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 湾条恵美(女子34番)は、G=3の南側にいた。
 薄明かりの中で時計をかざす。短針は、10の文字を指していた。

 随分前に、激しい銃撃戦をわりと近い場所で聞いた。快斗が銃を所持している可能性は、ないわけではない。だけ
どはぐれてしまったあの時点では、快斗は銃を持っていなかった、それは確かなことだった。自分だって同じだ。あの
時点では自分は銃を持っていなかったし、今だって持っていない。情報端末機は使い物にならなくなってしまったし、
今自分が持っている武器といえば、小さなデザインカッターと、それから出刃包丁だけだ。果たしてこれで何が出来よ
うか。銃相手では、何も出来ない気がしてきた。快斗に至っては、一体何の武器を持っていただろうか。それさえも思
い出すことが出来ない。
自分が快斗とはぐれてから様々な、語りきれないほどの衝撃を受けてきたように、快斗もまた、語りきれないほどの
修羅場を潜り抜けているのかもしれない。何人ものクラスメイトと遭遇し、また死体も沢山見ていることだろう。あるい
は、また誰かを手にかけてしまったのかもしれない。向こうには、始めからこちらを知る術は持ち合わせていない。そ
れが、誰ほどの精神的な苦痛を与えてしまったか。そう考えると、胸が苦しくて仕方ない。

 会いたかった。
 早く快斗に、会いたかった。

だから、銃声がした方向へと向かおうと思った。先程の放送で残りは7人だと知った。そして、あの銃撃戦でも少なく
とも1人、あるいはそれ以上が死んでいる。その中に快斗がいないとも言いきれない。
それならば。あの現場に行けば、どういう状況であるのかがつかめる。快斗の生死も確認できる。そう思って、今はそ
の現場へと向かっているのだ。
禁止エリアがいよいよ複雑になってきた。特にこのあたりなんかは一面の森だ。丁度、快斗とはぐれてしまったのもこ
のあたりかもしれない。ようやく、戻ってきたわけだ。そう考えると、どうも快斗もこの近くにいるんじゃないか、そう思
えてくるのだから不思議だ。
森の中は基本的に目印となるような建造物はない。わかっているのは一エリアの範囲だけだから、どれくらいの距離
感がつかめているかが重要になってくる。少しでも方向感覚が狂ってしまったら、即首輪爆破だ。幸いコンパスもデイ
パックの中に入っていたものをポケットに移していたし、流石に方角を間違えるということはなさそうだったけれど、そ
れでも不安は残る。どれだけ自分がいままで情報端末機に頼っていたのかが、身に沁みてわかった。

 喉がカラカラだった。
 お腹もペコペコだった。

本当は、きちんと食べなくてはならないのだろう。体力がかなり消耗しているのがわかる。
だけど、自分はデイパックを持ち合わせてはいないし、また誰かの死体を見つけても、残念ながら食料は全て持ち去
られてしまっていた。
いや……尤も、この状況では何も食べられないだろう。気分が悪い。

 快斗は……。
 一体、何処にいるのだろう……。

少しだけ、休もうと思った。いつまでも歩き続けていると、周りの注意が散漫になるし、右足の捻挫もまだ本調子にな
るまで回復したわけじゃない。少しずつ、一休みしながら歩かないと、どうしてもびっこになってしまうのだ。
森の中は危険が一杯だ。地面には根が突き出ていて、うっかりしているとあっという間に転んでしまう。もう、何度枝
に体を引っ掛かれただろうか。白い筈の足は、無残にも切り傷でボロボロだった。やがて腰掛けても大丈夫そうな空
間にある石を見つけて、その上にそっと座る。安定していることを確認すると、思い切り体重をかけた。そして、ゆっく
りと足を伸ばす。この快感は素晴らしい。パンパンに膨らんだ足を、ゆっくりともむ。あぁ、大変だ、やっぱり右足が少
し腫れてきている。やはりなにか松葉杖の代わりになるようなものが必要かもしれない、そう感じた。

 大きく、深呼吸をしてみる。
 夜の空気は、涼しくて心地よい。肺の中身が、一気に縮こまる。

その時だった。


「…………?!」


微かだが、草が揺れる音が聴こえた。風はない。となると、明らかに何かがそこにいる……もとい、誰かがそこにいる
ということになる。
遠くの茂みが、カサカサ、カサカサと揺れ動いている。間違いない、あれは人間だ。


 問題は、あれが誰なのか……それだけ。


快斗なら大当たりだ。だけど、それ以外の……まだ司ならともかく、長谷美奈子(女子18番)あたりだと非常に危な
い。だけど、その可能性は1/7だ。見に行く価値は大いにある。


 ……行こう。今度こそ、当たりかもしれない。


そう思い立って、一気に立ち上がる。右足の痛みなんかは気にならない。それよりも、あの人物が遠くへといってしま
う前に、追いかけなければならない。急げ、急げ、急げ。
なるべく音を立てないように、そっと……走り出す。




 そう……なぜかあたしは、そこに待ち望んだものがあるような気が……した。





  【残り4人】





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