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飛田信行(37番)は、ただ歩きつづけていた。
地図でいえば、場所はD=2。時刻は午前7時を20分ほど過ぎていたので、ここから少しでも北へ行こうもの
なら、即刻強制退去処分を食らうことになる、いわば危険地帯だった。
だがだからこそ信行もこの場所を見にきたのだ。生存者がもしC=2にとどまっていたら、恐らく20分ほど前に
既に死亡していることになる。だが、そうクラスの連中は馬鹿ではあるまい。必ず、そのエリアから脱出して、そ
の付近のエリア……そう、この近くに潜んでいるのだろう。
そして、もし遭遇した生徒がやる気で、他のクラスメイトの殺戮を試みていたのなら……いや、そのような考えを
もっているようならば、信行はその生徒達を殺さなければならなかった。それが、己の正義だった。
2年前、自分の父親が反政府組織に入り込んでいたことを知った。普段は誰も入れない父の部屋。だが、父
が自分に託したキーホルダーには、何故かその合鍵が入っていた。手紙と、共に。
内容は次のようなものであった。
もしお前がこの鍵を見つけたとしても、お前は決してこの鍵を使ってはならない。
ただし、私がもし死んでしまった時にのみ、その約束は破棄してよい。
そして……その手紙を見つけた翌日に、父の死亡通知が一通の手紙によって知らされた。
当時、母は黙ってその手紙を受け取っただけだったが、信行は一日中喚いていた。あきらかにおかしかった。
何故、そんな手紙を信じるのか?
嘘かもしれないだろう? いや、嘘だと言ってくれ!
無我夢中でキーホルダーを叩き割り、巧妙に隠された鍵を父の部屋に差し込んだ。
ガチャリ。
開いた。そしてその異様な光景を、信行は目の当たりにした。
積み重なった書類。膨大な蔵書数。そして、デスクトップ型のパソコン。薄暗い、そして窓の無い部屋。
そして、キーボードの上に置いてあったレポート。
『1998年度 第37号プログラム』と書かれた表紙をめくり、そして驚愕した。
参加生徒名簿、その1人1人の正確がびっちりと書き込まれた紙、紙、紙……そして、ガダルカナルという文字
で書かれた何かの設計書のデータだろうか? わけのわからない数字の横に並ぶ、えらく変則的な数字。
そしてパソコンの隅に詰まれている『ハッキング』と英文で書き込まれている本を見て、現実を突きつけられた。
父は、このプログラムに参加している生徒に殺されたのだと、いつの間にか背後に立っていた母が言った。
聞くと、父は反政府組織の一員で、その1つの戦闘実験第68番プログラムの破壊計画をしていたのだという。
そして遂にプログラムを実施している会場を襲撃し、生徒を救出しようと試みたのだが。
参加していてようは『やる気』になっていた生徒に殺されたのだという。
全てを聞かされて、信行は母に抱きつき、泣いた。そして、誓った。
やる気になっているやつら全員を殺して、父に代わって俺が変わりに皆を助けてやる。
弱くて泣いているやつら全員を、救ってやる。
ゆっくりと辺りを見回しながら、誰もいないのかと信行は嘆息した。
それならば、自分は今度は午前9時になる港の周辺に移動しなければならない。
移動するのなら、早い方がいい。油断すると既に何人も殺しているかもしれない人物(いないとは言い切れない
のだ。なんせ、既に残りは31人……出発して8人も死亡しているのだ。それに、先程の放送直後に聴こえた銃
声によって、再び誰かが殺されているのかもしれないのだ)に襲われて、計画そのものが駄目になる恐れがあ
る。
なんせ、遠いのだ。距離は短くても、ゆっくり慎重に進むのなら、どんなに早くても1時間はかかる。
ふと、視線を感じて辺りを見回した。
緊張が迸る。
「飛田……飛田じゃんか!?」
安堵。
唐突に聞こえた声には驚いたが、その特徴的な声の主はすぐにわかった。
「佑作か」
「飛田……俺……」
土井佑作(27番)。友好関係のほとんど無い信行にとっては、数少ない友達関係を保っている人物。
だが、彼ももしかするとやる気なのかもしれないと、密かに右手で友永 武(39番)のものだったルガーP85を
握り締めた。汗はかいていなかった。
「佑作。お前はやる気なのか?」
静かに、冷酷に信行が言うと、佑作の顔から笑みが消えた。
「何言ってるんだよ? 俺がやる気にでもなると思うか?」
決して冗談の入っていない口調。
「じゃあ、お前の武器は何だ?」
だがそれに臆することなく、信行は淡々と言った。下手に銃を突きつければ、効果は逆になるし、脱出の際にも
信用してくれないかもしれない。考慮してのことだった。
佑作はデイパックをその場に下ろし、布で巻かれたやや大きめの物を取り出した。
「俺の武器はこれだよ。危険物だけれども、到底人は殺せないよ」
そういって布を解き、出てきた物は、何の変哲も無いのこぎりだった。
再度やる気のないことを確信し、信行はもともと支給されていたフライパンを抜き出した。
「俺に支給された物はこれだ。もういいだろ? さっさと行け」
そして軽い動作で手を向こうへ振った。そう、別に信行は佑作と行動を共にしようとは思っていない。いや、むし
ろいたら迷惑なのだ。やる気になっている生徒から佑作を守っていたのでは、到底勝利などありえないのだか
ら。
だが、もちろん佑作はその心理は理解できなかったのだろう、反論してきた。
「なんでだよ? 俺達、2人でいれば安全じゃないか? ……それともなんだ? 俺が、信用できないのか?」
「……。俺は、やる気になっている奴等は全員殺すつもりでいる。それが、俺の正義なんだ。それに佑作を巻き
込みたくない、それだけだ」
「おい!? 待てよ……お前、クラスメイトを殺すのか!?」
質問には答えず、手首につけた腕時計を見た。7時40分だった。早くしないと、9時までに港に行けなくなって
しまう。
信行は舌打ちして、遂に銃を構えた。
「おい……? 飛田……その銃は……!」
「さっさと行け。これ以上俺を困らせると、撃つぞ」
「……! わ、わかったよ……わかったよ! 畜生!」
そう叫んで、佑作は後ろを向いて走っていってしまった。
これでいいのだ……もう誰もいない場所で、1人信行は思った。
これで、もう完全に遣り残したことは無い、と。
自分で唯一の友だと思っている佑作に、もう再び逢えることは無いだろうと。
多分。
【残り29人】
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