013



 これで、二人目。

「……ふぅ」

 俺は、思わぬ獲物をしとめられたことに、少しだけ安堵していた。
 これで、二人目。復讐は順調に進んでいる、いや。進みすぎているといっても過言ではないのかもしれない。

 寺井晴信は残念ながら逃がしてしまった。殺害現場を見られた以上、目撃者である彼の口を封じるのは懸命な手
段ではあったけれど、よくよく考えてみれば俺はあいつに対してこれといって憎むべきことはなかった。殺そうと意識
しても、体がそれを拒絶してしまう可能性はあった。
しかしまぁ……あいつに俺が殺される、なんてことはないだろう。あいつがやる気になるなんてことは考えられなかっ
たし、あいつが生き残る為に誰かを殺すというシーンが想像できないのも事実だ。それよりも、安易に人を信じてつけ
こまれて殺されるといった方が、イメージに事足りる。
自分自身にも、それは当てはまるのかもしれない。よくよく考えてみた。俺はいったいなにがしたいのだろうか。これ
で、復讐と銘打って五人の女子を殺害したところで、結局は状況は全く変わらない。相変わらず殺し合いは続くのだ
し、それで俺が最終的に生き残るなんてことは可能性的には限りなくゼロに等しい。そう、この次の瞬間には、近くに
備え付けられた爆弾にでもひっかかって、仁科明日香(女子12番)同様にあの世へ吹き飛ばされてしまう可能性も
あるのだ。そう考えると、恐ろしかった。
俺が、死ぬ。それは間違いなく近いうちにやってくるのだろう。その時はその時だが、それはせめて復讐を達成して
からであって欲しかった。それまでは、怪我をすることだけは避けなくてはならない。
近本絵里奈(女子9番)は、そういえば道端に転がっていた。全身が血だらけで、もとから瀕死の状態だったのだろ
う。俺の姿を確認しても、ただそれだけで。なにも、抵抗もせずに。俺の折畳式ナイフに沈んでいった。俺は近本を楽
にしてやったまでだ。いくらこいつも仁科同様復讐の対象だったからと言って、じわじわと痛めつけて殺すといったよう
な快楽主義は持ち合わせていなかった。ただ、このときは。その痛々しい姿を見せ付けられて、少しだけ哀れに思っ
た、それだけだった。
しかしよく考えてみろ。近本は、瀕死の重傷を負っていた。それは即ち、誰かが近本に対して襲い掛かったということ
だ。現に、辺りを見回しても近本に支給されたと思われるバッグは見つからなかったし、近本自身もなんの武器も持
ち合わせていないみたいだった。つまり、その襲撃者が持ち去った、ということが想像できる。近本は仕留め損なった
というよりも、普通に死んだと思ったのだろう。俺も近くに寄るまでは、それが生きているのかどうかさえわからなかっ
たのだから。
これだけの傷を負わせたのだ。近本は弓道部に所属していたから、ある程度の運動神経は持ち合わせていた。それ
をこうしてしまうのだから、相手もそれなりに身体能力に優れているのだろう。あるいは、背後から奇襲でもかけたの
か。とにかく、その相手は要注意人物であり、さらにはまだこの近辺に潜んでいるのかもしれない。そう考えると、な
んとなく不安になってくる。まだ今が昼間なだけマシだ。これが夜だったら、恐らく俺のメンタルは崩壊していたに違い
ない。
既に出発した生徒の中で、近本を殺そうとした人物。最初に思い当たるのは、近本の悪友だった仙道美香(女子8
番)と佐原夏海(女子7番)だ。この三人は、常に俺に対して陰湿な嫌がらせをしてきたやつら。まだ生き残っている
であろう二人も、俺の復讐対象者に格付けされている。こいつらが、近本を誘い込んで裏切ったのだとしたら。考えら
れないことはない。
他には……誰がいたかな。そう考えると、あいつも怪しい。こいつも怪しい。やがて全員が怪しいことになってしまい
そうだったので、俺は考えるのをやめた。もとから全員が敵なのだ。いちいちそんなことは、考えても仕方のないこと
だ。

 しばらく歩くと、また人が転がっていた。慎重に近づいてみる。今度は、ピクリとも動かない。既に死んでいるのだ。
恐る恐る顔を覗きこんでみる。顔を引き攣らせて、真っ青な顔をして死んでいるそれは、最初のほうに出発した鈴木
(男子8番)だった。その手には、なにやら矢のようなものが握られていた。傍らには、血まみれのアウトドアナイフ
が転がっている。その近くには、本部で支給されたバッグが二つ。
そして、線はひとつに繋がった。鈴木は恐らく、ここで近本と戦闘をした。近本にナイフかなにかで瀕死の重傷を負わ
せたけれど、あと一歩のところで近本に殺された。そして、命からがら近本は逃げ出そうとしたが、遂にあそこで力尽
きて横たわっていた。そういうことなのだろう。
鈴木努。特に素行が悪いというわけでもなく、ただ普通にクラスに溶け込んで馴染んでいた、どこにでもいるような普
通の男子生徒。そんな彼が、近本を襲った。いや、そこまではわからないけれど、近本に対してあれだけの奮闘を見
せた。その事実は、先程までの自分の先入観を一転させた。

「……なんだ、みんなやる気になっているんじゃねぇかよ」

こいつだからやる気にはならないだろう。そんな考えは、甘かった。油断したら、確実に殺されるのだ。……なるほ
ど、いいことを教わった。
なら、俺はそんなこの世界で、なんとか復讐を成し遂げて見せよう。必死に足掻いて、生き延びてやろうじゃないか。

 俺はその死体の傍に屈みこむと、転がっていたナイフをつまんでカバンの中へと入れた。同時に、その他の水、食
料も入れ込んだ。続いて近本のと思われるバッグからも、水と食料を取り出す。武器のようなものは見つからなかっ
た。しかしまぁ、いい。これだけでも充分だ。
これは、一種のサバイバルゲームだ。まずは水と食料の確保が最優先。いいだろう、持久戦になっても。それはそれ
で、面白いのかもしれない。

 俺はずっしりと重たくなったカバンを携えて、さらにその先へと歩みを進めた。
 後に残されたのは、一人の死体と、あさられたバッグだけだった。


 【残り39人】





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