13



 しんしん、しんしんと。雪は、降り続ける。
 彼女達のかけがえのない命は、紅い血となって……白い雪を染め続ける。

 こんな筈じゃなかったのに。
 こんな筈じゃ、なかったのに……。

 冷たい風が、頬をたたく。スカートから覗き出た真っ白なあたしの腿は、冷たくて震えていた。

「行かなくちゃ……」

 そうだ、こんなところであたしはくじけるわけにはいかない。これは事故なのだ。あたしは偶然ナイフを沙織に突き刺
してしまい、結果として沙織は不幸にも死んでしまった。それだけのことだ。気にしてはいけない。
それよりも今しなければならないこと。それは残った候補の一人である佐野 進(男子五番)をこの手であの世に葬り
去ること。公園に備え付けてある時計を見ると、それは午前四時十分前を指していた。この時間だと、既にあの男は
出発してしまっているだろう。今から出発地点に戻っても、誰とも会えない可能性が高い。逆に全員が出発して二十
分が経過して、そこが禁止エリアに指定されてしまったとしたらそれこそ大変だ。こんなへんてこな首輪を爆破されて
死んでしまうなんて、それこそとんでもない。

 あたしは立ち上がる。ブッシュナイフを元通り鞘に仕舞うと、あたしはそれをスカートに差し込んだ。沙織に支給され
たスタンガンは沙織のデイパックに入れて、あたしはそれごと持ち上げた。失くしてしまった自分の荷物の代わりだ。
ついでに藤田の分の食料と水もその中へと仕舞いこむ。
今は食欲なんて欠片もないが、いつかはおなかだってすくだろう。持っておいて、損はないはず。
そして、地図を取り出した。現在地は出発地点から二百メートル程離れた位置にある公園だ。この閑静な住宅街は、
会場の右側の大半を占めている。これだけの数の家があれば鍵をかけ忘れた家は本当にあるかもしれない。だが、
逆に言えば見つからなければそれこそ死角のない通路のようなもの。誰かに見つかったら危ないことこの上ない。ど
こか、開けた場所か大通りに出なければならなかった。
どうやら北に進んでいくと浄水場があるらしい。そこを抜けると商店街があって、大通りを挟んで図書館がある。もしか
したらそれだけの施設があるなら、生徒達も自然とそういう場所に集まるかもしれない。その中には、当然あの男だ
って含まれる。行ってみる価値はある、そう思って、あたしは歩き始めた。

 一体、今の気温はどのくらいなのだろうか。雪が降っているということは、恐らくマイナスなのだろう。なのに、あたし
はオーバーもコートも着ないで、ただの制服姿で歩かされている。勿論凍え死にそうなくらい寒い。温かい飲み物が
飲みたい。暖かい部屋の中で、勉強をしたい。本当は今頃なら受験勉強に勤しんでいる筈なのだ。連日深夜まで頑
張って、なんとか志望校に合格しようと必死で勉強して。そして、この間の判定でやっとB判定まであげられて、いよ
いよだといった矢先のプログラムだ。
神様が本当にいるのなら聞かせて欲しい。あたしは、今までなんのために頑張ってきたというのだ。
今まで十五年間生きてきて、その結末がプログラムだ。こんなことで死んでしまっては、なんのために今まで生きて
きたのかがわからなくなってしまう。こんなことなら、受験勉強なんかしないで遊んでいればよかった。もっともっと楽
しいことして、おしゃれもして、化粧もして、とにかく自由に生きていればよかった。
悔しくて、悔しくて。だが、今更後悔したって遅いのだ。ブログラムに参加していなければ、あたしは藤田や北村が覚
醒剤の常用者だということを一生知らずに過ごしてしまったし、なにより粛清ができる唯一の環境であるこのプログラ
ムに参加した以上、あたしはやるべきことを全うしなければならないのだ。

 あたしは間違ってなんかいない。
 あたしの粛清を邪魔する奴は、全員殺してやる。

急に前が開けた。そこには大きな施設だのタンクだのがおいてある。浄水場だ。今は全く稼動していないのか、そこ
から音が発せられることもなく、雪がしんしんと降り積もるのみだった。吐く息が白い。


  タァンッ!


「…………っ!」

その時だ。突然、かなり近くで、銃声が響きわたった。
咄嗟のことだったので、てっきりあたしが狙われているのだと思い、身を伏せる。だが、こんな隠れようのないところで
伏せたって何の意味も成さない。そしてあたしはまだ撃たれていないし、死んでもいない。どうやら、撃たれたのは別
の誰からしい。しかもかなりここから近い距離でだ。
雪は、防音効果をもたらすという。音が固体の雪に吸収されて、大して響かないのだそうだ。だが、その防音効果をも
ってしても流石に銃声までを消し去ることは出来ないらしい。あたしは聴こえてきた方向へ耳を澄ます。進行方向右
手だ。誰かがそこにいるというのなら、あたしは行かなければならない。もしかしたら、その銃声を放った生徒はあた
しを殺そうとした榎本達也(男子一番)なのかもしれないのだから。
緑色のガードレールの外側に沿ってあたしはゆっくりと歩を進める。所々に存在している電柱に身を潜めて、あたしは
慎重にあたりを見回した。誰の気配も感じられない。
そんな筈はない、確かにこちらから銃声はしたのだ。あるいはなんだ、それはただの暴発だったのか、あるいは撃っ
たけれども相手に逃げられてしまった、それだけなのか。


  タァンッ!


そうではなかった。再び、同じ方角から銃声が響いてきた。あたしの方向感覚は間違っちゃいなかった。
距離にして百メートルも離れてないだろう。あたしは一気にそちらの方向へ走った。撃った本人も、すぐにはこちらに
は気付かないだろう。そう思っての、あたしなりの思い切った行動だった。
少し走ると、再び交差点。裏通りがそこに走っていた。若干開けた場所、そこを、一人の生徒が全力疾走していたの
を見た。その生徒は、こちらに気付くこともなく、裏通りを一気に駆け抜けると、路地裏へと入り込んでしまった。
だけど、あたしは見た。その生徒の顔を。その引き攣らせた、酷い顔を。

 ……村田修平(男子十二番)を。

雪が降り積もっているというのに、よくもまぁあれだけのスピードが出せるものだ。流石抜群の運動神経。おちゃらけ
た奴とはいえ、野球部の四番はだてじゃない。
あたしでは、とてもじゃないけど敵わない。決して敵にまわしてはいけない男だと、瞬時に判断した。

 銃を撃ったのが彼だとすると、当然反対側には撃たれた生徒がいることになる。あたしは意を決して、そちらへと赴
いた。そして数分もしないうちに、その生徒は現れた。既に、事切れた状態で。
それは男子だった。頭を撃ちぬかれたのだろう、脳味噌と思しき物体が雪原にぶちまけられていて、さながらスプラッ
タ映画を見ているような気分になった。それでもあたしが平気だったのは、既にあたしが四人もの生徒をこの手で殺
害しているからなのかもしれない。相変わらずその臭いだけは、慣れそうにもなかったが。
傍に転がったデイパックから顔を覗かせていたのは、恐らく支給武器であろう金属バット。彼を殺した人物、それは恐
らく村田なのだろうが、彼には必要のない代物だったのだろう。その武器には、手をつけられた形跡がない。尤も、あ
たしだって、こんなかさばるものなんかいらないけど。
その死体は、恐らく小泉正樹(男子四番)のものだろう。辛うじて眼鏡から断定できた。それに、彼は出発前の木下
の父親から銃弾を喰らっている。それも判断材料の一つだ。彼のあの一連の行動を見ると、どうも彼はやる気にはな
らないような気はしていたが、こうもあっさりと死体となって目の前に現れてしまうと、なんとも情けなく思えてしまう。
山本真理(女子十二番)の時はひどく驚いたが、二度目ともなると(なんとなく死体があることも予想もしていたし)慣
れてしまうものなのかもしれない。死体に慣れる、なんてフレーズは、酷く恐ろしく思えたが。

 佐野が関係ないことを知って、あたしはさっさとその場を後にしようとした。
 だが、次の瞬間。


  ズダァンッ!


 今度は先程のとは違う、別の銃声が、それもかなり近くで聴こえた。
 また誰かが撃たれたのか、そう思ったけれど、どうやらそこには大いなる誤解が生じていたらしい。


  ズダァンッ!


 すぐ脇にあった緑色のガードレールが、ガコンという音を立ててへこんでいた。瞬間、あたしは全てを悟った。
 狙われているのは、何を隠そう、あたしなのだと。

「……この人殺し」

 その人物は、あたしの後をつけていたのだろうか。全く気配を感じさせずに、あたしの真後ろに存在していたのだ。
半ばずり落ちかかっている眼鏡をかけなおす様子も見せずに、その生徒―― 庄司早苗(女子五番)は、血走った瞳
であたしを見つめていた。
その手に握られているのは、紛れもなく拳銃。コルト・パイソン

 つまり、彼女はあたしが人殺しだと。
 ……まぁ、確かにあたしは既に人殺しだけど。



 マジかよ。



  男子四番  小泉 正樹  死亡



 【残り17人】





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