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 G=7、なだらかな丘にて。
 4人の女子生徒は、慎重に歩を進めていた。


 特に何をしていたわけでもない。積極的に殺し合いに参加しようとしていたわけでもない。だが、かといって殺し合
いに参加しないような呼びかけを行ったわけでもない。本当に、何もしなかった。
ただ、F=6にあったマンションの一室に隠れていて、たまたま禁止エリアの指定を受けてしまったからそこから皆で
ぞろぞろと出てきて、幸いにも発見されることはなくて。そして、特別ルールの施行。
仲間内で殺し合いなんか出来るはずがない。そう言ったのは、意外にも合流したときにはビクビクとしていた八木 雫
(女子31番)だった。彼女に支給された大振りのナタは、充分な殺傷能力を持っていたし、その気になればいつだっ
て自分達を裏切ることは出来たのだ。だけどそれはしなかった。彼女は極度に独りぼっちになることを恐れていたし、
またこのまま何もしないでいるほうが、生き延びる確率は高いと踏んでいたのかもしれない。
そう、彼女は言ったのだ。


 ―― 仲間内で殺し合いなんか出来ない。だったら、他の連中を殺すんだ。


最初の頃は誰もが彼女の考えを否定した。殺し合いはしないと誓ったじゃないか。自分達は、最期まで政府の連中
に抵抗するんだ、と。
だが、雫は続けた。このまま政府に殺されていいのか。それだったら、私はクラスメイトに殺されたほうがマシなんだ
と。そして、この意見に賛成し、同様に他の連中を殺そうと決意したのが、同じく殺傷能力を持っている出刃包丁を支
給された、実室久美(女子28番)だ。久美も、最初の頃はどうしようどうしようと繰り返し呟いていたが、時は人を変え
るものだな、とつくづく思った。だが、それは雫に比べたら中途半端な覚悟らしく、包丁を握る手もなんだかガタガタと
震えていた。言っちゃ悪いが、とてもじゃないけど戦って勝てるようなタマではないと感じた。
結果的に、4人で行動するといってもこの2人が誰かを探す為に前を独占している形で、私、保坂直美(女子21番)
はその後ろを支えるような形となっている。支給された武器はアウトドアナイフ。殺そうと思えば殺せないこともない、
なんとも曖昧な武器だった。尤も、私にはそんな積極的に殺し合いに参加しようなんて意思は全くなかったわけで。
それは私の後ろで後方の守りに徹している脇坂真由美(女子33番)もそうだった。実を言うと、彼女に支給された武
器こそがこのメンバーの中でも一番強い部類に当たる。それはマウザー C96という名の大型の拳銃だ。装弾数は1
0発とオートマチックにしては少なめだが、まぁ今まで一回も使った事はないので詳しいことはわからない。彼女は私
のようにはっきりと参加する意思がないことを主張してはいないが、かといって積極的に殺そうとしているようには見
受けられない。あくまでも自分の命を守ることに徹しているようだ。
思えば、真由美はその女の子にしては体つきのよさが男子にも負けないほど目立っていたし、声にも張りがあって、
何かと大きな支えになっていた。普段から無口だったけれども、言うことは全て的確に的を得ていて、はっと気付かさ
れる面々も多い。今の直美にとっては、真由美こそが一番頼りになる存在となっていた。

 そして、行動を始めて4時間弱。未だに獲物は発見できていないらしい。残り時間は2時間しかないということから、
そろそろ前の連中にも焦りが出てきたようだ、自然と歩くペースが上がっているのに気づき、それとなく諭す。

「ねぇ、ペース上がってるわよ」

「え? あ……そういえばそうだね。ゴメン」

位置で言えばG=7、マンションから出発してふらふらと辺りを散策しながら移動しているので、直線距離にしたら短
いが本当はその何倍も歩いているのだ。ろくに食事休憩も取っていないし、疲れたといえば疲れた。
ここは軽い丘のようになっていて、この丘陵の向こう側には山へ続く山道が走っている。向こう側はよく確認できない
が、乗り越えたところからの眺めは壮大なものなのだろう。この先からは、先程から度々銃声が聴こえてきている。そ
う簡単に相手も移動するとは思えないから、この向こう側には確実に私達以外のクラスメイトが、それも多分『敵』が
潜んでいるはずなのである。

「気をつけて。この先には、あの銃をぶっ放している奴がいるんだからね」

「わかってるよ。心配しないで」

私の弱気な発言に、雫は笑顔で答える。すばしっこい雫はちょろちょろとメンバーより一足早く、丘を駆け上がってい
た。私の本心としては、誰も死んで欲しくはない。出来れば、みんなで無事に、もっと……長く。
その思考は、中断せざるをえなかった。


 ぱぱぱぱ。


突然、その銃声が聴こえた。それは、割と近く。この丘を越えた、先で。
丁度雫が丘を乗り越えて、向こう側の眺めを見たときだった。

「雫?!」

雫が、その眺めの良いステージで、奇妙なダンスを踊っていた。そしてそのまま仰向けに倒れ、ゴロゴロと陸を勢い
よく転がり落ちてくる。脳裏を、先程の自信満々の雫の笑顔が過ぎった。
地面との摩擦の関係で、雫の体が都合よく私達の目の前で止まる。仰向けに見せたその顔は眼をつぶっていて、苦
痛の表情で歪んでいた。そう、歪んでいただけで、もう、動いていなかった。
腹部の白いワイシャツは紅く染まっていて、腹部、胸部を撃ちぬかれたのか、穴が空いていた。それを見た瞬間、雫
が既に死亡しているのだと、わかった。

 次の瞬間には、私も久美も丘を駆け上がっていた。一体この向こうで何があったのか、それを確認しなければなら
なかった。それが、委員長としての私の務め。それが、義務。久美とほぼ同時に丘から姿を現し、向こう側を見たとき
だ。逆光の影響で、一瞬だけキラリと光ったその姿。遠めでよく見えないが、ぼんやりと見えたその学生服。その手
元から、ノズルフラッシュが何度ものぞく。


 ぱぱぱぱ、ぱぱぱ。


その痛みは唐突に訪れた。
衝動的に行動してしまい、後先を考えずに突っ走ってしまった結果、なんとも呆気なく、私達は雫の二の舞となった。
久美と共に私はゴロゴロと、まるで先程の雫の姿をリプレイさせるような動きで丘を転がった。そして、その動きもや
がて止まり、後は腹を引き裂かれたような激痛が私を襲うだけだった。

「久美ぃ……!!」

苦痛を微塵にも見せなかった久美の方を眺めると、それは既に『久美』ではなかった。その頭は弾けとび、その華奢
な体は引きちぎれかけていて、無論、死んでいた。
ああ、やっぱり。そう思う私がいた。きっといつかはこうなることはわかっていたのだ。何もしないと決めた時点で、私
達は何も出来ないまま死ぬことくらい、わかっていたのだ。
顔を上に向ける。そこには、何が起きたのかまだ理解できていないような、ポカンと口を開けている真由美がいた。

「あ……ぁぁ、な、直美ぃ?!」

「……逃げなさい」

「直美? 大丈夫?!」

「真由美! 逃げなさい!! 早くっ!!」

そう叫ぶや否や、はっと何かが取り付いたように、真由美は走り出した。その姿が完全に見えなくなるのを確認した
途端、ガクッと力を奪われそうになった。
ああ、このまま私は確実に死んでしまうのだな、と感じた。本当に、呆気ない幕切れだった。一体、私達は誰に殺さ
れたんだろうか。一体、誰がこんな酷い仕打ちを、したのだろうか。

 目の前に、足があった。
それは大きな靴。聳え立つ大きく見える体。見上げると、太陽光の下、その凍てついたような視線が私を見ていた。
私がまだ生きているということに気が付いたのだろうか。その人物は、持っているマシンガンを構えると、ジャキンと音
を立てて、私のほうへと銃口を向けた。

「か……ら…………」


 ぱぱぱ。


その聴覚を最期に、私は終わった。
私の頭部は完全に弾けとび、見るも無残な形と成り果てた。



 唐津洋介(男子8番)は、残る一人が逃げた方向へと顔を向けると、再びそちらの方へと走り出した。




  女子21番  保坂 直美
     28番  実室 久美
     31番  八木 雫     死亡



   【残り22人 / 爆破対象者11人】



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