019



 俺が始めてあいつと出会ったのは、小学生の高学年になったときだった。あの頃のあいつは、まだ俺よりもやんち
ゃで、いつも周りを騒がせてはみんなに迷惑をかけていた。でも、いつ頃からだったろうな。いつの間にか、その立場
は俺が担うことになっていて、やがて彼は俺のツッコミという関係にすり替わっていた。
そう、あいつの名前は上田健治(男子2番)。あれ以来、一度も別のクラスになった事のない腐れ縁の持ち主。そい
つこそが、俺の最大の親友。


 突然辺りに銃声が轟く。それは予想していたものとは違い、遥かに重量感のあるものだった。まるで、大砲でもぶっ
放されたかのような。残念ながら俺には銃の知識は皆無だった。ただひとつだけわかるとすれば、その銃は素晴らし
いまでの破壊力を、そしておぞましいほどの殺戮能力を持ち合わせていることだろうか。

「おいおい……誰だぁ? そんな物騒なもんを振り回してんのは?」

正直、恐ろしかった。怖くて、逃げ出したかった。だけど、そんな行き当たりばったりの行動ばかりをしていては、この
プログラムで生き残ることなんか出来ないんだ。

 俺の視線に飛び込んできたもの。
 それは、奇声を上げながら銃口をこちらへと向けてくる、目黒幸美(女子17番)の姿だった。


 君島栄助(男子5番)は、気がついたら一緒に行動を共にしていた。はじめて中学に入ってから互いを知り合ったよ
うなものだし、彼は俺たちとは違って秀才タイプだったから、あまりそりが合わないだろうな、とも思っていた。だけど、
その先入観は間違いだったと知る。初めて彼と話し合ったのは、なにかの社会科の研究レポートで、合同の班に組
み合わされたときだった。ろくに話したこともなかったので、最初は遠慮がちだったのだけれど、彼はその壁がまるで
存在しないかのように俺へと接してきた。まぁ、それがあいつの普通といえば普通なんだろう。俺みたいに変な先入
観を持たずに、常に相手を知り、相手にあわせて行動するようなあいつには、残念ながらこの戦いでは生き残ること
が難しいだろう。恐らく、誰かと組んで行動し、そのまま裏切らずに死ぬ。それが眼に見えている。流石にそんなこと
は言えないが、まぁそれは本人も自覚しているのかもしれなかった。なによりもあいつは、自分自身を一番よくわかっ
ていたのだろうから。
そんな素直な彼をいじるのが楽しくて。俺はいつの間にか彼と行動を共にしていたのかもしれない。彼は、俺にはな
いものを持っている。ただそれだけが、羨ましかったのかもしれない。


 上田も、君島も。出発は、俺よりあとだ。
俺がこいつを始末しなければ、きっとこいつはこの場で殺戮を続けるだろう。その場合、まず確実に次に出発してくる
本村泰子(女子18番)は死ぬ。そのあとに出てくる藤村光明(男子19番)や松原亮(男子20番)といった面子はそう
易々と殺されるとは思えなかったが、まぁいずれにせよ犠牲者は必ず存在するわけだ。
それでなにが悪い? これは殺し合いであり、最後の一人になるまで続くゲームだ。そんな中でどうして他人の命を
心配しなければならない? ここは冷徹に見捨てて、自分だけが生き残る方法を考えるのが常ってものだろう? だ
けど、どういうことだか俺にはそういう考えが出来なかった。本能的に、それを拒否しているのだ。

 ……永い間演じ続けていた『ハマダ』が、それを拒絶しているのだ。

奇怪な笑い声を上げていた目黒が、次なる弾を掃射した。俺は、反射的に校庭側へと飛び出した。


 演じる? 俺が、演じているだって? そんなのは嘘だ。俺はあいつらと一緒にいて、楽しかった。退屈だった毎日
を盛り上げてくれたのは、紛れもなくあいつらだ。あいつらと一緒に居てこそ、俺は『ハマダ』であり続けたのだし、クラ
スメイトも俺を『ハマダ』として見続けてくれていたんだ。
そう、あれこそが日常。あれこそが普段の俺。今この殺し合いと言う劣悪な環境にぶち込まれ、それが演技だったと
かぬかしている俺こそが、演じられた『ハマダ』なのだ。
まるでたいみたいだと、俺は思った。芳田妙子(女子21番)、通称たい。あいつと初めて遭遇したのは中学の入学
式。二人で仲良く遅刻して、担任に怒られた記憶がある。たいと以前から親しい関係にあった角元舞(女子11番)
は、たいのことをよく知っているらしかったけれど、流石にあそこまで自分の名前を嫌っているのは珍しいと思った。詳
しいことは、まぁ一応聞いてはいるのだけれど。それを本人に追求するようなバカでもなかったし。
たいは頑張って『たい』を演じていた。その奥に潜む『芳田妙子』を封印していた。それが彼女の精神状態を安定させ
られるのなら。それが、彼女にとってプラスに転化するのなら。
演じるというメリットはそれだ。俺みたいに、よくわからない場面で使うものじゃない。そんなものは演技とは言わな
い。ただの、自己満足だ。

 そう、俺は浜田であり『ハマダ』。
 俺は、俺でしかいない。


  ズドォンッ!


 散乱銃から吐き出されたパラベラム弾は、俺の右足を捉えた。引き千切られるような激しい痛覚に、俺は軽く意識
が吹っ飛びそうになる。だがそれが、俺の意識を覚醒させた。なんだ俺? こんな状況でなにを考えているんだ? こ
れじゃあまるで、俺がここで死亡フラグを立てたみたいな流れじゃないか。
俺は俺のしたいようにすればいい。普段どおりの俺でやればいい。さぁ、俺はなにをしたいんだ?

 そっと、首輪爆破リモコンを握り締める俺がいた。

目黒幸美が暴れたいのなら暴れさせとけばいい。だがそれが他人に迷惑をかけるようなら、どんな手を使ってでもそ
れを阻止しなければならない。
見るに耐えないような状態になった右足を見て、俺は思った。

 殺るしか、ない。


「こんなとこで、死ぬわけにはいかねぇんだ」


 俺は、リモコンのボタンを押した。
 次の瞬間、目黒の持つ銃、レミントンM31が火を吹き、その右腕ごと、リモコンを粉砕した。

 それは、仕方のないことだ。端からこんなごつい銃をぶっ放している相手に、どうして素直に電波を送信することが
出来ようか。向こうだって、こちらの反撃に対して充分に警戒しているのは当たり前のことじゃないか。
しかし考えてみれば、攻撃のチャンスは今しかなかったというのも、また事実だ。動作が遅れたのも、それは左手を
使うことが出来なかったから。出発前に調子に乗って左肩を撃ち抜かれた、俺の責任だ。

 まぁ、あれだ。俺には運がなかった。それだけのことだ。

 いつ死んでも、おかしくないと思っていた。
 だけどまぁ、まさかそれが出発直後だったとは思わなかったよ。


 ……上田、君島。そして角元、たい。
 俺は一足早く、あの世で待ってるよ。お前らも、さっさとキリのいいとこで、来いな。


 奇声を上げる目黒が、最後の一発をぶちかました。
 それは、俺の顔を粉々にするには、充分すぎる程の威力だった。






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