その叫び声を聴く前。 最初に異変を察知していたのは、小夜子だった。 「……なぁんか、嫌な感じがするわね」 「え、そう? 恵美ぃ、なんか感じる?」 唐突に小夜子が言い出した。私語は敵に察知される危険があるからなるべく慎むようにと言っていたのだが。その 約束を一番最初に放棄したのが言った本人であるのには驚いたものの、内容が内容であるだけに、気を引き締めた。 その言葉を聞くと、早速利子はデイパックから探知機を取り出して、画面とにらめっこを始めた。程なくして、声を潜め て立ち止まっている小夜子にそっと、ささやいた。 「えーとね……ここからそう遠くない位置に、女子18番がいる。えーと、誰だっけ?」 「うーんと、マ行じゃなくて……えーと、パス。恵美」 小夜子は少しだけ考えたみたいだけど、とてもじゃないけど出席番号なんて簡単には覚えられない。私みたいに最 後だったり、快斗みたいに最初だったりするとわかり易いものなのだけれども。 どちらにしろどうでもいいことにはそう深く考えない小夜子の性格を考慮していたので、既に取り出しておいた地図 (兼クラス名簿)に目を通す。赤いボールペンで多くの生徒に斜線が引かれている中(情報端末機はまだ電池切れの 心配はないらしく、正確に死者の名前を表示し続けていた。残り人数は、もう15人しかいない)、女子18番はまだ斜 線が引かれてはいない。その名前を見て、なんとなく納得できた。そう、彼女の名は。 「長谷美奈子、だね」 「ああ、長谷さん。長谷さん……か、成程ね」 女子の中では不良として定義付けられているグループの中のリーダー格、長谷美奈子(女子18番)。朝見由美(女 子1番)や、現在はもう死亡してしまっているが成田玲子(女子13番)とはいつもつるんでいた。特に朝見由美。彼女 の存在のお陰で、私と快斗は2人きりで出発する羽目になったのだ。そういえば、朝見由美もまだ死んではいない。 先程端末機に幼馴染の磯貝智佳(女子2番)の名前が表示されていたが、それは果たして朝見が殺したものなのだ ろうか。それはわからないけれど、もしも次の放送で名前が呼ばれなかったとしたら、その可能性は高い。 「長谷の奴、多分見張ってるんじゃないかな」 突然、小夜子がそんなことを言い出した。利子が慌てて口を挟む。 「え? それって……既にうちらの存在がバレてるってこと?」 「そうなるわね。だって、そうじゃなかったらなんで見張られてる感があるのよ?」 ふと、不安が体を襲う。 おぞましい、考えが浮かんで。 「待って、小夜子。じゃあ……私達いつ狙撃されてもおかしくないんじゃない?」 「だったらとっくに撃ってきてるわよ。彼女の性格考えて御覧なさい。……ね? だけどなぁんか企んでる気がするの よね。ま、でも下手に反応したらヤバイと思うから、とりあえずは気付かない振りをしておいた方がよさそうね」 その時だ。どの方面だかわからないが、どちらからか、何か声が聴こえてきた。 なんといえば言いのだろうか。なんか、こう……雄叫びみたいな、そんな感じの声が。 「誰?」 「あ、探知機に反応あり。女子24番だってさ。長谷さんに近付いてるよ」 小夜子が眉をひそめて疑問符を並べるとほぼ同時に、利子が探知機でその答えを述べた。こういうとき瞬時に行動 できないのは痛いかもしれない。 初めての松葉杖は非常に扱いづらく、何度も何度も転びそうになってしまった。しかもよくよく思えば、この足の痛み は次第に薄れていく感じがしているのだ。もしかすると捻挫は捻挫でも、軽く捻っただけですぐに治るものなのかも知 れない。どちらにしろ現時点ではまだ痛みもあり意識すると電気が流れるので、関係のない話ではあったが。 「2人とも、聞いて」 唐突に、小夜子が言った。その顔は、真剣だった。 「長谷は間違いなくアタックしてくる。だから、2人は逃げなさい」 「え?」 2人同時にハモってしまった。何かの冗談かと思ったが、小夜子の目は真剣だ。 キョトンとしている私達に向けて、更に小夜子は続けた。 「長谷は悪知恵だけはあるからね、きっとアタックしてくるに違いない。その時、無事でいられるかどうかはわからない の。実際恵美は足を痛めてるし、利子だって残り時間少ないんでしょ? それに2人とも大事な人を探しているらしい し、今ここで死ぬわけにはいかない。そうでしょ?」 「それは……そうだけど」 「でもさぁ、まだ30分あるし、平気だよ。チャッチャカすませて奈木君とこ行きゃいいんだし」 利子のその軽はずみな発言にも驚いたが、確かにそうだ。1人で戦うよりも、3人で戦った方が勝てる可能性は高い のだ。 その時、気が付いた。小夜子の目が、鋭くなっているのを。それはまさしく、目の前で易々と関本 茂(男子15番)を 殺してのけたときの顔だ。 「足手まといなのよ。貴方達を庇う余裕なんてないの。いいから、早く行きなさい」 「なっ?!」 利子が、そのあからさまに冷たい態度に対して怒ったような素振りを見せる。 だが、その小夜子の真剣な目つきを見ると、だんまりとなった。その目は、本気だったから。 「お願いだから」 強い、光だった。 その瞳の奥には、確固たる意思が灯っていた。 駄目だ。誰も、小夜子に逆らうことなんて出来ないのだ。 彼女は、強い人間なのだと。 いつか、私も小夜子のように強くなりたかった。 強く、毅く。そう在りたかった。 「……わかった」 だから、肯定するしかないのだ。ここで反発しあって別れるよりも、すっきりとしてしまった方がいい。すっぱりと割り 切らなければ、正しい選択をしていかなければ、この先生き残るのも難しいのだ。 利子も、反論せずに背を向けた。その背中からは、いつものような明るい利子ではない、恐らく『地』の利子が、垣間 見ることが出来るようだった。 利子も、そうだ。 いつもはおちゃらけているように思えるけれど、実際は人一倍思いやりの強い子なのだ。兄である砂田利哉(男子1 4番)をいつも困らせるようなお転婆振りをしていたが、それもみんなを明るくさせるため。いつだって、利子は自身を 犠牲にして、他人に対して明るく振舞ってきたのだ。 そうでなければ、あの場で、泣いたりなんかしなかった筈だから。 「死んだら……許さないからね」 「頑張ってみるよ」 利子の切実な願いを受け止めるように、小夜子はスカートに差し込んでおいたジェリコ941を抜き出していた。 そして、首で私達を促すと、そちらの方面へと顔を向けていた。 「行きなさい」 「うん、じゃあ……また」 少し、歩き始めたときだ。後方で、誰かが叫んでいるのが聴こえた。それは、多分。 小夜子は黙ってそちらの方に歩き始めると、もう私達の方へ振り向くこともなく、その茂みの奥へと、消えていった。 「恵美。走れる?」 突然、前を行く利子がそう言った。 松葉杖は森を歩くには少々邪魔ではあったし、移動速度も通常より遅い。 「わからない……痛み自体は薄れてきてる。なんで?」 とりあえず、理由を聞く。 「えへへ、実はね。あたし、奈木君が何処にいるか知ってんだ」 「え? そうなの?!」 それは初耳だ。ならば、どうしてわざわざ正反対の方向へとやってきたのか。 そのことを問いただしても、明確な返事は来なかった。ただ、少し困ったような顔をして、えへへと笑っている利子が、 切なかった。言いたくないことでも、あるのだろうか。 その時だ。 後方で、銃声が一発、響いてきた。 「小夜子……」 「行こう、恵美。時間がない」 利子が、その銃声を無視するかのように言う。 本当は心配しているのだろう。だけど、そこまで割り切ることが出来る利子は、毅かった。 間もなく、長針は7の文字盤を指し示そうとしていた。 【残り15人 / 爆破対象者3人】 Prev / Next / Top |