浜田篤(男子18番)は、黙って立ち上がった。 「浜田くん、まだ名前を呼んでませんよ?」 「別に準備するくらいならいいだろ。こちとら怪我人なんだからよ」 門並は苦笑すると、黙って再び視線を手元の時計へと戻す。傷を負わせた張本人だからということもないのだろう が、どうやら認めてはくれたらしい。……となると、もう少し食いついても大丈夫だろう。 行動に出られるのは少なくとも自分の順番がまわってきてからでないと無理だろう。そう思って、仲間である角元舞 (女子11番)が出発するときも、黙って堪えていたのだった。席次順の出発ということが幸いして、他の面子はまだ 出発していない。 「なぁ、門並センセ。出発する前に一つだけお願いしてもいいかな」 「……なんです?」 「いやー、あのさ。やっぱり殺し合いって事はうちらも最後には死んじゃうわけじゃん。あぁ、なんだっけ。優勝者を除い て、だけどさ」 「……いまさらそんなことを聞いて。今度はいったいなにを考えてるの?」 「いやいやいや、他意はないって。また撃たれたら次はマジでやばいからね。……でさ、死んだときのうちらの死体っ て、やっぱり家族の元に届けられんだよね?」 門並がそわそわし始めた。恐らく、そろそろ俺自身の出発時刻になるのだろう。 「そうですね。私達が責任を持って、家族の元へと運びます。やっぱり、葬式はそれぞれでやった方がいいでしょうか らね」 「ならさ、別に遺書とか書いておいたらきちんと届けてくれたりする?」 「遺書……ですか。まぁ、別に構わないですよね、蒔田さん」 門並は、荷物を手渡している兵士に向かって呼びかける。なるほど、あの兵士、マキタってんのか。 「んー。別にいいと思うよ。ただし、ちゃんとそうだとわかるようにして欲しいな、浜田君」 「あぁ、もう大丈夫です。胸元のポケットに入れてあるんで、死んだらそれを家族に渡しておいて下さい」 蒔田はきさくな言葉でそう返してくる。ずっと黙ってバッグを渡していたが、どうやら喋る方が好きらしい。そして、恐 らく門並よりもこの男の方がプログラムの補佐経験は長いだろう。そんな彼は、苦笑いを浮かべていた。 「……おいおい、最初から死ぬ気っつーのは感心しないな」 「念の為ですよ。死んでからじゃ遺書は書けませんからね」 重苦しい雰囲気の中で、少しだけ周囲が和らいだ。もう充分だろう、俺はズキズキと痛む左肩を気遣いながら、大きく 深呼吸をする。 「じゃ、浜田くん。そろそろ出発してもらおうかな」 「ほーい。じゃ、死に逝く俺から最後にみんなに一言だけ」 俺の望むこと。それは、最後の最期まで、みんなの前では普段どおりの俺でいたいということ。 だからこそ、俺はおちゃらけた。こんな雰囲気の中でも、きちんと頑張ったと思う。左肩を撃ち抜かれたのは、少々想 定外の出来事だったけれども。 だけどそれでも。みんなが少しでもこの状況の中で安心してくれるのならば。それだけでいいんだ。 「諦めずに、最期まで地ぃ這ってでも生きろよ、頑張れな」 まだ教室に残っているみんなが、キョトンと眼を丸くしている。近くに座っている上田健治(男子2番)と君島栄助(男 子5番)が、呆けている。たいこと芳田妙子(女子21番)が、指差して俺を笑っていた。 「なんかそれ、あっちんまるでやる気になったみたいじゃなーい?」 「さーて、そいつはどうかな?」 俺はさっさと前へ進む。これ以上雑談をしていたら、今度はこいつらまで巻き込んでしまうことになる。それだけは、避 けなければならなかった。門並は相変わらず時計を見ている。俺は兵士蒔田からバッグを受け取った。想像していた ものよりは軽い。これはあまり武器には期待しない方がよさそうだ。 教室から出て行く前に、俺はふと思いついて、振り返る。そして、見送ろうとしていたたいに向けて、とびっきりの笑顔 を見せた。 「たい。俺さ、その笑顔……嫌いじゃなかったよ」 そして一目散に駆け出す。少しだけ教室内がざわめいていた。だけどそんなことは知ったこっちゃない。俺は大分時 間をくってしまったはずだ。次に出てくる本村泰子(女子18番)までのインターバルは、そんなにはないだろう。 玄関前まで来ると、俺は急いでバッグを開ける。まずは武器の確認が必要だった。既に外では戦闘が始まっている。 恐らくもうこの世から退場してしまったクラスメイトも居る筈だ。少なく見積もっても、2人くらいは消えているだろう。実 際、世の中はそんなには甘くない。どんなに仲がよくたって、結局状況さえ整ってしまえば殺人は起きる。決して潰え ることはない。それが、現実だ。 そんな現実だからこそ、俺は理想を求め続けていたのかもしれない。常に理想を追い求めて、仲間達とバカやって、 笑い合って、そして人生楽しんできた。……だけど、それも今日で終わりだ。俺はこれからプログラムという名の現実 を突きつけられて、それを考慮したうえで行動を開始する。もう、理想の自分はやめだ。これからは、現実に向き合っ ていかなくちゃならないんだ。そう、次の瞬間、自分が死んでしまう。そんな最悪な未来も、ありうるのだから。 バッグの中には、確かに門並の言ったとおり、様々な雑貨類や食料が入っていた。そして、その中で異色の存在と もいえるようなものが紛れ込んでいた。まるでそれは、テレビのリモコンのようなものだった。真っ黒な小型の直方体 に、赤や白のボタンがついている。一緒に包まれていた用紙に目を通す。案の定、それは取扱説明書だった。 「……首輪爆破リモコン、ねぇ」 説明書によると、効果範囲は赤外線センサーから扇状に5メートル。使用回数にも制限があり(というよりこれはただ の電池の問題なのだろうが)30回が限度。消耗するにつれて効果範囲も狭まっていくとか。ちなみに、相手の首輪 が電波を受信してから爆発するまでの時間は10秒間。首輪が電子音を10回鳴らした時点で爆発するのだとか。な んともまぁ、恐怖のカウントダウンだ。 俺は付属の電池を取り出して、きちんと中に装着する。中央のREDがついたら電波を発している状態だ。その時は 間違っても自分側に向けてはいけない。自滅だなんて、恥ずかしすぎる。 説明書を簡単に読み終えて、ふと俺は思った。 これ、実は有無を言わずに最強の武器に属するんじゃないか、と。 そんなときだった。 ふと玄関の外を見る。そこには、誰かが立っていた。 そして、その人物は。とんでもなくごついものを構えて、俺を狙っていた。 やばいかもしれない。 だが、所詮現実はそんなものだと、冷めている自分もいた。 まぁ、今となっては、どちらが果たして本当の自分なのかは、わからなかったけれども。
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