015



 男同士で相合傘というのも奇妙なシチュエーションだったが、とりあえず濡れてしまうよりはましだということで、今
は人生二人目の相合傘の真っ最中だ。ちなみに、一人目は当然ながら母親ではあるけれど。

「なぁ、純」

「なんだい?」

とはいえ、さして大きくもない折り畳み傘だ。純が小柄で、自分もまぁまぁ並程度の体格であるとはいえ、それだけで
精一杯だった。荷物はだらしなく雨に晒されている。カーキ色のバッグが、みるみるうちに黒ずんでいった。とりあえず
今は、このままでは流石にいけないだろうということで、適当に落ち着ける、屋根のある場所を探している最中だ。

「お前さ……あの、玄関とこにあった死体は、見たのか?」

「ああ、仁科さんの? 見たみた」

ふと、聞いてみた。沈黙が続くのも嫌だったので、なにか適当に話しかけようと思ったのに、こんなことしか出てこな
いだなんて。少しだけ、自分の頭の足りなさにイラッとした。しかし冷静に考えてみると、自分は心のどこかで望んで
いたのかもしれない。あれは、死体などではなかったのだと。自分の恐怖心が生み出した、ただの妄想なのだと。
だが、期待した答えどころか、純は至極あっさりとした口調で、淡々とそう返事をした。

「仁科……?」

「そ。あれ、リュウも見てたじゃないか。仁科さんの死体だよ。まぁ……ちょっと気持ち悪くなっちゃったけれどね。僕に
 見間違えがなければ、多分仁科さんだと思う」

ちょっとどころか胃の中身を全てぶちまけたのだ。自分にはそんなグモ耐性はない。純はそういうものに、慣れていた
のだろうか。なんてことを考えてしまった。
そう、純が正しいのならば、あの死体は仁科明日香(女子12番)のもの。恐らく、一度だけ聴こえてきた爆音で、そ
の体を吹き飛ばされたのだろう。そこで、ふと気がついた。

「仁科、てことは。純、お前あの子の次に出発したんだろう? 誰か周りにはいなかったのかよ」

「いや、そこまではわからないけれど、いないみたいだったよ。流石に出発前にあんな音を聞かされちゃ、そう易々と
 は出発できないよ。だからさ、隠れていたんだ、玄関脇に」

「隠れた?」

「外で誰かが襲われたのかもしれない。とすると、外には襲撃者がいる。次に出発した僕は標的にされるかもしれな
 い。そんなことで死ぬなんてバカらしいじゃないか。だから隠れていたんだよ、次の人が出発してくるまでね」

雨がしとしとと降る中、純は笑みを浮かべながらこちらを向いて話している。まるでいつもの部活帰りのような雰囲気
だった。これが、殺し合いの最中であるということを忘れてしまいそうなほどに。しかしその内容は、紛れも無くプログ
ラムのもの、まさしくそれだった。

「次に出発したのは西野さんだ。西野さん、随分と意気込んでいたね。堂々としているのか、抜けているのかわから
 ないけどさ、足どりを緩めずに玄関の外へと飛び出して行ったよ。でも、なんともなかった。だから、僕もそっと外に
 出てみたんだ。そしたらあの死体があって、もう周りには誰もいなかったんだ」

「……なるほどね。結果的に誰もいなかったからいいけどさ、もしそれで西野も襲われていたら、お前どうするつもりだ
 ったんだ?」

「その時はリュウを玄関脇で待っていたと思うよ。どっちにしろ、僕はリュウのことを出発地点で待つつもりだったしさ」

わかったことが二つある。その襲撃者は、仁科明日香のみを殺害して、次の出発者以降には手を出さなかったこと。
そして、西野彩奈(女子13番)は仁科の死体に目もくれなかったということだ。あぁ、それともう一つ追加。純は意外
と冷徹な策略家だということ。
純のそんな一面を初めて見て、少しだけ苦笑いを浮かべる自分がいる。確かに、この殺し合いの中では、そういう風
に振舞った方が案外長く生き延びるのかもしれない。

「……そっか。そいつは」


 喋りかけた俺の口は、純の左手に遮られた。
 純の顔を見る。その眼は、真剣そのものだった。


 その視線の先。街道沿いにこちらへと歩いてくる、一人の女子。純の瞳は、真っ直ぐにそれを映していた。

「止まれ」

一方女子の方は、俯いたまま歩いていたのかこちらに気付かなかったらしい。純の一言で、ようやくその存在に気付
かされたのか、びくんと肩を震わせて、顔を上げた。傘も差していないので、その髪はずぶぬれだ。

「内藤くん……と、萩原くんか」

彼女の名前は、佐原夏海(女子7番)。クラスの中では問題児とされる、女子のうちの一人だった。
彼女はふんと鼻で笑うと、悠々とそこに立ち止まった。先程の態度が嘘のようだ。

「こんなところでレディを立ち止まらせて、いったいどうする気? あたしに相合傘でもさせるつもり?」

「……強がっても意味ないよ、佐原さん」

「はぁ? あ、あたしが強がっているって?」

佐原は、少しだけうろたえた様子だった。なんともまぁ、わかりやすい奴だ。
純が強気に出ている。部活でも滅多に自分のことを表には出さないのに、こちらもまた不思議な奴だ。

「とりあえずさ、なにがあったのかは知らないけれど、僕達は佐原さんと戦いたくはないんだ。今ならなにもしないで逃
 がしてあげるから、さっさと何処かへ逃げたほうがいいよ」

「……なに、わかったつもりになってんの? 言いがかりはよせよ」

「じゃさ。その右手に握っている、今は背中に隠しているそれはなにさ?」

はっきりとわかる。佐原の顔が、青く染まっていくのを。自分も気付かなかったが、どうやら純は会ったその時から全
てを見抜いていたらしい。佐原は、明らかに狼狽していた。追い討ちをかけるように、純は続ける。

「それ、武器だよね。なにかは知らないけれど、そんなもの出してうろつくんだから、覚悟は出来ているってことでいい
 んだよね?」

「か、覚悟っていったいなにが!」


「……もちろん、戦う覚悟さ」


次の瞬間、佐原は顔を引き攣らせていた。何事かと思って純を見た自分自身も、びっくりした。いつの間にか、純はそ
の手にサーベルを握っていたのだから。恐らくは、雨に晒されたバッグの中に入っていた武器なのだろう。少しだけ怖
くなったけど、自分が退けたら純が濡れてしまう。離れることは、出来なかった。
純は、相変わらず微笑んでいた。先程と違うのはただ一点。眼だけは、凍てついていた。

「どうする? やるの? やらないの?」

「じょ……冗談じゃないよっ! 誰があんたなんかとっ!」

「なら、さっさと何処かへ行けよ。今ならまだ見逃してやるからさ。……次は、容赦しないからな」

「…………っ!」

佐原はか細く悲鳴をあげると、一目散に別方向へと駆け出した。純はそれでもじっとサーベルを構え続けたまま、そ
の後姿を凝視し続ける。やりすぎだ、これじゃまるで、純がやる気になっているみたいじゃないか。
やがて佐原の姿が雨中の向こうへと消えると、ようやく純の眼が緩く和らいだ。

「あー、緊張したー……」

「な、なぁ……純。あそこまでやらなくても……」

その変貌ぶりに少しだけ戸惑いながらも、なんとか話しかけることが出来た。

「んー? リュウさ、ダメだよ。佐原さんは信じちゃ」

「……は?」

「だって、佐原さんだよ? 普段からろくな噂も聞かないし、クラスでもあまり話さないじゃない。なのにこんな状況で
 向こうから近付いてくるなんて、めっちゃ怪しいじゃん。多分すれ違い様に襲うつもりだったんじゃないかな」

「別にそうとは……限らないじゃないか」

 そう言うと、純は目の前で指を振った。

「甘いねー、甘いよリュウちゃーん。これはプログラム、殺し合いなんだよー。不安要素は取り除かないと、万が一が
 起きたらシャレにならないじゃないか」

「なんか、それ聞いてるとさ……。純が、やる気になっているんじゃないかと思うよ」

 その言葉に、純は少しだけ顔を曇らせる。
 少しの間があって、純はその顔のまま、口を開いた。


「僕は、殺されるくらいなら……殺しにかかる側に、まわるかな」






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