遠山正樹(男子19番)は、エリアH=7の森の中に一人佇んでいた。 中学校を出発してから奇跡的にも誰にも遭遇することなく、彼は今まで平穏でいられた。 そう、あの死体を見るまでは。 今は禁止エリアとなってしまっている隣のエリアH=8に、その死体はあった。その死体の様子は比較的綺麗だった のかもしれない。少なくとも、中学校の入口のところで斧が頭に突き刺さって死んでいた坂本理沙(女子7番)や、近 くの街道の終わり辺りに散らばっていた肉片(誰だかわからない。でも、多分女子だったと思う)よりはまともだったと いえる。 そう、親友である彼は、安らかな顔をしていた。 「なぁ、ちょっと聞いてもらいたいことがあるんだ」 仲のいい3人組。というよりも、仲間がいないという共通点を持ち、次第に似た者同士で集まったというほうが正しい のだろうか。とにかく、僕と彼、そして芳賀周造(男子26番)の3人は、毎日一緒に下校していた。 僕は背が低かったし、ちょっとくしゃくしゃっとした天然パーマだった。もしも眼鏡をかけたらそれこそ福本五月(女子1 9番)のそっくりさんになってしまう。それが嫌だからというわけではないが、中学二年の時に急激に視力が低下した とき、僕はあえて眼鏡じゃなくコンタクトレンズにした。 彼も、そのルックスからクラスからは敬遠されていた。僕もはっきりいって話し辛かったのだけれど、結構根はいい奴 で、あっさりと打ち解けることが出来た。子供が大好きだといっていたけれど、向こうは顔を見るだけで逃げてしまうん だ、って少し悲しそうな顔して言っていた。 シュウは、特に何の特徴も無い。顔だってそんな不細工ではないし、どうして誰とも話さないのかわからなかった。自 分から話しかけることが滅多に無かったから、次第にクラスの中でも孤立していったものの、打ち解けると案外知識 が豊富で、言い合いをしたらまず勝てそうも無い奴だった。 まぁ、とにかく、この3人が3年生で一緒のクラスになったとき、僕は色々と話しかけてみたんだ。なんせ68人もクラ スメイトがいるのに、孤立しているなんて悲しすぎる。そうやって行動に出たのが正解だったようで。 「どうしたの、シュウ?」 そう、それはある日の出来事だった。 珍しくシュウが自分から話しかけてきたので、何かあったのだろうって、思った。 「……あのな、従兄弟のカツっていただろ?」 カツ。本名を丸茂克己といって、シュウの従兄弟だとかよく言っていた。とは言っても、僕は直接喋ったことはなかった し、まぁそんな人もいたなぁくらいしか思い浮かべなかった。 「そいつがどうかしたのか?」 「……プログラムで死んだんだ」 プログラム。その単語を聞いた瞬間、全身に衝撃が走った。 そう、僕達中学三年生誰もが恐れる、共和国の開催する戦闘実験という名の殺人ゲームだ。もっとも、僕達はあの頃 はそんなのは関係ない、自分達とは無縁だと思っていたけれど、その時、初めて僕はプログラムの存在を間近に感 じたんだ。 「ま、まぁ……そうか。それは大変だったな」 「元気出せよ、シュウ。苦しいんだったら、俺達が相談に乗ってやるからさ、な?」 「ありがとう……。じゃあ、一つ相談に乗ってくれないかな?」 「ああ、いいぜ」 「勿論さ」 「あのさ……もしもうちらがプログラムに巻き込まれたとしたら、どうすればいいと思う?」 相談に乗ることは成り行きであっさりと決めてしまったが、こんな質問が来るとは思ってもいなかった。 返答に困っていると、シュウは再び口を開いた。 「うちはさ、もし生き残って家に帰ったとしても、きっとお母さんとかは悲しむと思うんだ。そりゃぁ、生き残って帰ってき たってことは、クラスメイトを殺してきたわけだからね」 「シュウ……」 「だから……やっぱりなにもしないで、素直に殺されるのが一番なのかなって、思って、さ」 背筋が凍るのが、なんとなくわかった。どうしてそんなことが言えるのか、わからなかった。 だけど、よくよく考えてみると、それが一番なのかもしれない。そう思ったときだ。彼が、口を割った。 「俺はそうは思わないな」 「テツ……?」 「俺だったら、躊躇せずにクラスメイトを殺しまわる。そして、絶対優勝してやるな」 「そんな、テツ……! 嘘だろ?」 「いいや、本気だ。何もしないで素直に殺されるって言うのは俺のプライドが許さない。どうせなら、やるだけのことは やって死にたいな。たとえそれで俺が相手に殺されたとしても、その時はその時だ、仕方ない。それに、俺みたいな 肝っ玉のちっちゃい野郎は簡単に精神錯乱状態に陥って、無茶するに決まってらぁ」 そう、確かにその時彼は、躊躇せずにそう言い切ったのだ。 それはすなわち、この戦闘実験に積極的に参加することを示しているわけで。 「だからな、もし選ばれたんなら出来るだけ俺には近付かない方が身のためだぜ。俺だって、流石に親友は殺したく ないからな」 にやりと笑って、彼は僕達に微笑みかけた。 確かに、それは彼らしい考えだったし、まぁ彼の性格を考えれば間違いなくそういった行動に出るだろう。 だけど。 あの時はただ、笑うしかなかったんだ。 彼はそうやってブラックなネタで僕達を笑わせてくれた。だから僕は何も言い返すことはしなかったんだ。 だけど。 だけど。 だけど。 「やっぱり、テツはやる気だったんだよね。そして、やられちゃったんだよね」 2回目の放送であっさりとその名を耳にしてしまった。 そして先ほど、その死体を見つけた。満足そうな顔をしていた。やるだけのことはやったんだ、みたいな。 「ホント、バカだよ……テツ」 親友、西村鉄男(男子25番)の死体は、今もまだ、禁止エリア内に放置されていた。 【残り41人 / 爆破対象者33人】 Prev / Next / Top |