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 本当に、それは奇跡だったのかもしれない。
 目の前に現れた敵。勝ち目なんか、一欠けらも無かった。


  ぱぱぱぱぱ。


 襲撃者、唐津の姿を確認したと同時に、あたしは右へと跳んだ。
全て弾を避けられたらよかったけれど、残念ながらそうはいかない。あいつの放った銃弾の一発は下腹部を貫通し
て、また一発は脇腹を掠めた。その瞬間は、痛いというよりも、電気が迸ったという表現の方が適切な気がする。茂
みの中に転がり込んだ際に、ちりちりと何か体が焼けるような痛みを感じた。
だが、四肢は無事だ。痛みなんて我慢してしまえば走ることだって可能だろう。マシンガンの弾もライフルのようなも
のではなく、一発が軽い怪我で済むそうなものだ。体に支障をきたすことなんか、ない筈だ。


  ぱぱぱ、ぱぱぱぱ。


唐津の襲撃は続いた。あたしが転がり込んだ茂みに向けて、マシンガンを掃射している。周りの草が、びしびしと弾
けているのがわかった。闇雲に撃っているだけでは当たらないだろう。だが、相手はマシンガンだ。弾は大量に所持
していると考えた方がいい。

 一瞬だけ乱射が途切れる。その隙に、ジェリコを抜き出して、唐津の方に向けて二発。単発の銃声が、静まり返り
そうになる森を戦場へと引き戻す。だが、そこまで。次のパラベル弾が襲い掛かってくることは、なかった。
狙い通りだ。これで唐津は、あたしも銃を所持していることに気付いた。つまりこれは銃撃戦になることは明らかだ。
無理をして殺そうとしたら、逆に殺される可能性だってある。例えその可能性が低いとしても、たった一発の銃弾は、
人の命を簡単にもぎ取ってしまう。
大きく深呼吸をする。今頃痛みが襲ってきやがった。腹部を押さえていた左手を見ると、真っ赤な血がとろとろと流れ
出ていた。その傷を見た瞬間、ぞっと寒気がした。少しだけ、今までに殺してきた奴らの画像がフラッシュバックする。

 寒い。

 その寒気は、火照った体に冷静さを取り戻す。
 そして、突然、ある疑念が浮かび上がった。


  ―― あいつは……どうしてやる気になっているんだ?


 唐津洋介という男の知識を取り出してみる。まず、あいつはメチャクチャ頭がいい。顔は……ダメだな、あんな細目
じゃ、ガンつけてるようなもんだ。運動神経はさりげなく凄い。ただ、無口。あたしも一度も喋ったことがない。以上。

 ……で、今の知識の中に、何処にやる気になる要素があるんだ。
大抵やる気になる人間は、それ相応の覚悟を持つだけの理由があるだろう。あたしだってそうだ。人を殺すという禁
忌を破ってまでも叶えたい願いがある。その為には、優勝するしかないんだ。
でも、あいつは何の目的で優勝したいと考えるんだ? ただ生きたいから、死にたくないからなんてメチャクチャだ。目
的も無いのに生き続けようなんてなんてバカな話だ。そんな奴、生きる資格なんかない。
だけどあたしは違う。今までの不良というレッテルを貼られたまま生きるなんて嫌だ。違う、あたしはこのゲームに勝
って、人生をリセットするんだ。そして、もう目的を見失ったりしない。新しい人生は、自分自身で決めていく。親の言
いなりになって、全てが狂いだしてしまわないように……生きる。

 だからあたしは人を殺す。自身の人生のリセットの為なら、どんな手段でも使ってやる。

なのに唐津はどうだ。まだこの世界に未練があるのか。
あぁ、覚えているともさ。そのマシンガンの音。何度も鳴り響いて、そして何人もの命を奪ってきたんだろうその音を。
それだけの人数を殺すだけの意思と目的が、唐津にはあるのか。生きていても楽しそうに思えない、誰とも積極的に
関わろうとしない無口な唐津。お前が生き延びたところで、何か劇的な変化があるのか。


 もし……もしもだ。
 お前が目的も無く、ただ『生き残りたいから』人を殺すのなら。



  お 前 は 、 最 低 だ 。



 生きる資格なんか、ない。

 ……そんな奴にあたしは負けない。

 あたしは、あたしは絶対に死なない……!

 死んで、たまるか……絶対に、生き延びてやる……!





 再度、響き渡るマシンガンに対して、美奈子は、決意した。
 狂気への階段を、一歩ずつ上りながら。





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