体が、重い。 それは、まるで。鉛のようだった。 近本絵里奈(女子9番)は、半ば足を引き摺るような形で、ただ前へ前へと進んでいた。 全身が、熱い。 それは、まるで。燃え盛る火炎のようだった。 「……っ!」 チリチリと、焼けるような痛みにあたしは襲われていた。体から、どんどんと熱を奪われていくのがわかる。脇腹の 傷からは相変わらずポタポタと血が滴り続けていた。 あれから、どれくらいの時間が経ったのだろう。あたしは、いったいどこを歩いているのだろう。そして……どこまで歩 き続ければいいのだろう。全身が、重い。もう、嫌だ。歩きたくなんか、ない。 鈴木努(男子8番)によってつけられたこの傷は、相当な深手だった。あの野郎、卑怯だ。いきなり背後から斬りつけ てくるなんて、どうかしている。ましてや、あたしはこれでも女の子だ。女の子にいきなり襲い掛かるなんて、人間とし てどうなのよ? ……あぁ、なんかくらくらしてきた。目眩だろうか。 そもそも、どうして鈴木はいきなりあたしなんかに襲い掛かってきたのだろうか。あたしが鈴木になにをした? どう してあたしが刺されなければならないんだ? あたしが、なにかしたか? もともと鈴木とは、まぁそれなりに親しい時期もあった。だが、所詮それは過去のこと。ただ一緒の出席番号で、ただ 一緒に日直をしただけの仲だ。確かに、あたしはもともと男子とはあまり親しくしていなかったし、そもそも喋る機会だ ってなかった。所属していた弓道部も主に女子部員が中心だったし、そういう点では、それなりに男子の中で会話を していたほうには入る。だけど、それだけだ。あたしにとってあいつは、ただのクラスメイト。それ以上でもそれ以下で もなかった。だけど、その関係も終わった。あいつがあたしに対して告白なんかをしてきた日に、それは終わりを告げ た。 あたしはあいつに全く興味なんてなかったし、なんかあいつが並べていた言葉も全く相手になんかしなかった。確か に、昔に比べてあたしは変わっただろう。だけどそれは、当然のことだ。昔と今は違う。いつまでも過去に捉われてい るような人間は、こっちから願い下げなんだよ。それで逆恨みされて刺されたってんなら、迷惑もいいとこだ。あぁ、く そ。ちくしょう。体中が悲鳴をあげている。 支給されたバッグはあの場に置いてきていた。もう、重たいものを持って歩く体力もなかった。だったら、あたしはど うして歩いてなんかいるんだろう。無駄に体力を、消耗するだけなのに。そんなの、理由はないのだろう。ただ、あの ままあそこにいたら、野垂れ死んでしまう。そう思って、本能が働いたのかもしれない。どちらにしろ、無謀には変わり なかったのだが。 歩道沿いに、あたしは歩く。だが、やがて足取りも危なくなり、立っているのがやっとになった。整備されている道でこ れだ。こんな山村の森の中なんて、もう歩けないだろう。それでも、あたしは歩かなきゃならないんだ。理由は、知ら ない。ただ、なんとなくだ。 しかし、整備された道の上で、ついにあたしは転げた。鋭い痛みが脇腹を襲う。あたしはこらえようとしたが、つい声 が出てしまった。悔しくて、悔しくて。ついには涙までが出てきた。 どうして、あたしが。どうしてあたしが、こんな辛い目に会わなくちゃならないんだ。あたしが、いったいなにをしたって んだ? あたしに、どうしろってんだ? 立ち上がろうとして、最早その力さえ残されていないことに気付いた。体が、全く言うことをきかない。自然と、あたし は動くという好意を諦めて、ゴロンとその場に横たわった。大きく、深呼吸をする。立ち止まって、やっと気がついたこ と。それは、いつの間にやら小雨が降り始めているということだった。 雨が当たっているからだろうか。急に、ぞくぞくと寒気が襲ってくる。辺りには、誰もいない。誰もあたしを、助けてなん かくれない。だからだろう。『死』という言葉が、脳裏を過ぎった。 あたしは、死ぬのか? こんなことで、終わってしまうのか? あたしより先に出発した、仲のいい二人の女子。仙道美香(女子8番)と、佐原夏海(女子7番)。二人とも、あたしを 待っていてはくれなかった。所詮は、その程度の仲だったというわけだ。まぁ、この試合のルールは殺し合い。こんな 時に、仲間や、友達なんて概念は。通用しないのかも、知れなかった。 あたしが冷たい雨に晒されてから、何分が経過したのだろう。ふいに、風でもなんでもなく、ガサリという音が聴こえ た。誰かが、近くに来たのだ。だけどあたしは、もうそれが誰なのかを確認する体力も残されてはいなかった。 「……ん、お前は」 だが、向こうがあたしに気付いた。当たり前だ、こんな道のど真ん中で、女の子が血まみれになって倒れているの だ。気付くなという方が難しいだろう。それは、男子の声だった。あたしは、視線だけを移動する。そして、その姿を確 認した。 そこに立ち尽くしている土門英幸(男子12番)は、口元を歪めて笑っていた。 その手に握られているのは、同じく血まみれのナイフ。 その手が、動く。 明確な、意思を持って。 そう。これがあたしの『おしまい』。 これこそがあたしの人生の、終焉だった。
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