12.興味本位



 佐藤先生は、高見の見物をしている。
 だったら、あたしだってそれをしたって、いいじゃない?


 大沢尚子(女子1番)は、クラスの中では電波の入っている女の子という肩書で通っていた。別にそれが嫌だとは
思わなかったし、また否定する理由も無かったので、放っておいた。

何よ、電波が入ってるって。それがなんか関係あんの? それでなんかあんたらに問題でもあるの?
別にあたしは自分を捨てようとは思わないし、自分を維持し続けるつもり。あんたらには干渉されたくないの。ふざけ
んじゃないわよ。ちょっと人と変わってるからって差別みたいなことすんなんて、ホント、子供だねぇ。

今、尚子はE=4に位置する展望台の屋上にいた。
展望台とはいえども、少し大きめの2階建ての建物だ。最近は熊の出没が多いから、森を監視する為にこの建物は
建てられたのだ、とか。だが流石に会場内に熊を野放しにするほど政府の連中はバカではないはずだ。気にすること
なんて、ない。
どちらにしろこの展望台は見晴らしが良かった。天気がいいのもあるし、この辺りいったいでは一番目立つ建物に違
いない。一番最初に出発できたのは好都合だったし、ペアである加藤秀樹(男子1番)も真っ先にここに来ようとして
いたから扱いやすかった。
そして何よりも嬉しかったのが自分の支給武器だ。
今はそれを首からぶら下げて、裸眼でじっと視線の先に眼を凝らしていた。動くような物体はその先にはなかなかな
い。となると、もう自分の目の届かない位置にまで行ってしまったということなのだろう。

 そう、彼女には覗き見という、ちょっと変わった癖があった。

最初にその癖が身についたのは随分と昔の話。物心が付く前には既に興味を持っていたので、今では何故そのよう
な癖があるのかなんて思い出せるはずも無かったが、現にこの癖は残っているので、きっと幼い頃強烈な印象でもあ
ったのだろう。
とにかく、この支給武器は有難かった。いや、世間一般から見ればそれは紛れもない『はずれ』武器なのだが、尚子
にとっては恐らくマシンガンを支給されるよりも嬉しい代物だったに違いない。そう、双眼鏡という奴は。
別に尚子は加藤と親しい仲ではなかった。だからそんなに話も弾むことは無かったし、現にプログラムという状況下、
尚子もかなり怯えていた。
だけど、気が付いたのだ。どうせなら、このプログラムを楽しんでやろうと。
楽しむといっても自分から積極的にクラスメイトを殺しに行こうというわけではない。佐藤先生が自分達の殺し合いの
シーンを見たいというのなら、勿論自分にだって興味がある。いや、見たい。
実際、先程の放送で既に残りは半分近くまで減ってしまっていた。生憎自分がこの展望台に辿り着いたときにはそ
の生徒が死んだであろう銃声は2つとも鳴り止んでしまっていたので、今までずっとこの見晴らしのいい展望台で傍
観者としてやってきたものの、そういった戦闘シーンを拝めることなんて到底出来なかったのだ。

 そう、さっきまでは。

つい先程のことだ。何にも無く、暇だった尚子は、手すりに捕まってぶらぶらとしていた。傍から見ればそれは恰好の
標的となるのだが、幸いにして見つかることも無く、尚子は無事だった。もっとも、当人にはそのような自覚などないに
等しかったのだが。
その時だ。唐突に、その銃声は鳴った。
瞬時にして尚子の野次馬本能は活性化し、首からぶら下げていてた双眼鏡を両手で握ると、音が聴こえてきた方向
に眼を凝らした。比較的見晴らしのいい位置にその2人はいた。そう、学生服の2人だ。双眼鏡で覗くと、その顔まで
はっきりと見ることが出来た。三島幸正(男子6番)と、西野直希(男子5番)だった。
そして、尚子の脳内から2人に関するデータをピックアップする。三島は、確か放送の時点で既に誰かを殺しているの
は明らかになっている。現に銃を構えて立っているのは三島なのだから、彼はこの殺し合いに参加したということにな
るのだろう。そしてもう片方の西野といえば、ルックスはいいものの少々遅刻をする癖が激しい生徒、よく遅刻をする
原田真奈(女子3番)とも仲がよかった。確か彼のペアは死んだ原田の親友の吉田由美(女子5番)の筈。彼女は一
体何処にいるのだろうか。
まぁそんなことはどうでもいい。まずはこの戦闘の行く末を見守らなくては……といっても見るだけなら簡単なんだけ
どね。
銃を撃ったらしい三島は、少し後退りを始めていた。どうも放たれた銃弾は外してしまったらしく、西野は元気だった。
そして、腰に挿している長い棒から何かを取り出し……そうか、あれは刀だ。西野は刀を支給されたんだ。西野は一
気に間合いを詰めると、三島に刀を振るった。すんでのところでその攻撃をかわす三島、振り向きざまにもう一発銃を
放ったが、無理な体勢で放たれた弾はまたも外してしまったようだ。
いつの間にか、その双眼鏡を握る手が汗でぬれていた。そう、あれは命のやり取り。負けとは、即ち死なのだ。どち
らも生きようとして、必死に戦っている。何故このような戦闘が始まってしまったのかは解らない。だが、2人は戦って
いる。どちらも喧嘩慣れしているのかどうかはわからないが、とてもじゃないけどうちの相棒がこのどちらかに勝てると
は限らない。もしも自分が優勝を狙うのならば、ここは是非相打ちして欲しいものだった。
だけど、やはりそう上手くはいかなかった。いや、むしろ最悪のパターンだ。
無理な体勢で銃を撃った三島は、反動に耐え切れずに転びそうになった。なんとか足に力を入れて踏ん張ったもの
の、その隙を西野は逃さなかった。一気に刀を突き出したのだ。それに気付いた三島は咄嗟の判断で銃を握ってい
ない手、つまり左手を眼前に突き出したのだ。突き刺さる刀。三島の悲鳴はここまで微かに響いてきた。刀は完全に
三島の左腕を貫通していた。西野は刀を彼の左手から抜き、更なる一撃を叩き込もうとするが、今度は三島の銃が
吠えた。極度に接近していた為、西野は銃弾を避けきることができなかった。
崩れ落ちる西野。どうやら弾は左肩を掠ったらしい。そこから血が流れ出ているのがわかった。そう、わかったのだ。
学生服を着ているのにもかかわらず、だ。相当深い傷には違いない。だが、それを言うのなら三島だってそうだ。お互
いに不利になったとわかったのだろう。どちらも踵を返して、逃げ始めてしまった。
つまりそれは、戦闘が終わったということ。結果は、痛みわけだ。
自分は息をしていなかったらしい。2人の命のやり取りを見ている間、呼吸をするのも忘れていたのだ。ぶはっ、と咳
き込んで、ふぅと深呼吸する。頭が冷静になったのを確認してからもう一度戦闘が起きた場所を眺めたが、もうそこに
は誰もいなかった。

そして、今に至る。
相変わらず2人が何処に行ったのかは見つけられなかったし、西野のペアである筈の吉田も何処にいるのかわから
なかった。ああ、いいなぁ。佐藤先生なら、きっと本部で誰が何処にいて、そして何をしているのかまでもわかってい
るのだろうに。そう、あたしも含めて。
あの場所にはいなかったのだから、きっと2人とも今は移動している筈だ。あるいはどちらも傷を負っていたから、そ
の手当てをする為に何処か茂みの中に隠れているのかもしれない。
でも、茂みの中にいるとは考えられなかった。森は不潔だ。自然は汚い。変な虫やら蜘蛛やらがわんさかいるのだ。
とてもじゃないけどそんなところに留まろうとは思えなかったし、あの2人だって例外ではない筈だ。傷口にもしもそう
いった雑菌が入り込んでしまったら、ただでは済まされないだろう。
ふとそこまで考えて、ある考えに辿り着いた。もしかすると、この建物にくるかもしれないと。そうだ、何故ならここは清
潔だから。雑菌がいるなんて、考えられなかったから。いや、いるとしても、外よりは少ないだろうから。
はっと気が付いて、あたしは咄嗟に双眼鏡で入口の方面を見た。そして、やはりというべきか、そこには人がいた。
いけない、下にいる加藤に知らせなきゃ。とまで考えて、だがそこで逆にほぉ、と息を撫で下ろした。
なんだ、あの2人だったのか、と思ったので。
それは、東雲泰史(男子4番)と松岡圭子(女子4番)のペアだった。確か加藤が言うには、出発する前に東雲にここ
に来るように言ったのだとか。彼が来たらすぐに教えてくれといわれていたので、どちらにしろ下に降りなくてはならな
かったが。
よく見ると、東雲は怪我をしている。出発前に怪我をしていたが、さらに別の場所、右腕だろうか、右腕を止血してい
るような手当てが見えた。誰かに襲われたということなのだろうか。情けないことに、東雲は彼女である松岡に肩を貸
してもらって、よろよろと歩いていた。女の子に助けてもらっているなんて、なんとも情けない。
内心でふん、と笑いながら、尚子は下へ続く階段をそっと降りていった。1階に安置されていたソファに横になって、相
棒である加藤はだらしなく寝ていた。まったく、と毒づきながらも、尚子は加藤を起こした。

「加藤君、加藤君」

「……ん、あ! あ……あぁ、なんだ、大沢か。驚かすなよ」

「なんだそりゃ」

「で、何の用だよ?」

「なにさ、折角上で見張っていたってのに。東雲君達がお見えだよ」

「……そうか」

「じゃ、あたしまた上行って来るからね」

淡々と要件だけ告げると、あたしはまた上へと行った。
東雲をずっと待っていたというのに、いざ話してみると嬉しそうでは無かった。喜ぶかと思っていたのに、どういうこと
なのだろうか。
まぁいい。あたしは自分がしたいことをやるだけだ。








 そう、あたしは最後まであたしでいる。
 誰にも邪魔はさせない。








【残り7人】





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