じっと、唐津が隠れた木の幹へと標準をあわせる。 少しでも顔を出そうものなら、すぐに撃ち殺してやるつもりだった。 ……だが、唐津はなかなか出てこない。 ―― まさか、あいつ……弾詰まりを直そうと……? させるか。 バンッッ!! 引き金を絞る。飛び出した銃弾は、唐津の潜む木の幹に辺り、そして弾き飛ばした。一瞬だけ、その場で茂みが揺 れて音がする。間違いない、まだ唐津はあの場所に居る。 精神的に追い詰めていくのだ。本心から殺し合いに参加したくないのなら、肉体よりも精神を崩すほうが遥かに簡単 だ。焦らせて、生じる隙に付け込むのだ。 その瞬間。 「……?!」 突如、唐津が木の幹から飛び出してきた。あまりにも突然のことだったので、うろたえてしまう。 すぐに撃とうとして、気付いた。こちらはたった今撃ったばかりだ。すぐに連続で引き金を絞ることは出来ない。……ま さかあいつ、あたしが撃つのをじっと待っていたんじゃ……?! 唐津の姿を、一瞬だけだが捉えた。肩から釣っていたマシンガンに、手をかけてはいない。代わりに、手に握ってい たのは、マグナム銃。その銃口は、間違いなくこちらの方を向いていた。 ―― あいつ、マシンガン以外にも銃を?! 考えれば不思議なことではない。唐津はやる気になっているのだから、他の殺害した生徒から銃器類を手に入れて いてもおかしくないのだ。恐らくあのマシンガンだって、もともとの支給武器ではなく、誰かから奪い取ったものなのだ ろう。 そして……あいつは多分、まだ他にも銃を持っている。なんだ、マシンガンを潰しただけじゃ、全然安心できないじゃ ないか。畜生め。 パァン! 乾いた一発の銃声が鳴り響く。 銃弾は、咄嗟に身を屈めたあたしの左肩を貫いた。もしも動いていなかったら、確実に心臓を撃ち抜かれていた。そう 思うと、その天才的なまでの精度の高さに、ぞっとした。 駄目だ、あいつをあなどっちゃならない。たとえ本心からやる気でなくとも、殺人に対することに関しては容赦が見受 けられない。なんなんだ、あいつは? 一体……何者なんだ? 二度目の銃声が鳴り響くときには、既に美奈子は駆け出していた。 一応、瞬発力には自信がある。今は逃げるべきだ。心の中で、そう叫ぶあたしがいた。 確かにそうだ。肩がずきずきと痛み出している。このまま戦ったって、勝てる見込みはほとんどないだろう。だから今 は逃げるのが、あたしの命を守る一番確実な方法なんだ。 だけど……それでどうする? 唐津はあたしを逃したって別にどうということはない。また別の獲物を探して、殺せばいいだけの話。そしてさらに強 い武器を手に入れて、最後にはあたしを……。 逆に今はどうだ? あいつは今はマシンガンが使えない。それは……チャンスじゃないのか? 今倒さないで、いつ あいつを倒すというのだ? 倒すなら、今しかないんだ。 美奈子は立ち止まる。そして、振り向きざまに一発。 それに気付いた唐津は、慌てて横へ跳ぶ。その一瞬の隙をついて、再び美奈子は走り出した。 既に周りの景色は森ではなくなっていた。 開けた広場。何も隠れる場所なんかない。だが、それは唐津にとっても一緒だ。地図で言えば、G=4だろう。一軒の 民家が近くに見える。あそこだ。あそこまで、まずは走る。唐津は絶対に追いかけてくるだろう。あいつは、自分から 諦めるという選択肢はない筈だ。何故だかわからないが、あいつは本心ではないものの殺人に積極的だ。一度捕ら えた獲物は、何が何でも殺したいに違いない。そうでなければ、ここまで危険を冒してまで追ってこない筈だ。 再び、銃声。 今度は、もろに被弾した。だが、走りながらの狙撃は精度が下がる。右胸脇を銃弾が貫いた。凄まじい電撃が迸った が、それでも美奈子は走り続けた。そして、ついに家に到達する。振り向きざまに、一発。 しかしもうその手は読まれていたのだろう。唐津はすーっと体をそらして、銃口の先から逃れていた。再度あちらから 銃弾が迫る。だが、今度は立派な遮蔽物があった。その脇に隠れて、美奈子は辺りを見回す。 地面を見る。血痕だ。これでは、何処にいったってもうあたしの位置はばれてしまうだろう。それに、ジェリコの弾を入 れ替える余裕もない。弾数は……あといくつあったかな。いちいち数えてないや。 もう、銃には頼らない。銃をスカートに差し込む。酷く、熱かった。気にせずに、今度はポケットからワイヤー線を取り出 した。すっかり赤黒く染まってしまったそれを見て、苦笑する。 ……今回も、頼らせていただきますよ。 美奈子は塀に足をかけて、一気に上った。傷口が酷く痛む。だが、気にしなかった。こんなもの、死に比べたらどうっ て事はない。 今度は振り返ってジャンプ。屋根の上に飛び乗る。そこに放置された植木の鉢を、右手で掴みながら。 よく屋根の上で遊んだものだ。昔から、すばしっこくてやんちゃだったあたし。暫くこんな芸当はやったことがないが、 今でもまだまだ現役だなと、軽く笑った。眼下に、唐津の姿が見える。血痕を追って、慎重に歩を進めている。全く上 には興味が無いらしい。なるほど、これが死角という奴か。 唐津が立ち止まる。あたしがいないことに、ようやく気付いた。玄関は反対側だ。窓も割れた痕跡が無い。唐津の行 動が慌しくなる。反対側へとまわる。だが、あたしの姿は確認できない。 そして……奇跡が起きた。 あたしも全く気付かなかった、その玄関に、誰かが倒れこんでいた。女子だ。そのおびただしい出血量から、もう既に 仏になっているのは間違いない。うつ伏せになっているのでそれが誰かはわからなかったが、唐津の眼はそこに釘 付けになっていた。体が立ち止まる。その死体を調べようとしている。 今しか、ない。 あたしは、握り締めた鉢を、その無様な頭の上に叩き落した。 ゴン、という鈍い音がする。唐津の後頭部にそれは直撃し、唐津が呻き声を上げる。すぐさまジェリコを取り出して、 引き金を絞った。 カチン。 ……くそ、弾切れだ! やっぱり銃なんかに頼るんじゃなかった!! 怒りを堪えて、一気に地面に飛び降りる。草むらに着地するも、全身の傷口が悲鳴をあげる。 我慢しろ、我慢するんだ……! あと少しで、全てが終わる!! 唐津の背後に回る。 そして……。 ワイヤー線を首に回して。 美奈子は、一気に絞り上げた。 【残り11人】 PREV / TOP / NEXT |