065



 堤孝子(女子10番)は、歩いていた。舗装された道路、歩くのにさして苦労はしない。
 手首をかざして、時計をチラと見る。2時半だった。太陽が、傾き始めていた。

  また、夜がやってくるのか。

 昨日は雨だった。今朝になってようやく小康状態になり、今日は一転、かなり晴れている。山の天気は変わりやす
いとは言うけれども、まさかそれをこんなサバイバル時にやらなくても、お天道様。
スカートに差し込んだスミスアンドウエソンは、なんとなく心地が悪い。まだ、その引き金を一発しか引いていないとい
うのに、それだけで充分にわかる。この黒い塊が、人の命を奪うものなのだと。
迫川裕(男子17番)に向けて絞ったあの一発。命を奪うとまではいかなかったけれど、あいつには尋常ではないダメ
ージをあたえてしまった。少しでも標準がズレていたら、弾は心臓を撃ち抜いていたのかもしれない。いや、あの瞬
間、確かにあたしはあの男の心臓をぶっ放すつもりでいたんだ。だけど、本能がそれを、人殺しを拒絶した。なんてこ
となんだ。

  バカ兄。

 兄の顔が、脳裏を過ぎる。その顔は、笑ってなどいなかった。とても苦しそうで、今にも泣き出しそうだった。なん
で、そんな顔をしていたのだろうか。プログラムに巻き込まれて、沢山のクラスメイトを殺して、挙句の果てに死んでし
まって。それが、なんともまぁ惨めで。
あたしはバカ兄のようにはならない。バカ兄のように、無差別に人を殺したりなんかしない。あたしはあたしの好きな
ように生きる。あたしはあたしだ。最後まで、自分を貫き通してやる。
だから、殺せないというのなら殺せなくて構わない。一人でいたいというのなら一人でいて構わない。いつまでもあた
しは孤独でいる。一人で、誰とも絡まずにいて、そして一人で死んでいく。
そんな生き方は寂しいという人がいるかもしれないね。だけど、あたしはそれでいいんだ。もう、遅すぎたんだ。そうで
しか、生きられない体になってしまっていたんだ。


 目の前に、人影。あたしは咄嗟に銃を抜き出して構えた。相手側は、気がついていないみたいだった。なら、構わ
ない。こちらに危害を与えないのなら、黙ってやり過ごそう。もう、これ以上ゴタゴタを繰り返したくはない。
だが、それは叶わない願いだったらしい。女子は、二人組だった。そのうちの一人が、あたしを見つけてしまった。見
事な連係プレーだ。二人で行動しているという点を生かして、常に他方向に気を配っていたらしい。
あたしは、彼女をじっと見る。彼女も、あたしをじっと見つめていた。

 だが、彼女、伊出茜(女子2番)はにっこりと笑うと、もう一人の女子、加藤明美(女子4番)の肩をポンポンと叩い
た。加藤も振り返り、あたしと目を合わせる。最初は驚いていたが、すぐにもとの表情に戻していた。

「堤さんだね」

「……一応、そのつもりだったけど」

皮肉で返してやる。それに気付いたのかどうかは知らないが、伊出はあはっ、と少しだけ高く笑うと、あたしのもとへ
近寄ろうとしてきた。あたしはスミスアンドウエソンを二人に向けて構える。二人の顔が、少しだけこわばった。

「なにか用か? あるならそこで話してもらいたいんだけど」

「え、なに? 近づくのもダメなの?」

「当たり前だ。まだそっちの武器も把握してないしね。悪いけど、そんなにあたしは他人、信用してないからさ」

ここまで言っておいてアレだけれど、実はあたしはこの二人がやる気になるとは思っていなかった。まぁ、なんで伊出
と加藤がペアを組んでいるのかはわからなかったけれど、大方どっかで偶然遭遇して一緒になったってだけだろう。
片方がやる気になっていたら、こんな他人同士のペアが出来るはずがない。だから、二人はやる気じゃない。そう思
った。
だけど、それでも疑うべき余地はいくらでもある。ことさら、あの芳田妙子(女子21番)の不信感を目の当たりにした
直後の今ではだ。

「あのさー。うちらと一緒に行動しないかなーって思って。どう?」

「……あたしと? あんたらが?」

「そそ。ほら、堤さんって見た目怖いけど、なんか頼りになりそうだし。どうせやる気じゃないんでしょ?」

 伊出が笑いながら、そんなことを言う。

「待った。伊出、あんたには今あたしが突きつけているものがわかってんのかい?」

「んー、でも撃つ気ないじゃん」

 伊出はまた笑った。なんともまぁ、不思議な奴だ。
一緒に行動したら楽しいかもしれない。ふとそう思ったけれど、加藤はというと黙ってそのやり取りを見ていた。やはり
伊出とは違って、銃を突きつけられているのが怖いのだろう。当たり前の反応だ。伊出が少しだけ、おかしいだけだ。
あたしはため息をつく。

「さっきも、似たようなことを言われたよ」

「さっきも?」

「あぁ、断ったけれどね」

「じゃあ、うちらもダメ?」

「まー……そうなるかな」

「そっかー。残念だなー」

 残念、というわりにはあまり残念そうな顔をしていない伊出。やっぱりどこかイカれているんじゃないんだろうか。
でもまぁ、こいつらとあいつらなら、一緒に行動をするべきなのかもしれない。女子同士のグループ派閥がどうとかこう
とかは知らないが、互いに仲間を求めている以上、あたしなんかよりはよっぽど一緒になりたいはずだと思えた。

「あのさ、さっきあたしと一緒になろうって言ってたやつらの居場所なら、教えてやってもいいよ」

「あ、ホント? どっち? 誰?」

「えーと、とりあえず角元と芳田。神社にいた」

「そか。じゃ、行ってみようかな。いこっか」

 伊出はあっさりと引き下がった。ごめんね、とだけ言い残すと、加藤の手をひいて逆方向に歩き始める。
 これで、よかったんだ。これで。あたしは、一人でいるべきなんだ。


 だけど、その数秒後、あたしは後悔することになる。


  ズダァァン!!


 背後から、銃声。
 振り返った。もう、二人の姿は見えない。

 まさか。


 あたしは、後悔することになる。





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