33



「よし、そうと決まればなるべく早いうちに行動に移そう。亮太、準備は大丈夫か?」

「そんなもん、とっくのうちさ」

 菅井の言葉に、既にデイパックまで担ぎ上げていた萩野はガッツポーズをしていた。180センチを超える二人がこう
して並ぶだけで、とても威圧がある。これだけ大きいのなら、同じ中学生相手では敵無しだっただろう。
萩野はグロッグ33を構えると、窓の外に向けて構えた。そして、ニヤリと笑みを浮かべると、腕を下ろして言った。

「よし……大丈夫、八幡で待っててくれな。必ず行くからな」

まるで自分に言い聞かせるように、萩野は奮い立っていた。そして、そっと会議室の扉を開けると、勝手口の方へと
歩いていく。続けて出発する中峰と城間も後に続いた。俺もここにいてもすることがないので、ついていくことにする。
最後尾に菅井が着いた。
木製の扉で出来た勝手口は、かなり老朽化が進んでいて、傷んでいた。まぁ、ゆっくりと開ければ軋んだ音が出るこ
ともないだろう。

「……じゃ、行ってくる」

萩野は扉を開ける。そして、茂みに身を潜めつつ、素早く駆けていった。少しだけ音がしたが、別にそれで狙撃されて
しまうといった事態もなかった。
そんなの、当たり前だ。これは全て狂言なのだから。狙撃者なんか、本当はいないのだから。

「次はうちだね」

 城間が、屈伸運動やアキレス腱を伸ばしたりしている。確かに、今から八幡までマラソンをするのだから、よく準備
運動はしておいたほうがいいだろう。後に響くと大変だからな。尤も、そんな“後”なんか存在しないのだけれども。せ
いぜい体力を減らして待っててくれ。お前の武器は、発動されたら対処しようがないのだから。
手榴弾……か。もしも投擲されたら、どうやって防げばいいだろうか。悪いけど銃の扱いにはそんなに自信はない。ま
してや仮にもマネージャーとはいえ、運動神経に優れたバスケ部が投げるそれを、素人同然の自分が撃ち落とすな
んて高等技術、出来ると過信できる根拠がない。厄介な武器だった。

「よーし、ちょっと走ってきまーす。向こうで待ってんね」

萩野が扉を開けっ放しにしていたから、改めて軋んだ音を立てる必要もなかった。城間は一目散に駆けて行くと、あっ
という間に建物の陰に入って姿が見えなくなった。

「…………」

 次に出発する中峰は、静かに立っていた。やはり、成海が死んだことに相当ショックを受けているのだろう。遭遇し
たときは溢れんばかりの殺意を感じていたというのに。たとえマシンガン持ちでも、こいつには負けるとは考えられな
かった。
菅井も彼女が落ち込んでいることに気付いたのだろう。近付いて、そっと肩を叩いた。

「安心しろ、大丈夫だ。まだ奴は気付いてない。お前は誰にも殺されない。そのマシンガンを使うこともない。だから気
 軽に向こうの八幡さんへ行け。……よし」

キャプテンとして。自身が一番緊張しているだろうに、仲間の緊張をほぐす為に、自身を偽り、演じなければならない
存在。栄一郎も……そうやって俺たちに対してずっと演じ続けてきていたのだろうか。ずっと自由奔放にバットを振っ
ていた、俺たちに対して。

「うん……行ってきます……!」

中峰が、外への第一歩を踏み出す。その瞬間、彼女の体は命を奪われてもおかしくない戦場へと立ったのだ。足が
震えている。恐らく一人で行動するのは初めてなのだろう。その気持ちは痛いほどにわかる。だけど安心しろ。お前
の命を狙う奴は、外には誰もいないのだから。
俺はゆっくりと木製の扉を閉める。最後に出発するのは、俺たち二人なのだ。それも、わざわざ正面玄関から堂々
と。一体、菅井は何を考えているのだろうか。
菅井は無言で表の方へ廻る。仕方無しに、俺も後についていく。

 なんとなく、嫌な予感がした。

正面玄関。菅井と城間が俺たちを受け入れてくれたその場所に、辿り着いた。菅井はジェリコ941を右手に構える
と、そっとその引き戸式の扉を開いた。

「さぁ、村田。行け」

「……は?」

予感は、確信へうつった。
菅井が、ジェリコを俺に向けて構えていた。脅迫のつもりか。俺は言われるがままに、外に出た。そこに広がるのは、
澄み切った青空。一面に広がる緑。スケッチには最高のコンディションじゃないか。

「どうだ、村田。誰かいるか? ……いないだろう」

「……なんの真似だ」

振り向くと、銃口を俺の体へと向けた菅井が、顔を憎々しげに引き攣らせている。その口元が、薄っすらと笑みを浮か
べていることに、俺は少しだけ恐怖を感じた。
何の真似か、なんて。そんなことは俺自身が一番わかっていることじゃないか。
菅井は俺の事を疑っている。本当は成海を殺したのはお前なんじゃないかと、そう疑っているのだ。だからその真偽
を確かめる為に、わざわざこの役場に、俺と二人きりにしたのだ。裏切り者には制裁を、それが、彼の考えたルール
を守るための術。

「悪いけど俺は騙されないぞ、そんなちんけな芝居には」

「芝居? いったい何の話だ」

「お前だろ、成海を殺ったのは」

 ほら、やっぱり。
 菅井は疑っている。端から信じてなんかいなかったのだ。

「……憤慨だな、そう思われているだなんて。菅井、目の前で殺されたんだぞ? いい加減にしろよ」

「だろうな。だから俺はお前を外に立たせた。それで、お前は立った。躊躇せずにな。もしも本当に誰かが成海を狙撃
 したのなら、お前はわざわざこんな危険を冒す必要がない。たとえ銃を向けられていても、反抗してくるのがお前
 だ。だけどしなかった……お前、知ってたんだろ? 外には誰もいないって」

なるほど、そういう風に考えていたのか。確かに、便所の小窓ごしに脳天を撃ち抜ける程のスナイパー様がいらっし
ゃったのなら、俺が外に出た瞬間に頭を吹き飛ばされていてもおかしくなかったわけだ。だとしたら、本当にそんな事
態が起きていたのなら、俺はたとえ銃を向けられていても必死に抵抗しただろうな。ああ、なんたる失態。

「銃で脅されていたら、嫌でも外には出るだろう」

「ふん……どうかな」

なんとかしなきゃならない。俺はソーコム・ピストルに手をかけようとした。その瞬間、俺に向けられていた銃口がさら
に上がり、脳天を指し示していた。ピクリと俺の指が動いて、止まる。

「それ以上動いたら、有無を言わさず俺は引き金を絞る。いいな」

 完全な膠着状態だ。
 やはりこの男、下手に仲間にならずにさっさと殺しておけばよかった。

「いったいどうすればいいんだ」

「質問に答えてもらおうか。お前は、成海を殺したのか? それとも……」

 最後まで聞き終わらないうちに、俺は体中に悪寒が走ったのを感じた。
 まるで背中に電撃でも浴びせられたかのようなその感じは、俺の本能を呼び覚ました。

 やばい……!


  パァンッ!


 本当にそれは、第六感が働いたとしか言いようがなかった。
俺は咄嗟に横に跳んで、身を屈めた。そして、転がりながらも、自分の立っていた位置の地面が軽く弾けるのを視認
する。背後だ、背後から狙撃されたのだ。突然何が起きたのかわかっていない菅井に向けて、俺は怒鳴る。

「バカ、呆けてんな! 隠れろ!」

菅井がはっとして、入口の柱に身を潜めた。再び同じ銃声があたりに響き、今度はまさにその隠れている柱が弾けた
のを確認した。そして、確信。

「菅井、駄目だ! 出て来い!」

俺は怒鳴ると、建物の前に生えていた茂みへと姿を隠した。菅井も続けて飛び込んでくる。少しだけ頑丈に作られた
低い垣根は、どうやら俺たちの姿を隠すには少し不十分のようだ。顔を覗かせると、そっと様子を窺っている奴が一瞬
だけ見えた。距離にして約十メートル、向こうは家の塀に隠れているらしい。
俺は即座にソーコムを抜き取ると、その隠れている方へ向けて二発撃った。だが弾は見当違いの方向へ跳んでい
く。くそ、もう少し練習しとけばよかった。

「村田……あいつは」

「一瞬見えた。転校生だよ、ちくしょうめ!」

 そう、転校生。
 クラスメイトの誰でもないのだ。となれば、それしか該当者はいないだろう。


 そして……こいつを利用しない手もない。


「菅井……自分の愚かさを認めてくれるんだったら、協力してやってもいいんだぜ?」


 成海は転校生に狙撃されたと、認めてくれるのなら。

 偶然転校生が俺たちを襲撃してくれたのは好都合だった。お陰で命拾いしたよ。
 まぁ……その代償として、再び命を落としそうになっているわけなんだが。



 【残り8人】





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