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 かごめ歌には、幾つかの伝承がある。
 祝福の象徴である鶴と亀が滑ったと言う事から、流産を歌ったものではないかというもの。
 罪人に目隠しをさせて首を切り落とすという、昔の死刑の仕方を歌ったものだというもの。
 はたまた埋蔵金のありかだとか、様々な説が流れている。

 子供には、その純粋な心から魔力が宿っているという。
 かごめ。漢字で書けば、籠目。籠の中の子供は、魔力が強すぎたから封印されたんだ。



 よく、母はこういった話をしてくれた。雑学ならなんでも母に聞けば、教えてくれた。そんな母が大好きだった。警官
をやっている父も、大好きだった。父は強かった。国の治安を守っているんだと、いつも自慢げに話していた。父に薦
められて、あたしも武術を始めた。もともとその才能があったのか、ぐんぐんとその華を咲かせていった。
優しい母。逞しい父。あたしは、幸せだった。

 そう、あの事故が起こるまでは。

母が何かのコンサートを見に行くとかで、出掛ける予定だった。
父は雨が降っているからと、自分の車で会場まで送って来るからと言って、母と二人で出掛けていった。あたしの方
は道場に行かなければならなかったので、一人道場へと急いでいた。
道場で練習に打ち込んでいたら、その知らせは来た。
父と母の乗った車が、トレーラーの横転事故に巻き込まれたのだという。
急いで胴着のまま、あたしは病院へと自転車を走らせた。そして、その安否を確かめに行った。だが、医者は両親に
会わせてくれなかった。見ないほうがいい、と。
それが何を意味していたのか、当時小学六年生だったあたしには薄々わかっていたのだと思う。
こうして、あたしは独りぼっちになった。

従兄弟の家に引き取られた。その家は最悪だった。
あたしは邪魔者だった。そこには既にかつてのあたしと同じように幸せな家族がいて、そこにはあたしの居場所なん
かなかった。あたしは無視された。雑用を頼まれて、まるで小間使いだった。女中だった。
楽しみなんか、何処にもなかった。義務教育だから学校には行かせてくれたけれど、最低限の資金だけしか提供さ
れなかった。そして、あたしの人生は、一気につらないものへと変わってしまった。


 最愛の家族を失った。
 幸福な生活を失った。
 残された物は、何一つ無かった。


失うものなんか何も無い。その思いが、あたしを強くさせた。
家になんか帰りたくなかった。だから、剣道部に入って、ただひたすら剣道のことだけを考えた。ただただ、剣道に集
中した。
萎んでいた才能は、一気に開花した。地区大会で右に出るものはいなかった。男子にだって試合を申し込まれたけ
れども、まるで赤子の手を捻るように簡単だった。都大会もどんどん勝ち抜いていった。結果は準優勝だったが、それ
でもまだまだ上にはいけそうな勢いだった。
ただ、剣道だけが生きがいだった。剣の道だけが、あたしという存在を証明してくれた。

いつしか、従兄弟の家族に対する不満が爆発しそうなほど膨れていた。
その思いは辛うじて抑えていたが、我慢できないくらいだった。4年間溜まっていた思いは、剣道で発散しようにも出
来なかった。
なんでこんな弱いこいつらにへこへこしなきゃならないんだ。
実力では既にあたしの方が上回っているんだ。こいつらなんか、殺そうと思えば殺せるんだ。
ああ、こいつらを斬ってみたい。あたしの華麗な剣捌きで、ズタズタに斬り裂いてやりたい。
斬りたい。そうだ、人を斬るって、一体どんな感じなんだろう。





 斬ってみたい。人を、斬り殺してみたい。





辻 正美(女子11番)は、日本刀『村正』を鞘から出してまじまじと眺めた。
美しい。なんとも言えない斬り味は申し分ない。ああ、もっと斬ってみたい。もっともっと。村正が、そう言ってくるかの
ように、それは感じられた。少しだけ赤い血が、こびりついている。
まだ、2人。まだ、2人だけだ。もっともっと。もっともっと斬りたい。

F=7、ポツンと、民家が建っていた。禁止エリアにかなり接近しているこの危険地帯。まさか。
そっと、窓枠から中を覗く。そこには、確かにデイパックが、あった。それも、2つだ。


 獲物、発見。


自然と顔に、笑みが浮かんでいた。



 籠の中の鳥は、いつ出会う?
 さぁ、わからない。永遠に会うことは、ないかもしれない。

 だって、その前に斬り殺される運命にあるのだから。




   【残り31人 / 爆破対象者22人】



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