男子7番を示すマークが、赤の表示へと切り替わった。それは即ち、佐藤清(男子7番)が死亡したことを示す。 死亡したとの報告を、別の兵士が声高らかに宣言した。教官の門並が、死亡報告書を取り出して、自分の仕事を始 めている。その手つきは、すっかり手馴れたものだった。 蒔田信次は、決して慌しいとは言えないような職員室を、ぼーっと眺めていた。本部となるこの学校へ運び込まれ てきたメインコンピュータは、ここ、職員室の奥に安置されている。大型のモニタには、会場地図と生徒たちの位置 が、刻々と動きながら表示されていた。その前側にいる兵士たちはみな一様にヘッドフォンをつけていて、常に生徒 たちの言動に監視を光らせている。 そう、自分たち兵士にとってはごくごく当たり前のことなのだが、実は生徒たちに取り付けられている首輪には盗聴 器が仕掛けられている。これによって、生徒たちがどのような行動をするのか、あるいはどういったやり取りがなされ ているのかを把握することが出来るのだ。また、使い方によっては、反乱を企てようとする生徒たちを事前に暴き、そ れ相応の処罰を与えることも出来るといった、なんともありがたいシステムとなっているのだ。 その中の一人、寺井晴行は、真剣に耳を傾けているのだろう、じっと動かずに、そのままの姿勢で座り続けていた。 門並教官直々に許されたこと。弟の観察は、寺井本人に委ねるということだ。寺井はその言いつけをきちんと守っ て、じっと弟の行く末を観察しているのだろう。本人にとっては、落ち着かないに違いない。この世界に自ら進んで足 を踏み入れたとはいえ、彼も人の子だ。ましてや、家族がプログラムに参加している以上、彼には心休まる時など無 いのだろう。 「蒔田くん」 「あ、はい」 唐突に、背後から声がした。門並が、自分を呼んだのだ。 待たせるようなことがあってはならない。急いで、彼女の元へと行く。そこには、死亡報告書をまとめあげた門並が、 伸びをしながら座っていた。 「お呼びでしょうか」 「いやー……暇だったからさ。ちょっとお話でもしようかなーって」 「話、ですか」 確かに、自身も今は休憩時間をもらっているので、暇といえば暇だ。兵士は交代で24時間体制を続けているから、 必然的に半分ずつ休みを取ることになる。とはいえ、気分転換に外に出るわけにも行かないから、大抵はどうにかし て暇をつぶしているのが現状なわけだが。 しかし、教官は基本的には休みが取れない。全てを取り仕切る立場である以上、常に迅速な行動が要求されるから だ。だから、暇なときに出来る限り休んでおく、それが教官の唯一の安息の時だった。なるほど、気分転換に話がし たいというわけだ。 「今のやつでね、ようやくトトカルチョの一位が動き出したのよ」 「えーと……あぁ、例の松原の息子ですか」 「そ。それにしても……あーあ、今回もなんだか長引きそうな試合展開だよね」 「んー、今ので6人目ですよね。単純計算で、このペースならあと一日半で優勝者は決まりますが」 「そーんな順調にいくわけないじゃない。人数が減ってきてからますます時間もかかるわけだし。二日……もしかした ら三日はいっちゃうかもね」 「あー……そうなったら、頑張ってくださいとしか。なるたけ私も力になりますんで」 これは、本心だった。少なからず自分はこの若干年下の教官に対して好意を寄せていたのは確かだし、なるべくなら 出来るだけ時間を共有したかった。もっとも、こんなこと本人に言える口などないのだが。 門並は少しだけ口をふくらましながら、再び伸びをする。ずっと座りっぱなしだからだ。たまには動き回るのもいい。 「……で、あいつはどうなってるの?」 「あいつ? えーと……どいつでしょうか」 「浜田篤を撃ち殺したあの女子よ。どうなの?」 あぁ、その女子か。名前は確か目黒幸美(女子17番)。人気は低く、確か30番台だったような気がする。だが、その 彼女は開始早々にトトカルチョ順位3番だった浜田篤(男子18番)を射殺しているのだ。職員室に戻ったときには既 にその死亡が確認されており、一緒に部屋に戻った門並同様目を丸くして驚いたものだ。まさか、あれだけ教室の雰 囲気を掻き乱した奴が、こうもあっさりと死んでしまうとは考えられなかったからだ。それだけに、この目黒という生徒 は注目されているのだった。 「えーと……目黒幸美ですが、どうやら錯乱状態に陥っているみたいです。まぁ、浜田の代わりにゲームを掻き乱して くれる存在にはなりそうですが、優勝は難しいでしょうね。せいぜい、自滅するのがオチな気がします」 「……やっぱりそうよね。浜田篤がどれだけゲームを掻き乱してくれるか、少しだけ期待してたのに、なんだか残念な 気がする」 「まぁ、楽しんでおられましたしね。浜田とのやり取りを」 「だって、中々あれだけの度胸がある子も珍しいと思わない? クラスの人気者で信頼されてて、だけどなんだか達 観しててさ。あれでもしもゲームに乗ったら、相当恐ろしいジェノサイダーになってたと思うよ」 「ジェノ、ですか。松原はやはりというべきか、参戦を決意したみたいですが」 「あの親ありきにしてこの子あり、てね。まぁ、あまり関係ないとは思うけれど、彼が今後はメインにゲームは動いてい くんでしょうね。問題は……もう一人の方、かな」 「もう一人……土門ですか?」 「違う違う、あんなの所詮咬ませ犬よ。それよりも、例の極道の娘」 咬ませ犬という表現はいかがなものかと思ったが、まぁ土門英幸(男子12番)ももともとは目黒と同じような人気薄 だ。そんな彼が、現在最も殺害数が多いのは少々驚いたが、まぁそれもすぐに追い抜かれてしまうだろう。 それより、門並はトトカルチョ2位の古城有里(女子5番)を気にしているみたいだった。 「古城は……あぁ、まだバス停にいますね。堤と別れてから、まだ動いてません。まだ乗るか乗らないかは、半分半 分といったところでしょうか」 「んー……難しいかなぁ。正直、4番人気の堤さんと接触したときに覚醒してくれるのを少しだけ期待したんだけれど もね。そこまで薄情にはなれないのね。てことは、メインの予想面子が当てにならない以上は、他の人が動き回る ことに期待するしかないのかな」 「まだ序盤戦である以上、ここで予測を立てても結果は計り知れない気もしますけどねぇ」 「だね。やっぱり、それだけ人間関係が深いってことだよね。よーし、今回もきちんと心に留めるぞー」 一見、生徒たちをただの駒としてでしか見ていないような言動っぷりだが、これでも門並が考えていることくらい、自 分には把握できた。なぜなら、その目的は互いに一緒なのだから。 全員分の生き様を目に焼き付ける。無謀かもしれないが、それが、プログラムの教官、兵士としての生徒たちにして やれる最期の務め。だからこそ、生徒側の動きは把握しなくてはならないのだ。 結局、最期を看取ることが出来なかった浜田篤。 彼は、いったい最期に何を思って、死んでいったのだろうか。
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