友永 武(39番)は分校を出ると、すぐ脇にあった茂みに隠れた。

 ここからなら、出発してくる生徒が丸見えだ。





 俺……やっぱり帰りたい。

 帰って、パートで忙しい母ちゃん、手伝ってやりたい。





 武の家は、貧しかった。まだ自分が物心つく前に、事業に失敗して多額の借金を残して自殺した父親。
その時、母も後を追いかけようと思ったものの、まだ当時2歳だった武と、腹に身ごもっていた胎児のことを考え ると、やはり死ねなかったらしい。
多額の借金の大半は父親に掛けられていた保険金でまかなう事が出来たけれど、まだン百万の額が残ってい て、あと25年は、返済しつづけなければならない。
母は自分達兄弟を育てる為に、骨身を削って働いた。昼はパート、夜は水商売。家事は全て武がやっていた。 弟の健は必死に洗濯物を干していたし、武も中学を出たら働く予定だった為に、あらゆることをこなせるようにし ていた。年をごまかしてアルバイトをしたこともあるが、その華奢な体格に秘められた筋肉と精神のおかげで、 ばれることはなかった。
そしていつしか、自分もクラスの中で地味で目立たない存在になり、友達もいなかった。




 それも、全ては母を、救うため。




つまり、彼も戸塚正太郎と同じで、信頼の置ける友人という存在が無かった為、このゲームに乗ったのだ。
彼、武にも殺人への禁忌というものはあった。だが、その禁忌とされていることをも犯してしまおうというのは、 彼の精神がそれほど堅固していたからであろう。




 全ては、母のため。




本来なら彼は6番目に出発する予定だったのだ。もしそうだとしたら、分校の前で次々に出てくるクラスメイトを 殺すという考えを捨てたのかもしれない。だが、外都川仁(35番)と富岡欣治(38番)が出発前に死亡したこと で、結果として4番目に出ることになった。つまり、自分より先に出たのは3人。たった3人だ。その中の誰かが わざわざ戻ってくるようなことは無いだろう。

最初に出発した戸塚正太郎は、自分と同じで(しかし自分とはかなりかけ離れているが。自分には昔からの友 人がいたのだ、違う学校だが)このクラスに友人と呼べる存在はいなかった。だから平気で人殺しもできるだろ う。だが……あえて最初の人物なら、この島には自分しかいないのだから、分校から離れていくだろう。少なく とも、自分ならそうする。自分と似ている戸塚なら、今頃は何処かの家にでも隠れているのだろう。
次に出発したのは外都川を飛ばして殿村竜二(36番)だ。彼は泣きながら教室を出て行った。もとから女々し いのだ、殿村は。本当に弱くて、いじめたくなったこともある。だが、十和田雅彦(43番)がいじめで転校し、 滑泰樹(32番)が停学処分ですんでよかったくらい、いじめには口うるさい学校だ。あいつだってクラス一気の 弱い奴だから、放って置けば、きっと誰かに殺される。

ただ、気になるのがその次の人物だった。飛田信行(37番)。親が噂しているのを聞いて、また戸塚からも聞い たことなのだが(体育の時間にペアを組んだ時、たまたま目をあわさずに話し掛けてきただけだが)、どうも飛田 の親は反政府組織に入っているらしい。きっと、飛田自身も戦闘訓練とかを受けているのだろう(それは武の推 測だった。この前観た政府の映画で、反政府組織を潰すストーリーの、ごくごくプレーンでつまらない物。そこ で、ボスの子供がとんでもなく強かったことを覚えていた)。だから、こういう事態にも手馴れているのかもしれな い。国を潰す為にクラスメイトを潰す。そんな感じだろう。現に、彼の噂は瞬く間にクラス中に知れ渡り、誰も口外 することは無かったものの、確実に飛田は孤独になっていったのは事実だ。
だから、自分より先に出た飛田にやられでもしたら、全てが駄目になる。だが、その心配もないと武は思ってい た。いくら飛田でも、武器を常に所持しているということは無いはずだ。なんせ、郊外学習の時間に凶器を持っ てきているという発想自体が危険だ。もし飛田に『武器』が支給されていたのなら、もちろん危険であることも承 知していたが。まぁ、慎重な男だ。まずは遠くのほうへ逃げていくのだろう。近くには、いない。

 そういうわけで、武は今昇降口の近くの茂みで、支給武器のルガーP85と言う名の拳銃を構えていた。使い 方はわかっている。だって、自分達がこのゲームに巻き込まれる前の授業で、思いっきり説明されていた物だ。 これでも物覚えはいいほうなので、慣れた手つきで銃を構えていた。

「そろそろ…2分かな?」

 たった2分のインターバル。しかし、実際に待つとなると永いものだ。1人ずつ撃ち殺すとなっても、軽く1時間 はかかる。

あ……でも、いくらなんでも玄関で人が死んでいたら誰だって注意するよな……。1回ずつ死体を見えないとこ ろに移動させなきゃならない。さぁ……そろそろ出てくる頃だ。



 ゴッ!



 突然の頭の衝撃。ただ、鈍い音を聞いただけだった。その感覚を感じただけで、あとは無。

 何が起こったのかわからないまま、友永武はあっさりと死んだ。そんなことも知らないまま、目の前を、豊田敬 (40番)が通り過ぎるのを見届け、飛田信行は、支給されたフライパンをデイパックに戻し、ルガーP85を拾 い上げた。



 彼は反政府組織の親を持つ少年。人を殺すのも容易だった。
 脊椎の上には盆の窪と呼ばれる急所がある。思いっきり叩くか突けば、人はあっさりと死んでしまうのだ。
 飛田は、豊田が分校の外へ出るのを見ると、友永の亡骸に告げた。


「お前がクラスメイトを殺すのは勝手だけどな。俺の前でむざむざ殺させはしないよ」


 勿論、武は自分の守りたかった母、そして弟の健が既に政府の連中によって殺されていることなど、知る由も なかったに違いない。



  39番 友永 武  死亡



【残り38人】




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