか。 「蒔田君、ちょっとこっちへ来てくださらないかしら?」 【残り41人 / 爆破対象者33人】 Prev / Next / Top |