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 一瞬、望月が何を言ったのか、理解することが出来なかった。
 いきなり、体育館が爆発して、そしていきなり『死んでくれ』なんて言われても、正直困った。


「ど……、どうして?」

「はぁ? 俺が何のためにお前らを集めたのか、わかるか?」


 何のため?
 その答えは、ただ一つ。たどり着いてはいけない、最悪の答え。


「俺達を、皆殺しにするため……か?」

「そう、わかってるじゃないか。さっきも言ったけれどね、俺にとっちゃ、お前らなんてものは正直どうでもいい。ああ、
日高は別だよ。今までずっとこうして仲良くやってきたんだからな。けれど、このゲームじゃそんなものは必要ないって
こと、お前だってわかっている筈だろ?」

「あいつらは……どうでもよかったってのか?」

「うん、俺にとっては必要のない人間だった。どの道、あいつらも集合しなかったらただのバカ軍団だからな、何もしな
いで死んでいっただろうね。まぁ、あいつらは勝手に俺のところにきたんだ。俺がどうしようと勝手だろ?」

 やっぱり。

日高は、そう感じることが出来た。望月は、端からこの『野良犬』のことをよく思っていなかったのだ。さっさと解散させ
たい、あいつらから解放されたいと、必死に思っていたのだろう。
だが、そのために望月は、たとえプログラム中であろうと、決してやってはならない方法であいつらを消去してしまっ
た。まるで、ゲームのリセットボタンを押してしまったかのように。
そして、その光景を見て、真実を知ってしまった自分を望月がこのまま生かしておくはずがないということにも。

右手で固く握っていた折り畳み式ナイフを、さらに強く握り締めた。

「だからさ、わかってくれよ。死んでくれって、な?」

なぁ、金ないからさ、100円貸してくれよ。なんてノリで話しかけてくる望月に、自分自身がすくみあがっていることに
気がついた。体が動かなかった。殺意をむき出しにしている目の前の悪魔に、最早逃げ出すことも出来なかった。


 戦うしかない。


望月が、笑みを浮かべながら近づいてくる。距離は3mをきった。2.5m、そして2m……。
日高は、覚悟を決めた。

「くっそぉぉーっ!」

本当なら、戦いたくなんかなかった。出来ることなら、最後まで戦いたくなんか。
だけど、それは幻だったのだ。自分に行き場などない。この『野良犬』でなければ、自分は受け入れられることなど、
決してないのだ。この『野良犬』にいる限り、自分は戦いを強いられるのだ。
だから、今ここで望月を倒して、自分も解放される。自由になるんだ。

ナイフを繰り出した右手は、望月の頬を掠った。
望月は少し顔をしかめながら、自分の左手で切り傷を触っている。

「痛いな」

そして、そう一言言うと、一気に突っ込んできた。てっきり右手に握られているナイフに気を取られていた日高は、まさ
かその武器を使わないで突っ込んでくることなど、想像もしなかった。
望月の右足が、強烈な蹴りを放つ。咄嗟の判断で両手で腹を守ったのだが、衝撃は凄まじかった。当然、逃げ腰だ
った日高の体制は崩れ、後方に仰け反る形となる。
さらに望月が蹴りを放ってきたので、その形を利用して一旦地面に転がり込んだ。そして反動一回転をして、あっとい
う間に体制を整える。防御には、自信があった。
望月が今度はナイフを繰り出してきた。慌てて自分のナイフで受け止めると、なんといきなり左手でナイフを握る右手
が掴まれた。そのままの勢いで、背負い投げの要領で思いっきり手加減無しに投げられ、思わずナイフを手放してし
まった。



 しまった……!



受身を取ったものの、右手はがっちりと掴まれて、離す素振りが見えなかった。
そして、望月が再度ナイフを繰り出してくる。そこに、躊躇の類は見受けられない。

「がぁっ!」

ナイフは簡単に日高の腹部に突き刺さった。焼けるような痛みが、一瞬で日高の体の神経細胞を刺激していく。
痛かった。痛いとしか、言いようがなかった。歯を食いしばっても、我慢なんて、出来なかった。

「うぐ……うぐぅぅ〜っ……」

「終わりだ」

望月がそう淡々と述べると、突き刺していたナイフを抜き出した。途端、血が、傷口から漏れ出ているのが見なくても
わかった。自分の命が、徐々に失われていくのが、わかった。

「終わりなのは、そっちだよ」

その時だ。トーンの高い声が、日高の耳に届いた。男子ではない、女子だ。一体、誰なのだ?
ぐるりと首を動かすと、望月が苦しそうにもがいていた。声は出ていないものの、首元をかきむしっているのが見え
た。そういえば、体の拘束が今はない。それなのに、こんなにも体がダルいとは。

「ぐ、がっ!」

望月の首を、何かが締め付けていた。それは、紐のような、なにかそういうものだった。そして、締め付けているの
は、女子だ。月を背後にしていて、暗くてその姿は確認できなかった。
突如、望月の首がスパン、と音を立てて千切れた。ぶしゅう、と血がシャワーのように吹き出ている。何が起きたの
か、理解することも出来なかった。それは、つまり望月の死を意味しているのだが、瀕死状態の日高には、それを確
認することも出来ない。
呆気ない最期だった。その人物は、自分が落としたその折り畳み式ナイフを拾い、今度は自分の方を向いている。そ
して、ゆっくりと近づいてきて、その刃を、首元に突き刺した。その光景は、酷くゆっくりとしていた。その女子生徒は、
なんだか笑っているように見えた。
最期に、その女子の笑みが見えた途端、日高の首元にナイフが突き刺さり、視界を瞬時に紅色に染め上げた。




「ふぅぅ……」

 そう嘆息をつく女子生徒、長谷美奈子(女子18番)は、日高と望月が持っていたナイフを拾い上げると、悠々と小学
校を去っていった。
こうして、トトカルチョ3位の実力を持つ望月道弘を含めるグループ『野良犬』は、いとも呆気なく、その最期を迎えたの
だった。





 男子28番 日高 成二
    32番 望月 道弘  死亡







   【残り50人】



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