014



 外で爆音がしてから、十分程が経過した。
相も変わらず門並は淡々と生徒たちの名前を呼び続けているが、あの爆音がしたときだけは、少しだけ目を見開いて
いた。門並だって、わかっているのだ。もう、戦いは始まっているのだと。

「はい、では細井さん。出発して下さい」


 萩原竜介(男子16番)は、おずおずと立ち上がる細井真弓(女子15番)の後ろ姿をじっと見ていた。華奢な体だ。
渡されたバッグを重たそうに肩にかけると、よろよろとした足取りで彼女は部屋を出て行った。そして、相も変わらず
不自然な沈黙が再び室内に漂い始める。
次が、自分が出発する番。あの教室を出た瞬間、この戦いは始まりを告げるのだ。
戦い。そう言われても、どうも自分にはしっくりと来なかった。まさに今朝まで一緒に席を並べていたクラスメイト。そい
つらを殺して勝ち残れなんて言われても、はいそうですかと殺し合いに参加することなんて出来っこない。そんな簡単
に人を殺せる決意があるのなら、世の中は犯罪者で溢れかえってしまっているだろう。
しかしそんな思いも、先程の爆発で全て吹き飛ばされてしまった。爆発だ。こんなものが日常空間の中で発生しうる
筈がない。だとすれば、間違いなくこれは支給された武器に含まれていた爆弾か何かが爆発したと考えていいだろ
う。それが誤作動だとしたらそれはそれで問題なのかもしれないけれど、意図的であったとしたら間違いなくそれは
殺人目的に使用されたのだろう。それは即ち、誰かがやる気になったという証拠ではないのか。
政府側の人間がフェイクで自分達を促すつもりなのかもしれなかったけれど、そんな危険を犯すとも考えられなかっ
た。つまり、確実にいるのだ。自分達の中に、クラスメイトを殺す決意をしてしまったものが、少なからずは。

「そろでは続いて16番。萩原くん」

「……はーい」

返事をしてみたけれど、なんとも気だるげな声が出てきた。ゆっくりと立ち上がって、前でバッグを受け取る。そこまで
重たくも無いそれを渡されて、明らかに細井のそれとは質量が違うことに気付いた。確かに細井は華奢な体をしてい
たけれど、あれでいて意外と俊敏な動きをする。身軽で柔軟で、たしかバレエかなにかをやっていたのではないだろ
うか。力だって、ないわけではない。その細井が、思わずふらついてしまうような質量、それと同じ重さだとは到底思
えない。いや、一応自分もサッカー部に在籍していて、筋力には自信があるのだけれども。
大して重くないそれを受け取りながら、部屋の外へ出る。ずらっと並んでいる通学バッグ。あぁ、そういえば今朝コンビ
ニで週刊雑誌を買ってきたんだっけ。まだ全部読んでいないや。迷わずにそのバッグを手に掴むと、一気に外へ向か
って駆け出した。

 そう、これは戦い。命を懸けた、殺し合いなんだ。
次の瞬間には、俺も爆発に巻き込まれて死んでしまうかもしれない。そんなのは嫌だ。まだ雑誌を読み終わってもい
ないし、借りていたビデオも返していないし、遣り残したことが多すぎる。あぁいや、違う。重要なのはそんなことじゃ
ないだろ。
とにかくクラスメイトを殺したくない。だけど、死にたくも無い。だったら、一体どうすればいいんだ。
一番都合がいいのは、様々な偶然要素が絡まりあって、誰も殺さずに生き残ってしまうパターンだったが、そんな漫
画みたいなご都合展開なんて万に一つも無い。それに、それはそれでなんか嫌だ。どうせもう死ぬことはわかってい
るのだから、最期は仲良く親友と死にたいものだ。それもまぁ、なんともご都合主義ではあったけれど。

そこまで考えて、頭の中に一人の男の名前が浮かび上がった。
内藤純(男子13番)。一緒のサッカー部に所属していて、且つ小学校からの腐れ縁だ。家も近所にあったから、部活
が終わったらいつも一緒に帰っていた。自分にとって、このクラスの中では最も親しい奴だった。
彼は自分よりも先に出発している。もし自分が先に出発したなら、玄関口で彼を待つのもよかったかもしれないが、果
たして彼は同じことを考えているだろうか。

 そして、外に出た。どんよりとした雲、しとしとと降り続ける雨。そういえば鞄の中に折り畳み傘を入れていたはず
だ。取り出して、急いで差す。片手を塞がれるのは痛いが、雨に濡れて風邪を引くほうがもっと嫌だ。どうせ死ぬなら
体調が万全の状態で死にたいじゃないか。
いつのまにか、つんと鼻につく臭いが辺りに充満していた。雨が降っているせいかそんなに気にはならなかったけれ
ど、なんとなく嫌な予感がして、視線を下へとずらす。そこに転がっているのは、間違いなく人間だった。いや、最早そ
れは“人”としての形をとどめていなかった。雨によって、晒されたミンチのような肉が次々と崩れ落ちていくそれは、
いつぞやのトラックに轢かれた猫の死体に似ていた。
なんてことだ。先程の爆音が、脳裏を過ぎる。あれで、こうなる。殺し合いという現状をいまいち把握できていなかった
けれど、ようやくこれではっきりと認識できる。これが、殺し合いなのだと。
視覚と嗅覚が一気に刺激されて、胃の奥からなにかが込み上げてきた。慌てて近くの排水溝まで駆け寄って、溜ま
っていたもの全てを吐き出す。じんじんと胸が痛い。それだけ、ショックな映像だった。
あれは、いったい誰の死体なんだろう。ただ、制服が女子のものだったとしかわからない。だけど、もう一度それを見
ようとは思えなかったし、好きこのんで見たくもなかった。

 いつか、こうなる。
 いつかは、こうなって死ぬ。

それが五時間後なのか、あるいは五分後なのか。はたまた五日後なのか、それは誰にもわからない。ただひとつ、
わかっていること。それは、自分が間違いなく死ぬ、それだけだった。

「……マジかよ」

 死ぬということ。いきなりそんなことを言われても、想像なんか出来ない。
 いきなり死ぬと言われても信じられないし、いつもなら嘘だと思って笑い飛ばしていただろう。

 だけど、これは現実。紛れも無く、現実。

「まだ……死にたくはねぇなぁ……」


「同感同感。死ぬには早すぎるよねぇ」


 はっとして、振り返る。聴こえてきたその声は、聞き間違えるはずもない、声だった。
雨の降る中、傘も差さずに立ち尽くしている小柄な少年。クラスの中でも小柄に位置する少年。優しくて、体育系には
向いてないと言われながらも、一緒に頑張り続けて、なんとかレギュラーの座を獲得した親友、内藤純が、そこには
いた。

「……純」

「とりあえず、リュウを待とうと思ってその辺に隠れていたんだけれどね。ほら、雨が降ってきたからさ」

純が、苦笑いを浮かべていた。いつもと変わらない、その純粋な笑顔。チームのムードメーカーとして、三年間支えて
きてくれたその笑顔。それが、目の前にある。


「僕もさ、その傘に入れてくれないかな?」


 どうやら、ご都合主義なんてものは、あながち存在しないわけでもないらしい。
 事実は小説よりも奇なり、とは。いやはや、よくもまぁ言ったものだ。






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