066



 大きく、くもぐった銃声が一発、したなと思った。
 次の瞬間、隣を歩いていた彼女の存在がないことに、気がついた。


 加藤明美は、我が目を疑った。何が起きたのかわからない。そう、たとえるなら、突然目の前で自動車同士の事故
か、あるいは爆発事故が出てしまったような感じ。日常から一気に非日常へと放り込まれてしまったような、そんな感
覚。恐る恐る、辺りを見回す。少し離れたところに、伊出茜が転がっていた。力なく、ぐったりとしている。

「伊出さん……?!」

慌てて駆け寄る。仰向けに転がった体の中心が、紅く、ぐちゃぐちゃに染まっていた。突然、何が起きてしまったのか
がわからないような。そんな。……これは、いったい。

「伊出さん!」

顔は白くなっていて、口からは血がこぼれ出ていて。なんだか、今にも死んでしまいそうで。
だけど、瞳の輝きはまだ失われてなくて、その視線が、自分を捕らえている。

「……て…」

「え、なに? 聞こえないよ……!」

「早……く……逃…」


 早く、逃げて。


血の気がさぁとひいていくのがわかる。胸元が一気に冷たくなる感覚。
これが、死なのだ。どんなに元気な者でも、たった一発の攻撃で、死んでしまう。それが当たり前の、この世界。

「伊出さん!」

その瞳は、もう自分を見つめてはいない。早く、逃げて。それだけを言い残して、伊出茜は逝ったのだ。こんなにも、
唐突に。こんなにも、あっさりと。
早く、逃げて。その言葉の意味を、ようやく理解した。伊出茜は、殺された。誰に?


 ……決まってるじゃないか。


「あっはは、三人目ぇ〜!」

 振り返ると、そこには笑顔を振りまく女の子がいた。
 顔は笑っていた。目も笑っていた。だけど、その奥に宿るのは、どす黒い塊。

「……ぁあ」

 目黒幸美(女子17番)が、そこに突っ立っていた。
 なんともゴツそうな散弾銃を構える彼女。それがなんとも不釣合いで、だけど妙に似合っていて。


  早く、逃げて。


 逃げなくちゃ。
 逃げなくちゃ、殺されるんだ。
 逃げなくちゃ、殺されるんだ、伊出茜のように。
 逃げなくちゃ、殺されるんだ、伊出茜のように、あっさりと!

 早く、早く、早く!

 足が、震えていた。
 声が、出せなかった。
 涙が、止まらなかった。


「四人目ぇ〜!」


 銃声が、一発。目を閉じる。圧倒的な死が、この身に降りかかって……こなかった。
銃声は、重たくなかった。軽く小気味良いパンという音は、目の前にいる猟奇人の意識を逸らすには充分だったらし
い。振り向くと、堤孝子が拳銃を構えて、そこに立っていた。

 堤さん。

声が、出てこない。だけど、足は動いた。立ち上がることが、出来た。めまいが、する。くらくらと、してくる。

「なにしてんだ! 早く逃げろ!」

堤さんが怒鳴っている。


 早く、逃げろ。


それがまるで呪文なのか。反射的に走り出していた。後ろから何度も銃声が。重たい銃声が。小気味良い銃声が、
交錯していた。だけど、それすらもう、どうでもよくなっていた。とにかく、ただただ逃げろ。どこへ行くという宛てもなく、
ただただ逃げなければならない。その言葉だけが、自分を支配していた。
しばらく走っていたら、唐突に何かに躓いてこけた。立ち上がろうとしても、立ち上がれなかった。力が、全く入らなか
った。足が、動かない。声も、出せない。不思議な、力。
目の前で、クラスメイトが殺された。たったそれだけで、こんなにも自分は壊れてしまった。
それが、悲しくて。それが、悔しくて。
どうして、まだ自分は生きているんだろう。どうして、まだ自分は生かされているんだろう。助け出されて、救い出され
て、そして、今もここにいて。

「おい、大丈夫か!」

誰かが、目の前に立っていた。小柄の、男の子。斜めに傾いた太陽がまぶしくて、顔が見えない。

「大丈夫か、明美!」

明美。自分を下の名前で呼ぶ男子は、このクラスでは一人だけだ。それは、つまり。

「浩ちゃん……?」

 入江浩太(男子1番)。ずっと探していた、彼氏が、目の前に立っていた。
 信じられなかった。嘘だと思った。

「あぁ、ケガはしてないみたいだな……! よし、とりあえずそこの木陰まで行こう! 少しの辛抱だ、頼むな!」

 担がれて、半ば引きずられる感じで木陰まで運ばれる。
 そして、浩太が、自分の顔を心配げに見つめていた。



 ……そこで、私の意識は途切れた。



  女子2番 伊出 茜  死亡



  【残り25人】





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