021



 ショットガンを構えた女と対峙する。
 まさかいきなり、こんな展開になるだなんて、予想も出来なかった。


  ―― 本村は、うまく逃げられたようだな。……いや、逃がしてもらったのか。


 藤村光明(男子19番)は、じっと相手の瞳を見据える。血走った眼、荒々しい息。既に精神が常軌を逸脱している
のは、明白だった。思えば、ここまで狂っている人間を見るのは、初めてなのかもしれない。さて、こういう相手に対し
て、どう話しかければいいものか。

「随分あっさりと本村を逃がしたな、目黒」

俺は、慎重に言葉を選びながら目黒幸美(女子17番)に話しかける。普段から特に交流もなかったから、俺はこいつ
がどんな奴なのかはよくは知らない。だが、狂ったのなら狂うだけの理由がなんにせよあるはずだった。とにもかくに
も、その出来事に対してだけは触れてはいけない。そのくらいは、わかった。

「……で、どうするんだ? そのショットガンで、俺と戦うとでもいうのか?」

「あっははは、藤村くん、面白いねぇ。……戦いたいの?」

 おっと、失言だったか。

「お前が本村を襲った理由はなんだ。別に恨みとかはなかったろう」

「……死んで欲しかったから、かなぁ」

「その理由を聞いているんだが」

目黒は、うすら笑いを浮かべている。まるで半分寝惚けているかのような口調で、淡々と喋っている。これ以上話して
いても、進展は望めそうにない。下手に望めば、無意識にその引き金を絞られる危険性もないとは言えない。
なら、どうするか。とりあえずこいつを退けないことには、俺はおろか、このあとに出てくる生徒も出発することが出来
ない。なら方法はひとつだけ。排除するほかはないだろう。

 俺に支給された武器はボウガンだった。まぁ、比較的殺傷能力も高い遠距離型の武器だから、ハズレの類には属
さないだろう。だが、どう考えても武器の強さで考えるなら向こうの方が上だ。恐らくこのプログラムの中で支給される
武器全体から考えても、目黒に支給された武器はトップクラスといっても過言ではない。

 だとしたら、勝てる要素はただひとつ。心理戦だ。

「……まぁ、いいや。とりあえずひとつだけ、いいことを教えてやろう」

「なに?」

「どうやらお前はさっきからそのショットガンで暴れているみたいだけれど、そいつの装弾数のこと、きちんと考えてい
 るか?」

「装弾数……?」

「一回のマガジンでどれだけ弾がぶっ放せるか、てことだ。さっきから教室でカウントしていたけれど、お前は既に6発
 をぶっ放している。……この意味、わかるか?」

 目黒が、はっと顔色を変える。
 慌てて手元のショットガンを確認しようとした、刹那。


  カツッ!


 俺は、ボウガンの引き金に力を込めた。
 弓矢は一直線に目黒の身体へと飛んで行き、その左肩を突き刺した。彼女から、銀色のアンテナが生えている。

「俺の記憶では、そのショットガンは確か6発式だった筈だよ」

「あ……あぁぁぁ……!!」

 ボウガンは、一発放つ毎に矢をつがえなおさなくてはならないのが難点だった。だが、俺は気にせずにバッグから
次の矢を取り出す。この状態の目黒なら、堂々と構えなおすことが出来る。
目黒の左肩から、とろとろと血が流れ出す。彼女の制服が、みるみるうちに紅く染まる。


「……ひっ!」


その時だ。突如背後から、短く悲鳴が聞こえたのは。
反射的に振り返った瞬間、目黒が奇声を上げながら踵を返して駆け出すのが見えた。


 ……油断した!


「くそっ!」

 次なる矢を放とうとして、もう届かない距離まで離れられたと判断して、俺は引き金にかけていた指をそっとはがし
た。支給された矢の数は決して多くはない。ここで無駄に消費するのは懸命じゃない。
別に、俺自身はやる気ではない。だが、目黒を生かして逃がすつもりもなかったし、可能ならここで始末をしておきた
かったのもまた事実だ。そういう点では、完璧にしくじってしまった。しかしまぁ、起きてしまった事実は仕方のないこ
とだ。

「……驚かせたみたいで悪かったな、守時」

 俺は再び振り返って、そこで腰を抜かしている女子、守時京子(女子19番)に手を差し伸べる。

「立てるか?」

 守時は、黙って頷くと、そっと俺の手を掴んだ。俺はそのか細い手を、ぐいと引っ張りあげる。
 そのまま反動でふらついたのか、守時は突然俺に抱きついてきた。

「……なにしてんだ」

「びっくりした……。だって、なんかいきなり藤村君、戦ってんだもん……」

「バカヤロ。お前のせいで目黒の奴を取り逃がしたんだぞ?」

「……ごめん」

「別に謝らなくてもいいから、さっさと俺から離れろ」

 そこでようやく気がついたのか、守時は抱きしめていた両手をぱっと放す。
 半ば取り乱したかのように、そっとずれ落ちた眼鏡を元に戻していた。

「……おら、行くぞ。のんびりしてると松原が出てくるだろ」

「あ、うん。行くよ」

 俺は、そこに放置しておいた荷物を担ぎ上げると、門に向かって歩き始めた。
 傍らには死体が二つ。どちらも酷い有様になっていて、ちらっと見ただけでは誰なのかは判別できなかった。

「…………」

 だが、特に気にすることもなく。俺と守時は歩き続けた。
 誰の死体でも構わない。俺は、死ぬときはこいつと一緒なのだと。恋人のこいつと、一緒なのだと。

 そう、心に決めていたのだから。


 【残り37人】





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