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 私は、いったいどうすればいいのでしょうか。 
 ……やっぱり素直に殺された方が、いいのでしょうか。 

 パパは本当に素晴らしい人です。本当に強くて、本当にみんなから尊敬されていて、だけどそれでいてそれを誇る 
こともなく謙虚で、それでいて本当に優しいんです。 
パパはいつでも私に優しくしてくれました。いつでも私のことを可愛がってくれました。私が病気になったときには、た 
とえそれがどんなに夜中でも、どんなに仕事で疲れていても、私のことをお医者さんのところまで運んでくれました。 
とても私のことを気遣ってくれて、だけどそれでも時には叱ってくれて。とても、私思いの、優しいパパでした。 
私が小さい時に死んでしまったママの代わりに、私が寂しい思いをしないように、ずっと私を笑わせてくれたパパ。そ 
して、私に優しくしてくれた心優しい、だけどちょっとだけおっかない組員のみんな。古城一家の、みんな。 

 みんなのもとに、帰りたかった。 
 だけど、その為には、クラスメイトを殺さなければならないのだ。 

「いいね。人殺しってのは、絶対にやっちゃいけない。それは、わかるよね」 

パパが、そう言った。どんなことがあっても、絶対に人を殺しちゃいけない。そこから発生する憎しみは、とても辛く
て、 
とても悲しいから。憎しみは争いを呼んで、そしてそれは次第に大きくなる。歯止めが利かなくなって、もっと大きな
悲 
しみが生まれる。だから、絶対にやっちゃいけない。 
別に人殺しに限る話じゃない。だけど、なによりも他人の人生をそこで終わらせてしまう、殺人という行為。それだけ 
は、やってはいけない。幼い頃から、何度もパパに言われてきた。 

 大好きなパパ。 
 もう一度、会いたい。だけど、その為には、殺人をしなければならない。 
 そう、パパが否定した、あの殺人を。 

 私は、いったいどうすればいいんだろう。 
 どうすれば……いいんだろう。 

 私のことを殺そうとしている男がいます。 
 その手に握った銃で、私を撃ち殺そうとしています。 

それにしても、ずいぶんと堂々と歩いてますね。私が気付いてないとでも思っているんでしょうか。あの男、恐らく迫
川 
裕(男子17番)だと思いますが、どうも不安定みたいですね。なにかを焦っているのでしょうか。この戦いは決してタ 
イムアタックなんかではないはず。むしろ、焦ったほうが死んでしまうと思うのですが。まぁ、人の考えは十人十色っ 
て言いますし、それは仕方ないのでしょう。 
個人的な主観で言えば、あの男に殺されるのは嫌です。 

 いや……死にたくなんかありません。 
 私は純粋に、死にたくなんかありません。 

 私は、パパにまた会いたい。それだけは、譲れない。そして、あの男には殺されたくない。 

 ……なら。 


 私は、顔を上げる。 
 目の前で銃を構えていた迫川が、一瞬だけたじろぐ。だが、ぐっと足を踏みしめて、両手で銃を握りなおす。 
 そして、その手に力が込められた。 


「……ごめんなさい」 


 私は、一気に飛びました。迫川のへっぴり腰から放たれた銃弾は、私の後ろにあったベンチの背もたれを軽く打ち 
砕いた程度の威力。私は着地すると、背中に隠しておいた武器を、そっと取り出します。それは、小型の手投げ式の 
ナイフ。双子のように対になっている、可愛いツインナイフ。 
迫川は、焦っていました。それはそうでしょう、こんなに近くで撃ったのに、私に当たらなかったのですから。私はそん 
な彼に向けて、非情にもそのナイフを投げつけました。それは真っ直ぐに彼の胸に、トス、という音を立てて突き刺さ
り 
ました。彼の動きが、一瞬だけ止まります。その間に私は。 

 彼の、喉笛を。 
 もう一つの、ナイフで。 


「……ごめんなさい」 


 やがて、そこに残されたのは、顔面を真っ赤に染めた迫川裕の死体だけでした。私は彼に向かって、そっと手を合 
わせます。 
ごめんなさい。そう言って、彼の手に残された拳銃を、そっと剥ぎ取ります。彼のカバンの中に残されていた弾と、食 
料と、水も、いただきます。 

 殺してしまった。 
 禁忌とされていたのに、殺してしまった。 

 私は、ふと思いました。 
 人間ってものは、案外簡単に死んでしまうものなんだな、と。

 とりあえず、私は男の死体を停留所の脇へと引きずりました。
 存外に重いと思いきや、案外それは軽く、なるほど、血液がほとんど外に漏れてしまったからだと納得です。

 私は元座っていた場所へと戻ります。時計を見ると、まもなく日付が変わろうという時でした。

 殺してしまった。
 クラスメイトを、手にかけてしまった。

「…………」

 血濡れのツインナイフは、元の鞘に収めておきました。きっと、また役に立つときがくるのでしょう。この男が持って
いた拳銃、Cz75はいつでも構えられるように、ブレザーの内側に仕舞い込んでおきます。いざというときは、やっぱ
り拳銃の方が役立つでしょうから。
出発の準備を、整えます。少しでも荷物を軽くするために、そしてこれから移動するにあたっての体力を蓄えておく意
味も込めて、私はこの男に支給された分の食料を体内に取り込みました。血の臭いが混ざった空気の中での食事
は、あまりおいしいとは言えないものでしたが、なにもお腹の中に取り込んでいなかったせいか、食欲だけは充分に
あったみたいで、食べられなくなる、といったことにはならなかったのが幸いでしょうか。
パンひとつを食べ終えて、水で軽く喉を潤していると、二回目となる放送が鳴りました。

『夜分遅くに失礼しまーす、担任の門並でーす。では、早速深夜零時の放送を行いたいと思います。まずは死んだお
 友達の発表から。えーと、今回は少ないね。男子7番 佐藤清くん、17番 迫川裕くん、以上二名だけでーす』

 たった、二人。そのうちの一人は、私が殺したこの男。

『んー、どうも進行具合が遅い気がしますねー。まぁ、いいや。これから明け方までの六時間、また頑張ってくれれば
 いいんですよ。というわけで続いて禁止エリアの発表。一時からC=6、三時からB=3、五時からE=5です。寝る
 人は禁止エリアと夜襲に注意してくださいね。それではー』

 必要な内容だけ告げて、放送はさっさと終わりました。
 急いで、新たに指定された禁止エリアを地図に書きとめます。そして、手が、止まりました。

 C=6は……ここなのです。

 私は、顔を上げました。
もしかして、私達は監視されているのではないでしょうか。偶然にしては出来すぎています。私が移動を決意すると
同時に、真っ先に禁止エリアに指定される。それがもしも、人為的なものだとしたら。どうしても私に、動いてもらいた
かったのだとしたら。
……なるほど、そういうことだったのですね。私は、やる気にならなければならない人間だったというわけですね。

 生きて、帰るべきなのですね。

堤さん。私も出来ることなら、もう二度と貴方には会いたくありません。
もし、出会ってしまったのなら。私は、全力で貴方を殺しにかかってしまうでしょうから。そんなこと、したくありません。

 だから、お願いです。
 貴方は、私の前に、立たないで下さい。

 さぁ、ここが立ち入り禁止になるまで、時間はありません。
 ……そろそろ、出発の時刻のようです。




 古城有里(女子5番)は、ゆっくりと立ち上がる。
 大きく深呼吸をしてみた。夜の空気は、とても冷たくて。

 そして……少しだけ、血の味が、した。



 【残り35人】





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