023



 外に出てみると、雨がしとしとと降っていた。
なるほど、いくら教室の窓に鉄板が打ち付けられていたとはいえ、昼間にしては暗いなと思ったらそういうことだった
のか、と不思議と感心してしまう自分がいた。傘なんか当然持っていなかったので、そのまま外へ飛び出した。

 それから30分ほど歩き続けて、僕等はC=3に位置する住宅街へとやってきた。随分と歩いたような気もするが、
距離的には大したことはない。上田は慎重に前の様子を窺いながら、その右手にぐっと鉄棒を握り締めていた。上田
に支給されたバッグは歪な形に突き出ていたのだが、どうやら無理矢理この鉄棒(一応、これが上田への支給武器
らしかった)を入れたせいらしい。
一方僕はというと、バッグの底に無造作に仕舞いこまれていたカジュアル2000という自動拳銃が支給された。一緒
に弾もバラで30発分詰め込まれていたので、取扱説明書とにらめっこしながら、なんとか発砲できる準備は整えた。
あとは安全装置を外して引き金さえ引けば、そこから立派な鉛の弾が飛び出すに違いない。
本来なら拳銃を支給された僕が前に立ち、敵から身を守るのがベターだ。あるいは、この拳銃を上田に渡してしまう
か。運動神経が優れている上田のほうが、こういうのもきっとうまく扱えるに違いないのだから。だけど、僕はそうはし
なかった。また、それに対して上田も何も言わなかった。それは、いつもとは違う雰囲気だった。

「……くそ、こっちもダメか」

上田は、先程からあちこちの民家の窓や勝手口のドアの施錠をしきりに確かめていた。どこか一箇所くらい締め忘れ
があってもよさそうなものだが、どうやら現実はそんなには甘くないらしい。
おもむろに上田は地面に転がっていた拳大の石を掴み取る。そして、いきなり窓ガラスを叩き割った。


  カシャン。


「お、おい! 誰かに聞かれたらどうするよ!」

「安心しろ。雨の音がうるさくて誰も聞いちゃいねぇよ」

上田は右手をひらひらと振ると、ぽっかりと割れた箇所から器用に手を入れて施錠を解除する。次の瞬間には、開い
た窓の桟に足をかけて、気がついたら中に忍び込んでいた。

「早く入れよ、栄助」

「あ、あぁ……」

多少もたつきながらも、僕もなんとかして中に入った。当然土足なので、床があっという間に泥だらけになってしまっ
た。少しだけ、家主に申し訳なくなってくる。
上田は僕に窓を閉めるように促すと、家の奥へと進んでいく。僕も慌ててついていこうとすると、リビングで待つように
言われた。仕方なく、僕は上田の分のバッグも一緒に、リビングのテーブルの上に置いた。一人取り残されただけ
で、急に不安になってくる。僕はペットボトルを取り出すと、キャップを開けて中身を喉へと流し込む。すっかり干からび
た喉元を、清涼な水が潤してくれた。
しばらくすると、上田がバスタオルを持って現れた。

「体、一応拭いとけ。カゼひかれたら困るし」

放られたタオルをキャッチして、とりあえずぐっしょりと濡れた髪を拭く。ついでに白く曇ってしまった眼鏡も拭いた。上
田は続けた。

「ひととおり見てきたけど、この家にはまだ誰も潜んでないな。いい隠れ家にはなりそうな気がする」

「……そか。それは、よかったね」

僕は、テーブルに備え付けられた椅子に腰掛ける。上田も、真向かいに座った。そして、不自然な沈黙が辺りを占め
る。先にそれを破ったのは、やはり上田だった。

「浜田……のことなんだが」

 浜田。
 あえて切り出さないでおいたその言葉を、上田はあっさりと使った。

「……うん」

「ありゃあ、やっぱり死んでたんだよな」

「そりゃ……そうでしょ」

 脳天を撃ち抜かれて死んでいた浜田篤の死体。あれが実は生きていたのだとしたら、それこそ恐ろしい。
 間違いなくうちらのリーダーみたいな存在だった浜田は、もう死んでいるのだ。

「……そっか。だよな」

「…………」

「あいつだけは死なないとか、勝手に思っていたんだけどな」

「……奇遇だね。僕もおんなじこと、さっき考えてたよ」

 上田もペットボトルを開けると、喉を潤し始める。

「……たいが、不安だな。あいつもあの死体は、見たんだろ」

 芳田妙子(女子21番)。出発順で考えれば、彼女は間違いなく浜田の死体を見ている。
 自分の想い人だった、浜田篤のむごすぎる死体を。

「やけを起こさなきゃいいんだけどな」

「……だと、いいね」

 外からは、しとしとと雨が降る音が響いてくる。
 それが、この部屋の静けさを、より際立たせていた。

「上田はさ、マイとかを探そうとは思わないの?」

「……舞か。確かに、探したいって気持ちはあるんだけどな。まぁ、あいつもああ見えて案外抜け目がないし、そう簡
 単には死なないだろ。そのうち会えるさ」

 その眼は、明らかに動揺していた。
 角元舞(女子11番)。仮にも上田の彼女だ。彼女が心配なのは、当たり前だ。

「別に、僕に気を遣わなくてもいいんだよ」

 そう簡単には死なないということが、浜田の件ではっきりと否定された今、いつマイが死んだっておかしくはない状
況なのだ。本当なら、今すぐにでも探しに行きたいだろう。

「変なことを言うな、栄助。下手に動き回れば、こっちの命が危ないんだ。向こうに会う前に死んだら、それこそ意味が
 ないだろ」

「それも、そうだけど……」

「わかったら黙ってお前は起きてろ。六時の放送まで俺は寝てる。変に緊張しすぎて疲れてんだ」

 そう言うと、いきなり上田はソファに横になって眠り始めた。僕が突っ込みを入れる前に、もうすやすやと寝息を立て
ている。まぁ、確かに疲れてはいたけれど、それにしても唐突すぎやしないか。しかも、一方的に寝ずの番を押し付け
るなんて。……あぁ、僕が銃を持っているからだね。


 窓越しに外を見る。しばらくこの雨は、やみそうにもなかった。
 時計を見ると、時刻は4時過ぎ。既に本部のあるエリアは、禁止エリアになっていた。


 相変わらず部屋の中には、静かな雨音が、響き渡っている。


 【残り37人】





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