男同士で相合傘というのも奇妙なシチュエーションだったが、とりあえず濡れてしまうよりはましだということで、今 は人生二人目の相合傘の真っ最中だ。ちなみに、一人目は当然ながら母親ではあるけれど。 「なぁ、純」 「なんだい?」 とはいえ、さして大きくもない折り畳み傘だ。純が小柄で、自分もまぁまぁ並程度の体格であるとはいえ、それだけで 精一杯だった。荷物はだらしなく雨に晒されている。カーキ色のバッグが、みるみるうちに黒ずんでいった。とりあえず 今は、このままでは流石にいけないだろうということで、適当に落ち着ける、屋根のある場所を探している最中だ。 「お前さ……あの、玄関とこにあった死体は、見たのか?」 「ああ、仁科さんの? 見たみた」 ふと、聞いてみた。沈黙が続くのも嫌だったので、なにか適当に話しかけようと思ったのに、こんなことしか出てこな いだなんて。少しだけ、自分の頭の足りなさにイラッとした。しかし冷静に考えてみると、自分は心のどこかで望んで いたのかもしれない。あれは、死体などではなかったのだと。自分の恐怖心が生み出した、ただの妄想なのだと。 だが、期待した答えどころか、純は至極あっさりとした口調で、淡々とそう返事をした。 「仁科……?」 「そ。あれ、リュウも見てたじゃないか。仁科さんの死体だよ。まぁ……ちょっと気持ち悪くなっちゃったけれどね。僕に 見間違えがなければ、多分仁科さんだと思う」 ちょっとどころか胃の中身を全てぶちまけたのだ。自分にはそんなグモ耐性はない。純はそういうものに、慣れていた のだろうか。なんてことを考えてしまった。 そう、純が正しいのならば、あの死体は仁科明日香(女子12番)のもの。恐らく、一度だけ聴こえてきた爆音で、そ の体を吹き飛ばされたのだろう。そこで、ふと気がついた。 「仁科、てことは。純、お前あの子の次に出発したんだろう? 誰か周りにはいなかったのかよ」 「いや、そこまではわからないけれど、いないみたいだったよ。流石に出発前にあんな音を聞かされちゃ、そう易々と は出発できないよ。だからさ、隠れていたんだ、玄関脇に」 「隠れた?」 「外で誰かが襲われたのかもしれない。とすると、外には襲撃者がいる。次に出発した僕は標的にされるかもしれな い。そんなことで死ぬなんてバカらしいじゃないか。だから隠れていたんだよ、次の人が出発してくるまでね」 雨がしとしとと降る中、純は笑みを浮かべながらこちらを向いて話している。まるでいつもの部活帰りのような雰囲気 だった。これが、殺し合いの最中であるということを忘れてしまいそうなほどに。しかしその内容は、紛れも無くプログ ラムのもの、まさしくそれだった。 「次に出発したのは西野さんだ。西野さん、随分と意気込んでいたね。堂々としているのか、抜けているのかわから ないけどさ、足どりを緩めずに玄関の外へと飛び出して行ったよ。でも、なんともなかった。だから、僕もそっと外に 出てみたんだ。そしたらあの死体があって、もう周りには誰もいなかったんだ」 「……なるほどね。結果的に誰もいなかったからいいけどさ、もしそれで西野も襲われていたら、お前どうするつもりだ ったんだ?」 「その時はリュウを玄関脇で待っていたと思うよ。どっちにしろ、僕はリュウのことを出発地点で待つつもりだったしさ」 わかったことが二つある。その襲撃者は、仁科明日香のみを殺害して、次の出発者以降には手を出さなかったこと。 そして、西野彩奈(女子13番)は仁科の死体に目もくれなかったということだ。あぁ、それともう一つ追加。純は意外 と冷徹な策略家だということ。 純のそんな一面を初めて見て、少しだけ苦笑いを浮かべる自分がいる。確かに、この殺し合いの中では、そういう風 に振舞った方が案外長く生き延びるのかもしれない。 「……そっか。そいつは」 喋りかけた俺の口は、純の左手に遮られた。 純の顔を見る。その眼は、真剣そのものだった。 その視線の先。街道沿いにこちらへと歩いてくる、一人の女子。純の瞳は、真っ直ぐにそれを映していた。 「止まれ」 一方女子の方は、俯いたまま歩いていたのかこちらに気付かなかったらしい。純の一言で、ようやくその存在に気付 かされたのか、びくんと肩を震わせて、顔を上げた。傘も差していないので、その髪はずぶぬれだ。 「内藤くん……と、萩原くんか」 彼女の名前は、佐原夏海(女子7番)。クラスの中では問題児とされる、女子のうちの一人だった。 彼女はふんと鼻で笑うと、悠々とそこに立ち止まった。先程の態度が嘘のようだ。 「こんなところでレディを立ち止まらせて、いったいどうする気? あたしに相合傘でもさせるつもり?」 「……強がっても意味ないよ、佐原さん」 「はぁ? あ、あたしが強がっているって?」 佐原は、少しだけうろたえた様子だった。なんともまぁ、わかりやすい奴だ。 純が強気に出ている。部活でも滅多に自分のことを表には出さないのに、こちらもまた不思議な奴だ。 「とりあえずさ、なにがあったのかは知らないけれど、僕達は佐原さんと戦いたくはないんだ。今ならなにもしないで逃 がしてあげるから、さっさと何処かへ逃げたほうがいいよ」 「……なに、わかったつもりになってんの? 言いがかりはよせよ」 「じゃさ。その右手に握っている、今は背中に隠しているそれはなにさ?」 はっきりとわかる。佐原の顔が、青く染まっていくのを。自分も気付かなかったが、どうやら純は会ったその時から全 てを見抜いていたらしい。佐原は、明らかに狼狽していた。追い討ちをかけるように、純は続ける。 「それ、武器だよね。なにかは知らないけれど、そんなもの出してうろつくんだから、覚悟は出来ているってことでいい んだよね?」 「か、覚悟っていったいなにが!」 「……もちろん、戦う覚悟さ」 次の瞬間、佐原は顔を引き攣らせていた。何事かと思って純を見た自分自身も、びっくりした。いつの間にか、純はそ の手にサーベルを握っていたのだから。恐らくは、雨に晒されたバッグの中に入っていた武器なのだろう。少しだけ怖 くなったけど、自分が退けたら純が濡れてしまう。離れることは、出来なかった。 純は、相変わらず微笑んでいた。先程と違うのはただ一点。眼だけは、凍てついていた。 「どうする? やるの? やらないの?」 「じょ……冗談じゃないよっ! 誰があんたなんかとっ!」 「なら、さっさと何処かへ行けよ。今ならまだ見逃してやるからさ。……次は、容赦しないからな」 「…………っ!」 佐原はか細く悲鳴をあげると、一目散に別方向へと駆け出した。純はそれでもじっとサーベルを構え続けたまま、そ の後姿を凝視し続ける。やりすぎだ、これじゃまるで、純がやる気になっているみたいじゃないか。 やがて佐原の姿が雨中の向こうへと消えると、ようやく純の眼が緩く和らいだ。 「あー、緊張したー……」 「な、なぁ……純。あそこまでやらなくても……」 その変貌ぶりに少しだけ戸惑いながらも、なんとか話しかけることが出来た。 「んー? リュウさ、ダメだよ。佐原さんは信じちゃ」 「……は?」 「だって、佐原さんだよ? 普段からろくな噂も聞かないし、クラスでもあまり話さないじゃない。なのにこんな状況で 向こうから近付いてくるなんて、めっちゃ怪しいじゃん。多分すれ違い様に襲うつもりだったんじゃないかな」 「別にそうとは……限らないじゃないか」 そう言うと、純は目の前で指を振った。 「甘いねー、甘いよリュウちゃーん。これはプログラム、殺し合いなんだよー。不安要素は取り除かないと、万が一が 起きたらシャレにならないじゃないか」 「なんか、それ聞いてるとさ……。純が、やる気になっているんじゃないかと思うよ」 その言葉に、純は少しだけ顔を曇らせる。 少しの間があって、純はその顔のまま、口を開いた。 「僕は、殺されるくらいなら……殺しにかかる側に、まわるかな」
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